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彼女の自負が正当化されたかのように、未知は目撃情報をもとにした地図より、天啓的な勘によってその人物と出会った。
ダムの手前、紅葉のタペストリーを見せる山の一画に小さな畑があり、その豊かに実った作物の合間に、何か動く気配があった。
動物かと身構えた未知は、目を凝らすうちそれが小柄な人間だと知った。
木々や作物といった周りの風景にあまりにも溶け込んでいて、それを人間と認識するのに時間がかかった。
自分のテリトリーに踏み込んだ闖入者に警戒心を当然示すと予測したが、その人物は未知の方を見たにもかかわらず、逃げも隠れもしなかった。
そこで未知は思い切って「すみません」と言いながら、1,2歩近寄った。
返事はないが、その人物は未知の方を向いたまま根が生えたように動かなかった。
互いの姿が認められる距離を保ちつつ、それ以上近寄ってはいけないと自身に警告した未知は、できるだけ表情を柔らかくしてもう一度「あの、すみません」と声をかけた。
相手は、年月の風化作用で縮んだような小さな老婆だった。
長年の畑作業によってボロボロになった着物を着て、とうに過ぎ去った時間の中に存在をとどめているといった風だった。
80どころか、90をいくつか超えた年齢だと未知は推定した。
あまりにも長い間一人で生きてきて、他人と会話することができなくなったのではと未知が案じていると、
「誰……」
その老婆から、しゃがれた誰何の声が発せられた。
「あ、私、街から参りました、末松未知と申す者です」
余計なことを言って老婆を怪しませてはいけないと、未知はとりあえず当たり障りのない自己紹介をした。
老婆は不審そうに未知を見やっていたが、危害を及ぼす恐れがないと本能的に感じ取ったのか、やや態度を軟化させた。
「こんな所へ女子(おなご)一人きりで、何しに来たんだね」
ここは正直に告白した方がよいと、未知は判断した。
「えーと、人を探しに。おそらくあなただと思うのですが」
「取材しに来たということか」
「いえその、取材には違いないのですが、テレビとか雑誌の類ではありません」
老婆が耳を傾けているのをよいことに、未知は弁解するようにMUU2(ムーツー)のことやその会の特徴、自分がその会員であることなどを説明した。
「ふうん」
と老婆は溜息を吐くように言った。
「あんたは秘密を守れるんだね」
「それはもう。私はMUU2の模範会員といえるくらい、口が堅いんです」
しばらく沈黙が続いた。
その沈黙の中、太陽は夕陽に変わり、紅葉をひときわ赤く照らした。
未知は沈黙の中で、老婆の人間としての心が何年振りかで出会った人物、未知の方へ傾いていくのを感じた。
「そうか。実は私の寿命はもう尽きかけている。最期を誰かに看取ってほしいと思っていた。あんたは、神に遣わされたように適任じゃ」
「み、看取るといいますと」
未知は突然自分の上に覆いかぶさった責任の重さに震えた。
「なに、大層なことじゃない。ただ、その目で見てほしいということじゃ」
そう言うと、老婆は野菜を収穫した籠を持ち上げた。
「とにかく、家へおいで」
老婆は思ったよりしっかりした足取りで、未知を自分の住まいへ導いた。
それは今にも崩れそうなあばら家で、老婆の生命力によって持ちこたえているかと思えた。
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