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気が付くと未知は家の中、持参した寝袋の中で寝ていた。
雨戸もカーテンもない窓から朝陽がさんさんと差し込んでいた。
どうやら、夢遊病のような状態で家に戻ったようだ。家の中はガランとして、誰もいないのは一目瞭然だった。
彼女は飛び起きて縁側から外に出ると、神の池へまっすぐに駆け付けた。
神の池は昨夜の出来事が夢か幻であったように、朝の光に素直に照らされて静まり返っていた。
そこには月も肌を紅葉色に染めた少女の姿もなく、水面の赤と黄色の落ち葉だけが昨夜の名残をとどめていた。
水面から蒸気が立っていて、池に手を浸してみた未知は「これは温泉?」とひとり呟いた。
老婆だった人物は神の池で清められ浄化されて、月光の魔力で肉体ごと昇天していったのだろうと、未知は考えた。
それこそ、老婆が望んだ最期だった。
朝の明るい日差しの中で部屋を点検するように見まわした未知は、老婆の名前が「志保」だということを知った。
志保……。
その人生の大半を人目に触れることなく一人きりでこの山奥で過ごした女性は、自分のこの世での姿を肌を美しく紅葉色に染めた「紅葉娘」として残しておきたかったのだろう。
「志保さん、秘密は必ず守ります」
そう誓った未知は、早く山を下りて今回の成果をMUU2の仲間に報告したいと思った。
未知が車に乗り込んでエンジンをかけ、発進させた時、志保が暮らした家はその役目を終えたように粉々に崩れていった。
(了)
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