床上浸水になったから、リフォームした話

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床上浸水になったから、リフォームした話

 リフォーム初日。11月21日。  水害から約二ヶ月。  K工務店さんは多くの被災者のリフォームを請け負っている。だから二ヶ月後のスタートはまだ早い方なのかもしれない。  平屋一戸建て、暮らしながらリフォーム、というわがままを叶えてくれる、親切な工務店さん。  社長さんは三十代くらいで、聡明な雰囲気が漂う、落ち着いたイケメン。  毎日来てくれる現場監督さんは三十代になったばかり、背が高くスラッとした、爽やかイケメン。  この現場監督さんはどの職人さんにも上手にさりげなく気を遣う。現場が常に明るく、刺々しい人が一人もいないのは、現場監督さんの気遣いが自然な感じにできているからなのだろう。  ただ、六十代くらいの大工さんはなかなか気難しい。昔の漫画に登場する、無愛想な職人さんそのものだ。寡黙ってこういうのをいうんだろう。技術が非常に高い大工さんだと、現場監督さんが教えてくれた。  リフォームが始まって九日目の夜。  あの日とよく似た大雨が、同じ時刻にあった。  トイレの底の水が少し増えてきているように見える。小さい振動を伝えるように、水が小刻みに揺れている。  時間は夜の十一時半。  嫌な時間の雨だ。 「歯磨きを終わらせておいて」  私は息子に声をかけた。  もしかしたらまた何日も衛生面が保てない日々になるかもしれない。  息子はパソコンで雲の動きを確認しながら歯磨きをし、トイレに水嚢を入れてくれた。  結果、雨は早くやんだし、満潮が過ぎたところだったので、我が家も、近所も被害がなかった。  トラウマになっているのかなあ。嫌だなあ。めんどくさい気持ちとつきあいたくない。  夫に話してみると 「俺も雨の音がすると、ドキドキして、苦しいよ」 と言った。  そのわりには、浴槽のお湯を抜いて、気持ち良さそうにお風呂から出てきましたよね。  夫とトラウマは共有できない、と思った夜だった。  ある日、仕事が終わってから、現場監督さんが声をかけてきた。 「あの……悲しいお知らせが……」  爽やかさが消えている。なにか良くないことがあったとしか思えない。 「さっき、僕、床下の状態を確認するために、床下に潜ったんです。そしたら、床下の一部分がびしょびしょに濡れていまして、ぴちょん、ぴちょんて音がするんですよ。どこかから水が漏れてますね。一応写真撮りました」  見せてくれた床下の写真を見て、私の首は頭を支えられなくなった。がっくり。がっくり、と音がしそうなくらい、頭が落ちた。  基礎の部分から水が流れていて、床下の土の部分は水たまりになっている。  えー……。床下に水があったら、柱が腐る?基礎が腐る?白アリが繁殖?とにかく良くない状態だということはわかる。 「もう一つありまして……今までに床下に入った人っていますか」 「白蟻予防の消毒業者さんだけです」 「あー……まず、Mさんのお宅、僕が潜って見てきたかぎりでは白蟻はいません。どうしても気になるならホームセンターで床下に置くタイプのを買えます。効きますよ。業者の消毒、いくらかかりました?」 「二十三万です」 「高いっすね~。で、本題なんですけど……その白蟻業者に『基礎で塞がれてて消毒できない箇所がある』って言われたこと、ありませんか?」 「は?ありません」 「じゃあ、その消毒のとき、床下からガーッて大きい音がしてきたことは?」 「覚えていません」 「あの……実は基礎に穴が開けられていて、コンクリートの中を通っていた鉄筋が切られちゃってるんですよ。写真、撮ったんで」  スマホを見せていただいて、今度はがっくりでは済まなかった。  怖いッ。  基礎のコンクリートに、いびつな丸い穴が開いていて、鉄の棒らしきものがぴょんと飛び出している。 「これ、どのくらいの大きさですか?」 「僕がギリギリ通れるくらいです」  大人の細身の男性の肩幅が入るくらいだろうか。 「鉄筋が切られちゃってるんですよね?これは耐震的にはどうなんですか?」 「ちょっとまずいかも……。帰って社長や専門の人と相談します。結果が出たらLINEしますね」  こういうとき、心配性の私は、連絡が来るまでに地震がおこる気がしてしまう。ストレスを自らためている。  結果、7万くらいで補修工事をしてもらうことになった。  床上浸水して、リフォームすることにならなければ知らなかった、基礎の穴と鉄筋ぶった斬り事件であった。  12月4日。  3LDKのうちの一部屋が完成。(まだ扉はない。)  床の上に裸足で立ってみた。無垢の杉板はぬくもりがあって、フローリングの硬さやヒンヤリ感はない。壁の近くに行ってもカビ臭さや汚泥臭さがない。本当はこれが普通なんだっけ?浸水前の感覚を思い出せない。  二十一年前、この家を建てたとき、私は白い壁紙にしたかったのだが、当時施工をお願いしていた建設業者の営業さんが 「白は絶対やめた方がいい。汚れが目立つから」 とあまりにも強く言うので、希望は叶わなかった。  今回のリフォームで壁紙は全部貼り替えなので、壁紙を白にしてもらった。  完成した一部屋は、まるで古民家をリフォームしたカフェのような雰囲気。年季を感じさせる柱は少しずつ陽に焼けていって、濃い茶色に変色している。真新しい白い壁紙と古い柱のコントラストが、いかにも古民家カフェといったイメージだ。  嬉しい反面、少し寂しさを覚えた。  浸水前と同じ状態に戻したい。そう願っていた。でもそれは叶わない。  二ヶ月半前まで当たり前にあった生活はもうない。  翌5日。   お風呂と洗面台と脱衣所の工事。同時にもう一部屋の工事。  八時に作業開始だと七時半に業者さんは来る。そして黙々と仕事の準備に入る。大変ありがたい。業者さん、何時に起きているんだろう。私は眠いけど。  二日連続解体業者さんのお仕事。  床板をはがす。壁を下から九十センチのところから切る。押し入れは下の段の壁と床を切る。床下の土を取り替える。  床下の一部分が水びたしだった件が解決。  お風呂の解体で判明。  ユニットバスの洗い場のほうについている水道とつながる水道管の繋ぎ目のところが、経年劣化で弱くなってきていたところに、浸水でダメージを受けて、少しずつ漏れ出てしまうようになったとのこと。水道のメーターが動いていなかったので安心していたが、実は一時間くらいじぃっとメーターを見つめていれば、かすかに動いたかもしれない。水道代が高いので、水漏れは二重にダメージ。  お風呂はもともと取り替えだったので、別の工事も発生せず、無事解決。  それにしても、どの職人さんも人間離れしている。  解体業者さん、大工さん、壁紙を貼るクロス屋さん、水道工事の方、ガス工事の方、電気工事の方。皆さん、何年厳しい修行を積んだんですか、と聞きたくなるくらい、技術が素晴らしい。  まだ建具屋さんとやらにお会いしていないのだが、ドッと押し寄せた注文を必死にさばいていらっしゃるのだろう。  我が家の近所はリフォームだらけだ。    よく耳にするのが 「来年も床上浸水になるから、リフォームしない」  という声。  うちの周りはみんな床上浸水しているのだが、リフォームしない家も多い。  温暖化が進み、異常気象による災害はこれからもっと増えるだろう。  来年も床上浸水になるからリフォームしない、という選択が正しくて、リフォームするうちは間違っているのだろうか。不安になる。  12月8日。  お風呂が我が家にやってきた。  あり得ないくらいカッコいい、二十代らしき二人の男性。  K工務店さんのお風呂組み立て担当の方々らしい。  車一台しかとめられない狭いスペースで、一人が組み立てて家の中に運び、もう一人がお風呂で設置、連結、コーキング。  ユニットバスは大きい箱、くらいの認識はあったが、まさか外で少しずつ組み立てて、お風呂場でくっつけていくとは。  こういう仕事の方にお会いできることって、一生で一度あるかどうか。  難しそうなことを当たり前のようにこなしていく、イケメン二人。  朝八時から作り出し、お昼を一時間挟んで、午後四時近くまでかけて、丁寧に作ってくださった。  真摯な姿に感動した一日だった。  二部屋目のリフォームは別の大工さんがやってきた。今度は話しかけやすい大工さん。  一人の日もあれば、お弟子さんを連れてくる日もある。  お昼十二時が近くなると、ティファールらしき小さい電気ポットに水を入れて、外のコンセント付近にセットしている。  職人の皆さんは、どんなに寒い日でも暑い日でも、絶対に外でお昼ごはんを食べるし、十時と三時の休憩も外でお茶を飲んでいる。雨の日は車内にいる。  髪や体に土や埃や木のくずなどがついているから、という理由なのはわかるが、なんだか申し訳なくなる。  12月12日。  朝の気温が8度。暖かいこの地域にしては、かなり寒い朝になった。  それでも朝八時には大工さんは作業を始めてくださる。  大工さんは 「俺らは寒いのは慣れてるから」 とおっしゃった。  朝一番から押し入れの壁の木貼りをやってくれていたのだが、寒がりの私がガンガンにストーブをつけていたので、大工さんは本当は暑くて辛かったんだと思う。 「いつもこんなに部屋を暖かくしてるの?」  と聞いてきた。 「はい。でも暑かったら言ってくださいね。消しますから」 と私は言った。 「はあ……あはは」  大工さんは苦笑しながら、首元を手の甲で拭った。  汗をかいてまで、我慢してくれていた。  そんなに私って、言いづらい雰囲気なのかな。  リビングの温湿度計を見ると、三十度になっていた。大工さん、遠慮しないでくださいよ。  二部屋目ができあがった。(建具と壁紙は間に合っていない)  夜、家族で力を合わせて家具を戻し、押し入れに物を入れ、カーテンをつけた。  きれいになった無垢の杉の床を見下ろしていると、掃き出し窓から汚水が流れ込んでくる幻覚が見えて、ひっ、と声が出た。  丁寧にリフォームしてくれたのに、また来年の夏、床上浸水したら……。  まだ立ち直っていないのか、時々水害の不安に苛まれる。  ニュースはG20で途上国の水害を先進国が支援することで合意した、と伝えた。  途上国側の言葉が衝撃的だった。 「私達の国は、温室効果ガスを1%も出していないのに」  先進国が出す温室効果ガスのせいで温暖化は速いスピードで進み、その結果、途上国が毎年のように洪水の被害に遭っている。  国土の七割が洪水被害に遭った国。水が引かなくて二週間、家族みんなで屋根の上で暮らしていたという人々。一番最初に沈むと言われているツバルは今、どんな状況なんだろう、と検索してみる私。  大変だなあ、生活、どうするんだろう。と思うことはあっても、今まではどこか他人事だった。でも今は「私に何ができるか」をまず考えるようになった。ただ、寄付できるお金もなければ、途上国にボランティアに行ける体力もない。自分の家のリフォームだけで、すでにキャパオーバー。  12月18日。もうすぐリフォーム生活一ヶ月。  寒さ、不自由さ、ゆっくりのんびりできない生活に疲れすぎて、ネガティブ思考。誰かのちょっとしたひと言に傷ついたりする。 「保険で全部リフォームできるんでしょ?タダで新しくしてもらえて良かったね」  何人かにこんな言葉を言われた。  もちろん、この発言をした人は励ましてくれているんだと思う。ポジティブな気持ちになれるように、という心遣いもあるだろう。  しかし私は傷ついてしまった。  だったら代わってよ、と心の中で毒づいてしまった。  お金は確かに大事だし、保険で多くの部分が賄えた。足りなかったけれど。でもやはり違う。大切な家で家族と共に暮らしてきた思い出や、気に入って使っていた家具が汚泥に浸かってしまったのだ。  それに、保険金でトイレや床やシンクやお風呂が新品になるための対価が「被災」というのは、割に合わない。精神的ショックが大きすぎる。  対価が「被災」なんて、どんなことにもあってはならない。 「大規模なリフォームは、住みながらにしないでほしい。仮住まいしてくれれば、一気に全部できるから、そのほうが楽なのに」  この言葉は工事関係者のブログの言葉だ。  住んでいてすみません、としか言えない。  好きで浸水したわけではないんです。ここに家を建てるとき、市のハザードマップでは安全地域だったんです。建ててから、危険地区に変わったんです。そして好きで仮住まいしなかったんじゃないんです。何軒も不動産屋さんに電話しましたが、短期だからと断られました。マンスリーなどの短期で借りられるところは、世帯での貸し出しが少なくて、周りもみんな被災したからか、もう予約でいっぱいだと断られました。市が貸し出してくれる市営団地の空き室はとても遠く、仕事に通えないのです。  リフォーム工事の方は仕事だけれど、私には住まいであり、暮らし。生活面が根底にあって初めて仕事が成り立つのではないのだろうか。  住んでいられると邪魔だし、手間がかかるんだけど。  そう思っているんだな、と私はとらえてしまった。  当たり前にあった生活を失う、ということは、誰かの言葉をこんなにもマイナスにとらえてしまうほど、精神的に堪えるものらしい。  12月19日。  基礎に穴が開けられていて、鉄筋が切られていた箇所。本日補強工事をしてくれるそうだ。  工事中、お手洗いに行きにくくなるので、私は朝から図書館に避難。  同時に三部屋目の床張りを大工さんが始めてくれる。  ありがたいし、何人いらっしゃるのかわからないがお茶も出したい。しかしトイレに行けないのは困るし、業者さんも私のためにわざわざベニヤで通り道を作っておくと仕事にならないだろう。  仮住まいできなくて、申し訳ない。  そう思いながら、図書館に避難したあと、仕事の勉強会に参加した。  帰宅すると、もうベニヤ板で床は歩けるようになっていた。  見えない。基礎の穴はどうなったのか。  うろうろしていると現場監督さんが来て、写真を見せてくれた。  鉄筋を三本通して、コンクリートを流してくれてあることが、写真からわかった。  床下への点検口は二ヶ所に作ることになり、穴をふさいでも床下の確認はちゃんとできるとのこと。K工務店さんに感謝。  三部屋目と廊下全部と脱衣所の床をはがしたとたん、寒波がやってきた。  温暖なこの地域では、朝の最低気温が二度とか、昼間の最高気温が八度とかいうのは、厳しい寒さ。珍しく風も強い。  床下から入ってくる冷気や風で、ストーブをつけていても全然温まらない。  これが一月末まで続くのか。あとひと月ちょっと。  心が折れそう。さむっ。  工期とは遅れるものである。  よく街で見かける道路工事は、最初に看板に告知されている終了日が必ず修正される。  あー、やっぱりね。  長い信号待ち、いつ帰宅できるんだろうと思う工事渋滞。それらをあまり苦に感じなかった私って、心が広いんじゃない?  なんて思っていたのに。  十三日につくと言われた洗面台は年末に。(工事の進捗が予定より遅れたため。)二部屋目の壁紙は二十一日と言われたのに、二十一日に壁の採寸。(現場監督さんの説明不足。)年内にLDK以外全部終わらせると言っていたのに、トイレや玄関が来年にまわされることに。(工事の進捗予測見込み違い?)  ショック……。  もう十年以上前になりますが、『つみきの家』という絵本が話題になりました。ご存知の方も多いことでしょう。  温暖化で海面が上昇し、沈んでしまった村に、おじいさんが一人で暮らしていました。おじいさんは家が沈みそうになるたび、上へ上へと増築して暮らしていました。海の中へ潜ると、昔、住んでいた部屋があって、好きだった家族との思い出がそこに眠っている……という、温暖化に警鐘を鳴らす、実に深いお話です。  今回、自分の家が浸水の被害に遭って、この絵本の内容がいかに切実か、思い知らされる。  そして絵本だとわかっていても、思うのだ。  おじいさん、リフォーム、早いね……と。    でも職人さん方も現場監督さんも、これ以上ないほど、一生懸命に我が家を直してくださっているのが伝わってくる。  本当にありがたい。  彼らにしてみれば、仕事だから、ということなのだろうが、それでもかなりきつい仕事だと思う。  おまけに大工さんは代わりに宅配便まで受け取ってくれるのだ!  12月24日。  クリスマスイヴでも変わらず大工さんは朝八時に来てくださる。  前日から気温がぐっと下がり、暴風もある。さすがに大工さんは家の中の工事中の部屋の隅で、壁に寄りかかって昼食を摂っていた。 「温かいお茶、淹れましょうか?」 と声をかけると 「持ってきてるから大丈夫だよ」 と必ずおっしゃる。  お弁当も買ったものではなく、手作りのものを食べているし、大きい水筒に温かい飲み物が入っているようだ。  職人さんは朝早くにいらっしゃるし、現場が家から遠ければかなり早い時間に出発しているはずだ。  職人さんにお弁当を作っている人、おそらくご家族の誰かだろうが、その人は何時に起きているんだろう。  被災して、生活を立て直すまでに時間はかかるし、精神的にも体力的にも結構こたえる。しかし直接助けてくれる人達以外にも、間接的に助けてくれる人達が多くいることを、大工さんのお弁当と大きい水筒から感じることができる。それが救いになる。 「洗面台が欲しいです~」  毎日、現場監督さんに訴えていたら、話し合ってくれたらしく、大工さんが脱衣所の壁や床を優先して工事してくれている。そのため、毎日洗濯機を外して、帰る直前に付けていく。  今日は12月26日。  30日まで工事してくれるそうだ。  31日から1月4日までの年末年始休み、キッチンも洗面台もトイレもお風呂もあって、床下をとりあえず塞いであるようにしようと、住みながらのリフォームの手間に不満を言わずに、職人さん方は働いてくれている。 「29、30で二部屋のクロス貼りと、洗面台の取り付けしますね。水道屋さんもどちらかで来るんで」 と、現場監督さん。  今までのペースと比べると、かなりの追い上げ!  大工さん、クロス屋さん、水道屋さんががんばってくださって、年末年始は不便が少なく、暮らせている。まだ玄関からそのまま土足ではあるが。  元旦には 「今年は、いや、これから先ずっと、災害が起こりませんように」 と神棚に手を合わせた。 リフォームは2023年に続く!
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