2月13日⑤

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2月13日⑤

 枝西かおりは気性がやや荒いが、チャキチャキ系のさっぱりした人間で、付き合いやすい相手だった。ICNは責任も重いだろうから、言葉がキツいのも仕方ない。 「その件、田仲さんとも話したかった。すぐ会える?」  電話でそう言われたので、院内感染対策室へ走った。 「須井係長からもウチの営業からも、ちゃんとした説明がなくて。自分で調べてたんです」  何だか誇らし気な言い方になってしまい、自分を戒めた。まだ真相にたどり着いたわけじゃない。  だが仮説はあった。 「戻されたハザードボックスは、病棟から出されたものでした。もしかすると、オムツが入っていたんじゃないかって」  すると枝西は笑って「尿取りパットだったみたいよ」と言った。ほぼ当たりだ。 「RI検査をされた患者さん……?」 「そう。すごいね田仲さん、そこに気付いたなんて」  二十ほども年下の枝西に褒められ、だけど田仲は嬉しかった。 「もしかしたら排泄物に、放射性医薬品が残ってたのかなと思いました」  三田村との雑談で思いついた仮説だ。  それから技師長の言った「もうすぐ丸4年」の意味も考えた。2011年3月11日の大震災の後、この地域でも空気中の放射線量が高まった時期があって、すべての空調機のフィルタを交換するなど、大騒ぎになった。  取り外した中性能フィルタは産廃用の倉庫に保管していたが、念のため線量を測ったほうがいいという話になり、専門業者のサーベイメータで測定された。規制用の虎テープまで張られ、田仲も肝を冷やした記憶がある。 「フィルタの処分場を探すのが大変だったって聞いたことがあって、もしかすると、今はどこの処分場でも、線量を計測してるんじゃないかって」  それならば技師長の言葉と符合するのだ。そうして、尿取りパットに残された放射性医薬品の線量が理由で、病院に差し戻された。  枝西は、感心したような顔で頷いた。 「私もね、技師長から教えてもらって、今は院内マニュアルを見直し中なの。テクネチウム、ヨード、タリウム、ガリウム……。放射性医薬品から出る放射線は微量だし半減期も短いから、数日置いておけば大丈夫みたい」  二ノ宮と枝西は、別の倉庫で数日保管する運用を考えているという。管理自体は難しくないが、RI検査を受け、かつオムツ等を使用している患者を網羅的にピックアップするのが課題だそうだ。 「どうして須井係長は、私たちにちゃんと言ってくれなかったんでしょう」 「感染も放射線も、デリケートな話題だから。変な噂が先行するのを避けたかったんじゃないかな」  それも、考えてみれば納得できることだった。  これで、すべての謎が解けた。もう改まって木田に何かを聞いたり、妙な企みを疑う必要もない。  ほっとした気持ちで、田仲は枝西の部屋を後にした。  窓の外は、いつのまにか雪が舞っていた。この病院で雪を見たのは、何度目のことだっただろう。  その夜、田仲は三田村に電話を入れた。週明けを待つことはできなかった。真相を話すと彼女は「何ソレ、すごい!」と感嘆の声を上げた。  電話を切る際、田仲は昼間と同じように、「来年度もよろしくね」と言った。夫へのストレスは簡単に決着しないが、仕事なら頑張れる。  今度は決してちぐはぐ(、、、、)なんかじゃない。そう思う。
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