2月12日③

1/1
前へ
/9ページ
次へ

2月12日③

「ハザードボックスが残された?」  須井に報告すると、案の定、睨みつけるような表情で彼は言った。 「木田さんからは何も聞いてないな」 「まあ次の回収日に回収されれば良いのですが……」 「いや理由は確認しないと」  須井は受話器を取って、番号をプッシュした。木田はすぐ出たようだ。 「ええ、ええ、なるほど。そんなことがあるんですか、初耳です。いつからですか? ふうん。誰かに報告はしましたか?」  目の前で、須井が苛立っていくのが分かった。  木田はおそらく五十前後で、須井よりも十ほどは年嵩だろう。飄々としていて、どんな面倒な人間とも付き合える器用な男だ。須井のような癇癪持ちであっても、適当にあしらえる。 「報告は必ずしてくださいよ。そちらだけじゃ責任取れないことになったらどうします? あなたベテランなんだから、そんなこと分かるでしょう」  受話器から、木田の「すんません!」という大きな声が漏れ聞こえてきた。おそらく心は全然こもってない。しかし今回は須井の方が正論なので、ちょっと面白かった。  いつだったか、田仲がたまたま休日の木田を見かけたとき、アロハシャツから真っ黒に日焼けした身体が覗き、胸元に金色のネックレスが揺れていた。そんなことを思い出した。  電話を切ると、須井はぼうっと突っ立っていた田仲に「ちょっと面倒な話だから、後で朽木(くちき)さんを通じて指示しますよ」と言った。朽木は田仲の勤める㈱クリーンラブの営業担当だ。  その日は、それで終わりだった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

98人が本棚に入れています
本棚に追加