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2月12日③
「ハザードボックスが残された?」
須井に報告すると、案の定、睨みつけるような表情で彼は言った。
「木田さんからは何も聞いてないな」
「まあ次の回収日に回収されれば良いのですが……」
「いや理由は確認しないと」
須井は受話器を取って、番号をプッシュした。木田はすぐ出たようだ。
「ええ、ええ、なるほど。そんなことがあるんですか、初耳です。いつからですか? ふうん。誰かに報告はしましたか?」
目の前で、須井が苛立っていくのが分かった。
木田はおそらく五十前後で、須井よりも十ほどは年嵩だろう。飄々としていて、どんな面倒な人間とも付き合える器用な男だ。須井のような癇癪持ちであっても、適当にあしらえる。
「報告は必ずしてくださいよ。そちらだけじゃ責任取れないことになったらどうします? あなたベテランなんだから、そんなこと分かるでしょう」
受話器から、木田の「すんません!」という大きな声が漏れ聞こえてきた。おそらく心は全然こもってない。しかし今回は須井の方が正論なので、ちょっと面白かった。
いつだったか、田仲がたまたま休日の木田を見かけたとき、アロハシャツから真っ黒に日焼けした身体が覗き、胸元に金色のネックレスが揺れていた。そんなことを思い出した。
電話を切ると、須井はぼうっと突っ立っていた田仲に「ちょっと面倒な話だから、後で朽木さんを通じて指示しますよ」と言った。朽木は田仲の勤める㈱クリーンラブの営業担当だ。
その日は、それで終わりだった。
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