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2月12日④
業務を終え、田仲が帰宅すると、リビングではこたつで夫が寝転がっていて、「お帰り。メシは?」と聞いてきた。
「買って来たわよ、温めるから待って」
一つ年上の夫は電子機器メーカーを六十で定年退職すると、再雇用期間を経て完全に仕事から離れ、家でくすぶるようになった。それから数年が経つ。
夫の存在は、ストレスでしかなかった。
彼は「仕事なんか辞めちゃっていいぞ」などと簡単に言う。だが家計を管理しているのは田仲だ。わずかな蓄えと、年金と、たしなむ程度の投資、そして住宅ローンの残りを考えると、簡単に辞めるわけにはいかない。
それに、曲がりなりにも自分は現場のリーダーだ。十名ほどの小さな組織だが、それを守っている自負がある。夫は「ミタムラって先輩がいるだろ」「リーダーを譲れよ」と言い放ったこともあって、その時もかなり頭にきた。
その愚痴を、三田村自身に伝えたことがある。
彼女は「わかってないなぁ、旦那さん」と言って笑ったのだけど、考えてみればこの不満の共有相手としては彼女は相応しくなかったなと、後から気付いた。だから彼女の言う「わかってない」の意味も、実は正確には理解できていない。
夫が、むくりと起き上がった。
「今日は辛いものが食べたい気分だけど、買ってないよな?」
勝手なことばかり言う。だったら自分で買いに行けば良い。
「そうだ、康介が年賀でくれた明太子があっただろ。あれでメシ食いたい」
「何言ってんの、あなた全部食べちゃったじゃない。いつまであると思ってんのよ」
息子や娘はもう独立しているが、まだ孫は抱かせてもらっていない。その点では三田村を羨ましく思うが、それよりも、彼女が夫とすでに別れているという事実が、輝いて見えた。
「何で美味いものは食べると無くなるのかな」
夫は冗談を言っているつもりだろうが、こういう瞬間がイライラする。我慢して無言を貫き、買って来たハンバーグ弁当をレンジに入れた。田仲は帰りに和食チェーン店で一人鍋を食べた。
温まった食料を割りばしと一緒に夫の眼前に置いて、「どうぞ」と言った。
何も言わず、彼は黙々と食べ始める。
テレビでは旅番組をやっていて、夢中で見ていた。「旅行にでも行くか」などと言われたらたまらないので、重要な片づけものがあるふりをして、田仲は洗面所に避難した。
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