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2月13日①
翌朝、田仲が出勤すると、PHSが鳴動していた。
請負業務では労基に偽装請負と言われかねないので、リーダーだけが隠れPHSという形で持たされている。かけてくるのは総務課の須井か、感染制御看護師くらいだ。
案の定、表示名は須井だった。だが出てみると、違う男の声が聞こえてきた。
「あ、田仲さん。おはようございます」
営業の朽木だ。
「おはようございます。どうして係長の電話で?」
「朝イチでお呼び頂いたんですよ」
須井が隣にいるのだろう、妙な敬語だ。
朽木は歴代の営業担当の中でもズバ抜けた無責任人間で、契約相手である病院にも、㈱クリーンラブの上役にも、そして現場スタッフにも、いつだってペコペコと慇懃な態度だが、すべてがその場しのぎの適当な言葉なのだ。
「昨日の件ですか?」
「ご指示頂いて、現状通りということです」
「は?」
「いやスミマセン、つまり、当面は気にせずそのままで、ということですね」
要領を得ない指示だ。向こうで須井もそう思ったのか、朽木から電話を代わると、一気にまくし立てた。
「要するにですね、今後もこういうことが続く可能性があるから、次の回収で持ってってもらうことにして、どうしてもスペースが足りなくなったら改めて報告するように、ということです!」
「は、はいっ」
田仲は反射的にそう答えた。
電話を切ると、三田村にその件を話した。
「何か変だね、あたしらに事情を教えないなんて」
「怪しいよ、あの感じ」
「処分場のトラブル……ってことはないよね、五箱だけだし。トラックのキャパの問題でもなさそう。だとすると、箱の中に何か変なものでも入ってたかな」
三田村は華奢な身体で偉そうに腕組みをして、別の視点で考察を深めようとする。田仲はそんなふうに考えてもみなかったので、こういうところが違うなと、焦燥のような感情が生まれた。
三田村は実姉を介護していて、フルタイムで働けない。そんな事情がなければ、おそらく彼女こそがリーダーの器だ。
「そうだ田仲さん。他の子から聞いたんだけど、やっぱりあれは、戻されたみたいよ。一度、倉庫が空っぽになったって。産業廃棄物管理票は職員さんがサインするからどうなってるか分からないけど」
これは重要なポイントだ。最初から持って行かないのと、一度持って行って戻されるのでは、意味が違う。
しかしありがたい情報提供なのに、自分では気付くこともできなかったことを考えると、どうにもモヤモヤした気持ちになる。
逸れていく思考を、意識して元に戻した。
「だとすると、何が入っていたんだろう。それに、箱を開けないでそれが分かったってこと?」
「確かにねえ……。じゃあ、この推理は外れてるかな」
三田村は笑った。
それから、朝ミーティングで全スタッフにその指示を伝えた。理由が分からない指示をするのは気持ちのいいことではない。だがスタッフたちは特に質問はしなかった。
ミーティングを終え、各部署に散らばる。
田仲も清掃モードに気持ちを切り替え、両手にプラスティック手袋を装着した。このオンボロ病院をピカピカにすべく、まずはメイン業務に集中だ。
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