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2月13日④
午後三時頃を回ろうとする頃、田仲は三田村から声をかけられた。短時間勤務なので「お先に」はいつものことだが、この日は何か話があるという。
「もう木田さんと話した?」
いきなり核心を突かれた気がして、言葉に詰まる。
「う、ううん、まだ。あとで話そうと思ってる」
「あたしも気になるから聞いてみたいけど、もう帰らなきゃ」
三田村が答えにたどり着いていなくて、何となくほっとした。
「姉ちゃんが心配だからさ」
「そっか……大変だね」
いわゆる老々介護というのだろうか。だが彼女が何かを愚痴るところは、聞いたことがない。
「そういえば、姉ちゃんのオムツを替えてて思ったんだけど、この病院ではオムツって感染性廃棄物でしょ。家庭では普通に一般ゴミ。なんかヘンだよねえ」
彼女は笑った。笑う余裕があること自体、すごいなと思う。
だが田仲はふと、ひとつの考えがよぎった。
「三田村さん、もし何か聞けたら、週明けに教えるね」
「ありがとう。それとね、ずっと聞きたかったことなんだけど」
本題は別にあるようだった。
「田仲さん、辞めようかなって前に言ってたじゃん。あれ本気?」
「えっ――」
ドキッとした。確かにそう思っていた時期はあるし、今だって時折考える。夫に言われたからじゃない。だが仕事に終止符を打てば、夫との生活も綺麗に整理できるのではないか、という妙な錯覚はあった。
自分でもちぐはぐだと気づいている。もし一人で生きていくなら、むしろ仕事は続けた方が良い。そしてこの仕事を、キライなわけではなかった。
「今は考えてないよ」
曖昧に答えると、三田村は少し黙ってから、「あたしも一緒に辞める気だったのに」と言った。
「あたしが辞める理由としては、一番ベストだったのよ。頼れるリーダーがいなくなるっていうのがね」
何て答えていいか分からず、「じゃあ来年度もよろしく」と答えたが、やっぱりこれもちぐはぐだったように思う。
三田村は帰っていった。
田仲の心の中で、何かが燃えた。
木田がハザードボックスを回収するまでまだ時間がある。田仲はICNの枝西に会ってみようと思った。
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