2月13日④

1/1
89人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

2月13日④

 午後三時頃を回ろうとする頃、田仲は三田村から声をかけられた。短時間勤務なので「お先に」はいつものことだが、この日は何か話があるという。 「もう木田さんと話した?」  いきなり核心を突かれた気がして、言葉に詰まる。 「う、ううん、まだ。あとで話そうと思ってる」 「あたしも気になるから聞いてみたいけど、もう帰らなきゃ」  三田村が答えにたどり着いていなくて、何となくほっとした。 「姉ちゃんが心配だからさ」 「そっか……大変だね」  いわゆる老々介護というのだろうか。だが彼女が何かを愚痴るところは、聞いたことがない。 「そういえば、姉ちゃんのオムツを替えてて思ったんだけど、この病院ではオムツって感染性廃棄物でしょ。家庭では普通に一般ゴミ。なんかヘンだよねえ」  彼女は笑った。笑う余裕があること自体、すごいなと思う。  だが田仲はふと、ひとつの考えがよぎった。 「三田村さん、もし何か聞けたら、週明けに教えるね」 「ありがとう。それとね、ずっと聞きたかったことなんだけど」  本題は別にあるようだった。 「田仲さん、辞めようかなって前に言ってたじゃん。あれ本気?」 「えっ――」  ドキッとした。確かにそう思っていた時期はあるし、今だって時折考える。夫に言われたからじゃない。だが仕事に終止符を打てば、夫との生活も綺麗に整理できるのではないか、という妙な錯覚はあった。  自分でもちぐはぐ(、、、、)だと気づいている。もし一人で生きていくなら、むしろ仕事は続けた方が良い。そしてこの仕事を、キライなわけではなかった。 「今は考えてないよ」  曖昧に答えると、三田村は少し黙ってから、「あたしも一緒に辞める気だったのに」と言った。 「あたしが辞める理由としては、一番ベストだったのよ。頼れるリーダーがいなくなるっていうのがね」  何て答えていいか分からず、「じゃあ来年度もよろしく」と答えたが、やっぱりこれもちぐはぐ(、、、、)だったように思う。  三田村は帰っていった。  田仲の心の中で、何かが燃えた。  木田がハザードボックスを回収するまでまだ時間がある。田仲はICNの枝西に会ってみようと思った。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!