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船は、岸壁の下にある船着き場に着く。
大きな港は、もう少し先にあるように見えた。
船を降りたパシャは、紅の馬車に乗り込む。わたしは、あのギョロリとした目のけらいに襟首を掴まれ、彼の栗毛に乗せられた。
坂道を上がっていく。
灰色の屋根を持つ、赤茶のとても大きな建物が見えた。
綺麗……。
あれが「宮殿」なのかしら?
「なんてみごとなの」と、思わず口をついて、感嘆の言葉が洩れた。
すると、栗毛の手綱をゆるゆると引きながら、ギョロ目のけらいは、その大きな目をさらに大きく見開いて、カラリとひとつ笑う。
そして、「ジャミィ」と言った。
多分、そんな風に言ったのだろうと思う。わたしにはそう聞こえた。
「じゃみい?」と、わたしは訊き返す。
けらいは、「イヴェット、ジャミィ」と言って頷いた。
それから建物を指さして、「ジャミィ、チョック・ギュゼル」と続ける。
今、耳にした三つの言葉の意味を、わたしは色々に考える。
するとけらいは、わたしを見おろしてから、もう一度「チョック・ギュゼル」と口にすると、急に、ふいと横を向いてしまった。
きっと「ジャミィ」というのは、あの大きな建物の名前なのだろう。
わたしはとりあえず、そんな風に納得する。そして、「じゃみぃ、ちょっく・ぎゅぜる」と繰り返してみた。
怒鳴られているときには気づかなかったけれど、この国の言葉は、わたしの耳には、とても可愛らしく響いた。
意味も分からないままに、ちょっく・ぎゅぜる、ちょっく・ぎゅぜると、口の中で繰り返していると、じきに馬の脚が止まる。
たどり着いたところは、ちいさな宮殿だった。
すくなくとも、わたしの目には、そう見えた。
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