849人が本棚に入れています
本棚に追加
主寝室にて……
いつもならトレーニングをしてからお風呂に入って眠る。それは、レイモンドも同様である。
汗をかいた後にお風呂で汗を流し、さっぱりして眠る。
当然の心理よね。というよりか、常識よね。
だけど、この夜は違った。
ここのところいろいろありすぎて疲れている。だから、トレーニングをする気になれない。トレーニングをサボる言い訳かもしれないけれど、とにかくいろいろありすぎた。
レイモンドも同じだったみたい。
お風呂に先に入れと言ってくれたので、甘えた。
お風呂から出ると、侍女があらたに湯を入れ直し、彼が入った。
その間、どうしても耐えられなかった。眠気に、である。だから、寝台に横になった。横になってレイモンドを待つことにした。
待つ? どうして待つの? 待つ必要なんてある?
そこまで考えたとき、意識を失った。
意識を取り戻したとき、意識を失ってからどのくらい経っているのかわからなかった。寝室内の灯火が消えている。だけど、テラスへと続くガラス扉や窓のカーテンが開いたままなので、月光がやさしく射し込んできている。灯火はなくても、室内の様子を探るのに不自由はない。
ムダに広いキングサイズの寝台の上には、わたししかいない。
もしかして、まだそんなに時間が経っていないのかしら。レイモンドは、まだお風呂に入っているとか? 侍女が気をきかせて灯火を消してくれたのかもしれない。
だけど、物音がしない。
大扉と窓の向こうで、かすかな虫の音がするだけ。少なくとも、人為的な音はしていない。
耳をすますのに精神を集中してみた。寝室内や浴室で音はしていない。
上半身を起こし、寝台からおりようとした。とりあえず、浴室をのぞいて見ようと思ったのである。
両足を大理石の床におろしたとき、何かを踏んづけた。
「ぐわっ」
小さな悲鳴が起ったので、単純に驚いた。
「どうしてこんなところに寝転がっているの?」
レイモンドが、床の上に横になっていたのである。
だれでも疑問に思うわよね?
「尋ねる前に、おれの腹の上から足をどけてくれないか?」
「まさか床にあなたがいるなんて思わないでしょう?」
とりあえず、寝台の上に足を上げてそのまま胡坐をかいた。
レディだったらぜったいにしない座り方だけど、ラクなのよね。
すると、彼も寝台に上がってきて同じように胡坐をかいた。
「ご家族のこと、すまない」
レイモンドが唐突に謝ってきた。
「おれが行って連れてきたかった」
「わかっているわよ。だいたい、そういうことは王太子がすることではないわ。そんなことをさせたら、それこそわたしは悪妻よ。リュックとラザールがうまくやってくれる。あなたの大親友と、それから剣術と体術の師匠なのでしょう? あなたが彼らを信じているように、わたしも彼らを信じているから。レイモンド、ありがとう。感謝しているわ」
なぜかこの夜は素直になれた。
きっと彼が素直だからね。
「いや、いいんだ。ああ。二人なら、かならずやうまくやってくれる。それはそうとご家族がやって来たら、すごしてもらうのは客殿の方がいいかな? それとも、本殿の方がいいかな?」
向かい合う彼の美貌に必死さがうかがえる。
そんなことを考えるのは、もっとあとでもいいのに。
思わず笑ってしまった。彼は、その笑いの意味に気がついたらしい。
照れ笑いを浮かべた。
それがまた可愛らしく、ドキリとしてしまう。
「この前の地下室で、アルフォンスを殺すところだった」
彼は、またしても唐突に告白してきた。しかも、真剣な表情で。
最初のコメントを投稿しよう!