繋がらない被害者たち

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久米はそう言って、証拠袋に入れられたそのナイフを二人に見せた。そのナイフにはべっとりと真っ赤な血が付着している。それが極めて生々しく、そしてグロテスクであった。薫はやはりその鮮血を直視できず、思わず目を逸らしてしまう。そんな彼女に久米は「なんだ?血は苦手か?」と聞いた。 「いいえ。そういうわけではありません。ただ______」 薫はその言葉を詰まらせた。彼女が怖かったのはその鮮血ではない。ましてやグロテスクな描写が苦手だというわけでもない。彼女が怖かったのは、これらのひどい被害者の状況に慣れてしまうことであった。しかし、薫はそれを口に出すことができなかったのである。そんな彼女に菊村は「いずれ慣れるって、さっき言っただろ」と言った。どうして慣れることができるのか______。薫にはさっぱりわからなかった。目の前で、人が死んでいるというのに______。 「私も言ったはずですよ。この状況に、私は慣れたくないって」 「まったく、頑固だね君は」 「それ、パワハラになりますよ」 薫は鋭い目を菊村に向けた。この険悪な雰囲気を前にして、久米は菊村にこう耳打ちする。 「今回の若いのは活きがいいじゃないか」 「それが吉と出るか、凶と出るか……」 菊村にとって若い後輩の教育というのは面倒であった。最近の若者は、この情報社会であることもあって余計に知識ばかりが豊富だから、少しの冗談も通じない。昔ながらの熱血なんていうものも通じない。何かを教えるにしても、普段からのコミュニケーションを取らなければならないというのに、最近ではそれすらままならないのだから、教育係というのは極めて難しい仕事である。思えば、かつてない難事件を解決することよりも難解かもしれない。
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