繋がらない被害者たち

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大丈夫だ、いずれ慣れる______。 札舞市中央署凶悪犯罪課に配属されたばかりの女性刑事、火箱薫に寄せられた、先輩刑事、菊村尚侍からのアドバイスは、すべて、その言葉に集約されていた。 目の前に広がるのは、市内にある某ラブホテルの一室で、手足をロープで縛り上げられ、鋭利な刃物で切り刻まれた女性の死体であった。ホテルのベッドシーツや寝具類は、その女性から流れ出た鮮血によって汚されている。思わず目を覆いたくなるような光景である。薫も、この光景を前にして一瞬部屋の中に入ることを躊躇した。その時、同じく事件現場に臨場した菊村からその言葉を言われたのだ。 薫は「人の死に対して慣れるだなんて、あり得ません」と菊村に返した。彼女は真面目であった。念願であった刑事になれて初めての殺人事件の捜査で、いつもより気合が入っている。そのためか、不謹慎なことを言ってきた菊村に対して嫌悪の表情を向けるのと同時に、刺々しい言葉を返してしまったのである。しかし、菊村は粋がっている若手を軽くあしらった。 「いいねーその意気込み!でもね、あんまり気張るな。この仕事してりゃ慣れなきゃおかしい」 菊村尚侍警部のことはよく知っていた。この札舞市中央署の中では、彼は有名人である。数々の難事件を解決してきた名警部であるが、一見してそうとは思えないほど軽い人物でもある。そのことから、皆は彼を『タヌキ』と渾名されている。そんな名警部の下で刑事として働けることは薫にとって名誉であったが、彼がここまで軽い人だとは思わなかった。彼女は軽蔑の目を彼に向けながら、同じく事件現場に臨場を果たしたのである。 まず最初に彼女の目に飛び込んできたのは、被害者のその異様な格好であった。薫はすぐにそれを理解できたが、世間的には立派な“おじさん”である菊村は「何なんだ?この変な格好は」と、それが何かわかっていない。
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