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嘘でもないけど本当でもない。
大人になるとそいつはみんなに現れる。微妙に嘘は言ってないけど、本当のことも言っていない。相手がどうともとれる言い方して勝手に勘違いさせる。そういうときそいつは胸のあたりに黒いモヤとして現れる。
なぜか子供の頃からそれが見えてしまっていた俺。最初は何か分からなかったけれど、ズルい大人を知るにつれて段々とわかってきた。
俺はそれを「ウソぶきシャドウ」って呼んでる。嘘つきと嘯くをかけ合わせたようだから。まるっきり嘘じゃないけど、本当のことも言っていない。とぼけて知らないふりしていい顔するやつに現れる。
押し売り販売している販売員とか、テレビで謝罪会見してる芸人や、恋愛が発覚したアイドル。
みんな黒いモヤを心に灯して話しを続ける。有名な社長の胸にもあるのを見たときは、あぁ、経営がうまくいっていないのかなと思った。
話の核心ずらして、嘘はついてないけど都合の良いことを言っている奴。
シャドウが現れる人は物語のつじつまを無理やり合わせてストーリを作り出す。ある意味、ただの嘘よりタチが悪い。なぜなら、その人は絶対に探られたくないことがあるのだ。
続ければ続けるほど、胸は「ウソぶきシャドウ」に染め上げられる。
俺は大人になっても絶対にあの「ウソぶきシャドウ」に染められたくはないと思っていた。働き始めてからも出来が悪いと言われようが愚直にやってきた。だから今まで俺の胸にシャドウが現れたことはなかった。
でもついに俺の胸にもシャドウが現れてしまった。
じゃあ、本当のことなんて言えるのか?
言えねぇだろ。
えっちゃんがつぶらな瞳に涙をためて俺のことを見上げて、聞いてくるんだ。
「ねぇ、ママはどこに行っちゃったの?」
俺は妻を亡くした。病気で治療のかいもなく、天国へと旅立ってしまった。
娘のえっちゃんはまだ3歳だ。ママがいなくなってしまった本当のことをまだ理解できないでいた。
「えっちゃんのママは遠いところに行っちゃったんだよ」
俺はそう答えた。嘘は言っていない。でも本当じゃない。俺の胸に「ウソぶきシャドウ」が灯った。
えっちゃんにママのことを聞かれる度に胸がシャドウに染まる。ズルい大人の仲間入りだ。でも、いいんだ。一気に本当のことを全部言って傷つけたくない。俺が大人になって守ってやらなきゃ誰がえっちゃんを守ってやるんだよ。
このシャドウもきっとずっとじゃない。いつかは晴れていく。
俺の胸からこのシャドウが消える頃には、逆に大人になったえっちゃんが胸にシャドウを灯して言うのかな。
「パパがいたから、寂しいなんて思わなかったよ」
嘘じゃないかもしれないけど、きっと本音じゃないこと。俺のことを思ってシャドウに胸を染める。
まぁ、それもいいかもな。えっちゃんが胸に「ウソぶきシャドウ」を灯すまで俺は見守っていきたい。
悪いばかりじゃない。優しい黒だってある。
「うそぶきシャドウ」が胸を黒く染めて、染められて、世界は良くも悪くも回っていく。
この世に生きている限り。
でも、彼氏が出来たらちゃんと言うんだぞ、えっちゃん。お父さん、分かっちゃうからな。
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