霊能力者

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霊能力者

「加瀬さんはオカルトすべて否定的なのになんでこんなところで働いているんですか」 「そっくりそのままお前に返す」  そう言うとギシギシとオフィス椅子が軋む音と連動しながら雁原有希の先輩である加瀬将永が背を反らせ天井を見上げる。 少し離れたデスクに編集長がいるというのにコソコソと喋る有希を無視して平常時の声で喋る加瀬を睨みながらパソコン画面へ向き直る。  有希がこの編集長含め従業員三人という小さな出版社に入社したのは三か月前だった。 地元宮城県仙台市で大学を卒業後、不動産会社で働いていた。 しかし、有希には夢があった。それは出版社で働きたいというものでそれなりにいい国立大学を卒業したのに出版社の内定はゼロだった。  その夢をあきらめきれずに有希は不動産会社を退社して唯一内定を貰ったこの“ミライ出版”に勤めている。 ミライ出版は社名とはかけ離れた出版物を販売している。年に二回の書籍販売と毎月連載しているオカルト系の雑誌だ。  かなりマニアックな雑誌のため、そもそも購読者が少ない。 編集長に掛け合ってもう少し幅の広い雑誌連載をしたいと考えているのだが、編集長が首を振ることはない。そもそも編集長はかなり変わった人物だった。  京都大学農学部を卒業したというのに、こんなよくわからない出版社で永遠にオカルトを追いかけ続けているのは常人には理解できない領域だ。 「私はどうしても出版社に勤めたかったんです!」 「じゃあ夢叶ってよかったじゃん」 「違いますよ、幽霊とか呪いとかそういう非科学的なものは基本信じていないので正直毎月の連載もしんどいんですよ。でも一度でも出版社で働いていたら転職する時しやすいかなって」 「お前まだここに入社して三か月だろ。そんでまた出版社に転職したいんだ?物好きだねぇ」  加瀬はそう言うと、ワイシャツのポケットから加熱式たばこを取り出して吸おうとした。 それをすかさず有希が奪い取り「禁煙です」と言う。 「加熱式なんだから問題ないだろ」 「同じです、やめてください」  ブツブツ文句を言う加瀬を無視して再度パソコン画面に向き直りメールを確認していると加瀬が立ち上がった。 「行くぞ。今日は三人と会う予定だ」 「三人?聞いてませんよ」 「スケジューラー飛ばしてるだろ」  有希がもう一度パソコン画面を見ると確かに“本日の予定”が有希にも飛ばされていた。 げんなりした顔のまま有希もパソコン画面の電源を落とした。  社用車はもちろんないため、有希たちはJR蒲田駅まで徒歩で向かう。 そこから新宿駅近くのルノアールで待ち合わせ相手と会うようだ。  今月から始まる雑誌連載のタイトルは呪い。 呪いが存在するという前提なのだが、 呪いによる霊障に悩まされているという一般の人を募集し、それを本物の霊能力者によって解決していくという単純な企画だ。しかしそれには“本物”の霊能力者が必要だ。  ヒールを鳴らして都会人なのだとアピールするように背筋を伸ばしできる女風の雰囲気を醸し出しながら有希は進む。 若干肌寒くなった今日この頃、トレンチコートを羽織っている人もちらほら視界に入る。 アホ毛一つないかちっとしたポニーテールに、グレー色のスーツ姿は一瞬就活生か新入社員かと勘違いする人もいる。  隣を歩く加瀬はダルそうにボケっとに手を突っ込み、クールビズの時期だからとネクタイもせず若干だらしないように見える。 きっと彼はクールビズの時期が終わってもこのままなのだろうなと思った。 「本物の霊能力者を見つけるっていうことですよね」 「そういうこと。ま、いるわけねぇけど」  それに関して、有希は否定も肯定も出来なかった。有希は目に見えない呪いや幽霊などは信じていない。しかし、自分に見えないだけで何かそういった科学では説明できない何かが存在するのではないかと思っている。
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