3.クリスマス・イブの週末に

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 12月23日、金曜日。  幹彦くんが東京での団体視察を終えて、単独行動になる日、僕は朝から落ち着かない気持ちで会社にいた。もうすっかり年の瀬だ。早い冬休みを取る社員もいて、オフィスは閑散としている。僕も抜かりなく午後からの有給休暇を申請済み。  昼過ぎに幹彦くんからLINEが来て、僕はいそいで職場を出た。彼との待ち合わせ場所は僕の職場から地下鉄で一本。地上に出たら抜けるような青空が広がっていた。  僕はすぐに、待ち合わせ場所にと指定したレストランの前に、幹彦くんの姿を見つけた。この界隈で人気のある、うまいスペイン料理の店だ。ここで遅めの昼食を一緒にとって、あとは僕のマンションに移動するつもり。幹彦くんも僕に気づいて、軽く手を上げている。 「ごめん、幹彦くん。お待たせ」 「そんなに待っとらんよ。……オシャレな店やね。もうちょっとちゃんとした服、持ってくればよかった」 「えーっ、全然気にせんでいいよ。……格好いい」  僕は文字どおり、久しぶりに見る幹彦くんに惚れ惚れとしてしまった。チャコールグレーのスーツに白シャツ、ノータイ。そこに無骨な冬物のブルゾンを羽織っている。隠しきれない体格のよさ、姿勢のよさが際立つ。  それより何より、僕が乙女のごとくときめいてしまったのは、彼が髭を蓄えていたことだ。口髭と顎髭がきれいにトリミングされて、目尻や口もとの笑い皺と相まって男らしいことこの上ない。まさに「イケオジ」、その一言に尽きる。 「幹彦くん、……ヒゲ、似合うね」 「そう? よかった、ちょっと伸ばしてみた」  幹彦くんはそういって笑って、自分の顎を無造作に撫でた。そんなしぐさにもキュンとしてしまう。 「湧ちゃんも、都会の証券マンって感じやね」 「そんなことない。ただのくたびれたリーマン」  僕たちはそんな他愛もないおしゃべりを交わしながら食事をして、都心からJRで三十分ほどの僕のマンションに向かった。  その道すがら、陸翔の話題になる。陸翔とのやりとりを話して聞かせたら、幹彦くんは目を細めて笑った。 「そうか、陸翔は俺のライバルか」 「……もう、幹彦くんまでそんなこと言わんで」 「うかうかしとったら、湧ちゃん、取られてしまうかもな」 「なんの話だよ」  僕のマンションに着いたら、お互い、もう我慢の限界。リビングの床でキスしながら抱きあった。幹彦くんは僕の服を優しく脱がしながら言う。 「湧ちゃん、もう我慢できんからこんな、脱がしながらで悪いけど」 「……うん」 「好きだから、つきあって」  幹彦くんの言葉を聞いたら、あたたかい気持ちが胸にじわっと満ちて、ちょっと泣きたくなった。彼は夏の別れ際の約束をちゃんと覚えていて、告白してくれたのだ。僕も、彼のワイシャツのボタンを外しながら返事をする。 「うん。僕も大好き。よろしくお願いします」 「……よかった。陸翔には負けんぞ」 「何言ってるの」 「晩飯まで時間あるよね」 「大丈夫。あっ、夜はね、僕の行きつけの料理屋さんを予約しといた。和食だからあんまりクリスマスっぽくはないけど、居心地はいいから――あっ」  僕の裸の胸を、幹彦くんの髭と舌がざらっと撫でていく。気持ちよくて身震いした。  クリスマスを大切な人と過ごすなんて、いつぶりだろう。いつもひとりだったから、この部屋にはクリスマスの飾りなんかひとつもない。小さなツリーとか、雰囲気のいいキャンドルとか、何か買っておけばよかった。僕は幹彦くんの肌を撫ぜながら頭の片隅で小さく後悔した。  だけど彼に身を任せていたら、すぐにそんなことはどうでもよくなった。幹彦くんがこの時期に、僕のところへ来てくれたことが嬉しい。これからは恋人としてのつきあいがはじまるのか。そう考えただけでゾクゾクする。 「こっちは陽が落ちるのが早かねえ」  幹彦くんがふとつぶやいた。関東地方は、九州にくらべて日没が早い。窓の外の陽ざしはすでに夕暮れのオレンジ色だった。 「そうだね。僕も初めて東京に来たとき、日暮れが早いなあって思った」 「湧ちゃん、寒うなか? ベッドのほうがいい?」 「大丈夫。ここでいい」 「電気つける?」 「えーっ、つけんでいいよ」 「湧ちゃんのエロい顔、今度こそ明るいところで見たかったけどな」 「やめてって」  僕たちは笑いながら、暮れていく薄暗いリビングでまた抱きあった。  ――おしまい♡メリークリスマス♡
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