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12月23日、金曜日。
幹彦くんが東京での団体視察を終えて、単独行動になる日、僕は朝から落ち着かない気持ちで会社にいた。もうすっかり年の瀬だ。早い冬休みを取る社員もいて、オフィスは閑散としている。僕も抜かりなく午後からの有給休暇を申請済み。
昼過ぎに幹彦くんからLINEが来て、僕はいそいで職場を出た。彼との待ち合わせ場所は僕の職場から地下鉄で一本。地上に出たら抜けるような青空が広がっていた。
僕はすぐに、待ち合わせ場所にと指定したレストランの前に、幹彦くんの姿を見つけた。この界隈で人気のある、うまいスペイン料理の店だ。ここで遅めの昼食を一緒にとって、あとは僕のマンションに移動するつもり。幹彦くんも僕に気づいて、軽く手を上げている。
「ごめん、幹彦くん。お待たせ」
「そんなに待っとらんよ。……オシャレな店やね。もうちょっとちゃんとした服、持ってくればよかった」
「えーっ、全然気にせんでいいよ。……格好いい」
僕は文字どおり、久しぶりに見る幹彦くんに惚れ惚れとしてしまった。チャコールグレーのスーツに白シャツ、ノータイ。そこに無骨な冬物のブルゾンを羽織っている。隠しきれない体格のよさ、姿勢のよさが際立つ。
それより何より、僕が乙女のごとくときめいてしまったのは、彼が髭を蓄えていたことだ。口髭と顎髭がきれいにトリミングされて、目尻や口もとの笑い皺と相まって男らしいことこの上ない。まさに「イケオジ」、その一言に尽きる。
「幹彦くん、……ヒゲ、似合うね」
「そう? よかった、ちょっと伸ばしてみた」
幹彦くんはそういって笑って、自分の顎を無造作に撫でた。そんなしぐさにもキュンとしてしまう。
「湧ちゃんも、都会の証券マンって感じやね」
「そんなことない。ただのくたびれたリーマン」
僕たちはそんな他愛もないおしゃべりを交わしながら食事をして、都心からJRで三十分ほどの僕のマンションに向かった。
その道すがら、陸翔の話題になる。陸翔とのやりとりを話して聞かせたら、幹彦くんは目を細めて笑った。
「そうか、陸翔は俺のライバルか」
「……もう、幹彦くんまでそんなこと言わんで」
「うかうかしとったら、湧ちゃん、取られてしまうかもな」
「なんの話だよ」
僕のマンションに着いたら、お互い、もう我慢の限界。リビングの床でキスしながら抱きあった。幹彦くんは僕の服を優しく脱がしながら言う。
「湧ちゃん、もう我慢できんからこんな、脱がしながらで悪いけど」
「……うん」
「好きだから、つきあって」
幹彦くんの言葉を聞いたら、あたたかい気持ちが胸にじわっと満ちて、ちょっと泣きたくなった。彼は夏の別れ際の約束をちゃんと覚えていて、告白してくれたのだ。僕も、彼のワイシャツのボタンを外しながら返事をする。
「うん。僕も大好き。よろしくお願いします」
「……よかった。陸翔には負けんぞ」
「何言ってるの」
「晩飯まで時間あるよね」
「大丈夫。あっ、夜はね、僕の行きつけの料理屋さんを予約しといた。和食だからあんまりクリスマスっぽくはないけど、居心地はいいから――あっ」
僕の裸の胸を、幹彦くんの髭と舌がざらっと撫でていく。気持ちよくて身震いした。
クリスマスを大切な人と過ごすなんて、いつぶりだろう。いつもひとりだったから、この部屋にはクリスマスの飾りなんかひとつもない。小さなツリーとか、雰囲気のいいキャンドルとか、何か買っておけばよかった。僕は幹彦くんの肌を撫ぜながら頭の片隅で小さく後悔した。
だけど彼に身を任せていたら、すぐにそんなことはどうでもよくなった。幹彦くんがこの時期に、僕のところへ来てくれたことが嬉しい。これからは恋人としてのつきあいがはじまるのか。そう考えただけでゾクゾクする。
「こっちは陽が落ちるのが早かねえ」
幹彦くんがふとつぶやいた。関東地方は、九州にくらべて日没が早い。窓の外の陽ざしはすでに夕暮れのオレンジ色だった。
「そうだね。僕も初めて東京に来たとき、日暮れが早いなあって思った」
「湧ちゃん、寒うなか? ベッドのほうがいい?」
「大丈夫。ここでいい」
「電気つける?」
「えーっ、つけんでいいよ」
「湧ちゃんのエロい顔、今度こそ明るいところで見たかったけどな」
「やめてって」
僕たちは笑いながら、暮れていく薄暗いリビングでまた抱きあった。
――おしまい♡メリークリスマス♡
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