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三好の初恋は哲也だった。当時はそんな風に思っていなかったが、彼と離れてから思い知る。あれは確かに恋だった。憧憬や友愛とも違う。恋だ。甘く、叶う事の無い苦味を伴った感情。二人きりでバイクに乗った時、砂浜を当てもなく歩いた時、夜ビルとビルの間で煙草を咥える彼の横顔を見つめた時。この瞬間が永遠に続けば良いとすら願ってしまった幼い恋だった。
元々別の高校に通う者同士だった。共通の友人を通して知り合い、いつの間にか隣にいるのが当然というような存在になる。その頃の三好は父親と母親の関係が良くなく、家に帰っても居心地が悪いだけだと遅くまで出歩いていた。それに付き合ってくれたのも哲也だった。
歳の離れた兄から譲ってもらったという大型バイクを乗り回し、未成年にも関わらず煙草を咥える彼は、同い歳だというのが信じられない程に大人びて見えた。彼の真似をして煙草を咥えてみようとしたが苦いだけの煙は三好の肺に馴染まず、むせるばかりでちっとも美味いと思えない。何箱が灰にしてみたが、結局喫煙という行為は習慣化せずすぐにやめてしまった。
そんな三好を揶揄うように哲也が笑う。今思えば背伸びをしていた三好に気付いていたのだろう。バイクの後部席に三好を乗せた哲也は、よく三好を茶化した。そんな彼に、うるせぇなと眉を顰めればバイクの速度が上がり、後ろに座った三好の上体が反れる。あぶねぇだろと目の前の背中を叩いた時には三好も笑顔で、こんな関係は高校を卒業しても変わらないと思っていた。
両親が離婚し父親に付いて行く事になった三好は、高校を卒業すると同時に引っ越す事になる。別にガキじゃねぇんだから一人で暮らせるとは言ったが、仕事も探さず進学もしていない三好は住む場所すらままならなかった。結局引き摺られるように父親に付いて行く事になり、ひどく呆気なく郷里を別れを告げる。引越しの晩、友人達が代わる代わる顔を出してくれたが、哲也は現れなかった。
その時から会っていないから、もう十年以上顔を見ていない。彼はどんな大人になったのだろう。今、何をしているのだろう。会っていなかった間何をしていたのだろう。
青春と呼ぶには煙い思い出を胸に、内見に行く為店のガラス戸を開けた。
哲也からの連絡は電話ではなくメールだった。しかも携帯電話のアドレスではないウェブメールだ。ディスプレイに表示された素っ気ない文面に笑う。会うのはいつでも良い、お前の都合に合わせる。久しぶりだとも元気にしているかとも問わない、要件だけの文章が哲也らしい。物件を探しているだけなら、社用のパソコンが持ち出せるからわざわざ店に来なくても良い、と言ったような文章を返す。第一、久しぶりに哲也に会ったら仕事どころじゃなくなるだろう。
仕事柄、休みは平日なのでそれでも良いかと言えば「良い」とだけ返ってくる。偶然にも一番近い休日が翌日だったのでどうかと尋ねれば、それで良いと言われた。それから待ち合わせ場所と時間を指定してやり取りは終わる。
久しぶりの逢瀬にわくわくするような、ソワソワするような、そんな気持ちで三好はベッドに潜った。
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