第二章

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 一時間遅れで入園した遊園地は、想像よりもずっと楽しかった。有名な遊園地ではなく地元の遊園地ではあるが、満足度は十分。閑散としているわけでも、混雑しているわけでもない園内は、それはそれは居心地がよかった。  理久の表情もわかりやすく楽しそうということはなかったものの、いつもより口数は多い。  今日の会計はすべて冬弥が持つことにした。もともと年下でもある理久に財布を出させるのはさせたくなかったが、今日は遅刻してきたという免罪符もある。最初は断っていた理久だが、冬弥が譲らないことを悟ったのか途中からは財布を出す仕草をやめた。  何か気になるのがあるたびに冬弥の顔を見てくる理久が可愛らしくて、冬弥はチュロスとフランクフルトを余計に与えてしまった。  それらを食べる理久の口は小さくて、思わずオムライスを一口分け与えた時のことを思いだしてしまう。あの小さな口を目いっぱいあけさせたら……。  そこまで考えて、冬弥はぶんぶんと頭を振った。 「気になるものあったら何でも言ってね!」  自分の感情を誤魔化すようにそう言えば、ちょうどフランクフルトを食べ終えた理久がゆっくりと振り返る。その視線の先に何があるかわかり、冬弥は慌てて理久の身体を反対方向へ向ける。 「お化け屋敷……」 「それはダメ!」 「何でもって……」 「わかった! コーヒーカップ乗るか!」  未だにお化け屋敷に未練を残す理久の背中を押して、冬弥は反対方向へと進んでいった。どんなに可愛い理久のお願いでも、お化け屋敷はダメだ。己の情けなさを恋人に露呈するだけの場所に誰が好き好んでいくというのか!  抵抗することなく押される理久は、途中のゴミ箱にフランクフルトの棒を棄てるという器用なことをしていた。バイトでもそうだったが、理久は決して不器用なわけではない。むしろ、なんでもこなす器用な子だ。  だがそれは、人間関係には汎用されない。  理久は未だに、バイトでは浮いた存在だ。冬弥とは少しだけ話してくれるようになったが、ほかの人とはほぼ話さない。店長とも言い合いばかりだ。  そこまで考えて、冬弥はとあることに気が付いた。 (今日、理久くんが甘えてくれてる気がする……)  前回の映画デートの時も口数は少ないわけではなかった。だけど、冬弥が食べ物や飲み物、映画のグッズなど気になるものはないかと尋ねても、理久は首を振った。  だが今日は、冬弥が与えるものを甘んじて受け取ってくれている。自ら気になるものも言ってくれる。  これが偶然でなければ、理久は冬弥に心を開いてくれているのかもしれない。 「文月さん?」  振り返った理久に名前を呼ばれる。軽く首をかしげる理久の顔は、年齢にしては幼く見える。  バイトではいろんなところを見ているくせに、すべてに興味がなさそうな色をしている真ん丸の目。その目が、まっすぐ冬弥を映している。いろんなものがありふれているこの場所で、冬弥だけを。 「立ち止まってどうしたんですか? やっぱりお化け屋敷……」 「ごめんごめんコーヒーカップ行こうね!」  理久の背中を押して歩を進める冬弥は、胸が高鳴っているのを感じた。  理久の中で、冬弥が少しずつ他とは違うようになっている気がする。うぬぼれだと言われるかもしれないが、理久の態度が違うのは明らかだった。  このまま理久の特別になれたらいいのに。そしたら、あんな寂しそうな表情はさせないのに。 「……そんなに好きなんですか?」 「えっ!?」 「にやけてますよ」  理久に指摘され、冬弥は慌てて自分の口元を押さえる。ちらりと寄こされた理久の視線に、身体が熱くなるのを感じた。  冬弥の考えていることが、理久にはお見通しなのだろうか。もしかして、フランクフルトを食べてる理久を見る下心もバレていたり……。 「俺も好きですよ」 「えっ!?」  理久の言葉に、冬弥は腹から声を出してしまった。  無理も無いだろう。驚くだろう。だって、理久が、「俺も好き」って……。 「す、好き……? ほんとに……?」  思わず口元に手を当てながら、聞き返してしまう。女々しいと言われればそれまでだが、仕方ないじゃないか。  だって、冬弥は理久のことが好きだ。恋愛感情として、とても。だが、付き合っているとは言え、理久から好きだと言われたことは一度もない。告白した時の返事は、「オムライス作ってくれますか」なのだ。  ずっとずっと、理久の口から『俺も好きです』って言ってほしかったのだ。 「? 好きですよ? 変ですか?」 「いや! そんなことは!」  取り乱す冬弥を怪訝そうな目で見た理久は、首を傾げながらもコーヒーカップの列へと並び始める。その後を追った冬弥は、自分の表情が緩み切っていることを自覚していた。 「ふふ、嬉しいなぁ」 「楽しそうですね」 「そりゃね。今日は忘れられない一日になりそうだ」 「そんなに好きなら、最初に来ればよかったじゃないですか」 「…………うん?」  理久の言葉に、思わず首をかしげる。柵の向こう側で回っているコーヒーカップを眺めながら、理久は何でもないように言葉を続けた。 「コーヒーカップ。最初に乗ってもよかったんじゃないですか?」  楽しそうな女の子たちの声が聞こえてくる。カップルの笑い声も聞こえてくる。  そんな空間と切り離されたような感覚を、冬弥は覚えた。  わかりたくない真相が、見えてしまった気がする。 「……理久くんが『俺も好き』って言ったのって……」 「俺もコーヒーカップ好きですよ?」  振り返った理久の表情は、きょとんとしていた。その表情に、からかいの一つもないことは明白だ。  理久はずっと、コーヒーカップの話をしていた。「そんなに好きなんですか」も、「俺も好きですよ」も、全部。 「うん……俺も好き……」 「情緒大丈夫ですか?」  あぁ、今は冷たい理久の対応が心地よく感じてしまう。昂っていた身体が、別の意味でまた熱くなる。  うぬぼれもうぬぼれだ。もしかしたら、理久の中で冬弥が特別になってきていることもうぬぼれなのかもしれない……。 「文月さん、行きましょう」  順番が来たのか、理久が前に進んでいく。どれに乗ろうか選ぶ理久の表情は笑顔ではない。  もし、理久が彼女とここに来ていたらどんな表情を見せたんだろう。ちゃんと男らしくエスコートしたりするのかな。微笑んだりするのかな。彼女の表情を見て、一喜一憂したりするのかな。  そこまで考えて、冬弥は前を進む理久の腕を掴んだ。 「理久くん、俺はコーヒーカップ以上に理久くんが好きだから!」  きょとんとする理久の腕を取ったまま、近くのコーヒーカップへと乗り込む。  理久がこの先、愛おしそうに微笑むのは自分に対してであってほしい。オムライスなんていくらでも作るから、ずっと、冬弥のそばに居てほしい。  コーヒーカップと同じくらい、冬弥のことも好きになってほしい。  そう願って、冬弥は開始のブザーと共にハンドルを強く回した。
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