第三章

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 理久との約束の日である今日は、平日だった。理久の学校が終わった、十七時集合。  遊園地に行く主な理由は、イルミネーションと観覧車のリベンジ。朝から行く理由はほぼない。それに、互いにバイトが休みだった直近の日が、平日の今日だったのだ。  大学が休講だった冬弥は、昨日の夜店長からシフトに入ってほしいという連絡を断った。お願いされたシフトに入っても待ち合わせは余裕だったが、今日一日は、理久のために空けておきたかったから。  「冬弥君も恋人優先なの!」と嘆いてしつこくお願いしてくる店長に、同じく休講で恋人のいない晴翔を売っておいた。デートの邪魔はされたくない。  朝一で晴翔から苦情の長文メッセージが来ていたので、おそらくシフトに駆り出されたのだろう。文句は後日聞くので今日は邪魔するなよ、というメッセージだけ送り返しておいた。  現在時刻は十五時。理久はまだ勉学に励んでいる頃だろうか。学校ではどんな風なのだろう。やっぱり、バイトと変わらず無表情なのだろうか。  親しい友人はいるのかな。元カノとはどうなんだろう。先生たちからの評判は?  気になることが多すぎて、いくらでも理久のことを考えられてしまう。  緩み切っていると自覚のある表情を引き締めて、冬弥は準備を整えた。  三度目のデートとはいえ、気を抜きたくはない。むしろ、三度目のデートだからこそ、いつもと違う感じの方がいいのだろうか。  よく『三度目のデートで告白する』なんていうし、やっぱり三度目は……。  考え込んでいた冬弥の耳に、メッセージが連投される音が聞こえてきた。見てみれば、晴翔からだった。バイトが終わったのかもしれない。ちょうどいい、と冬弥は晴翔に電話をかけた。 『おいてめぇこらお前! よくノコノコと電話かけてこれたな! 何友人を売ってんだよ! セリヌンティウスも激怒だよ!』 「なぁ、三回目のデートってやっぱ趣向変えたほうがいいかな」 『あ? 電車使わず走って待ち合わせ場所まで行けば?』 「そうだよな。やっぱ変えたほうがいいよな」 『お前人のはなし…………もう何でもいいんじゃね?』  一方的に相談されるしかないと悟ったのか、怒りの火が弱まった晴翔は弱弱しく答えた。やはり趣向を変えたほうがいいのかもしれない。  後押しを貰った冬弥は、満足げに頷いた。少しだけ、服装を変えてみよう。 「じゃあな、セリヌンティウス」 『お前やっぱ殴りに行くわ』  そうと決まれば晴翔と電話している時間はない。まだ通話口でキレている晴翔の声を遮断するように通話を切った冬弥は、昨日のうちに選び終わっていた服を横目にクローゼットを開けた。  もう寒い時期だし、タートルネックも良いかもしれない。少し大人びた雰囲気が出せればなおよし。  いや、理久が制服で来ると考えたら、それに似た近しいコーデをすれば疑似放課後デートになる。いっそ高校時代の制服を……いや、それは痛い。やめておこう。  うんうん考えた冬弥は、結局白いシャツに黒のネックセーターを合わせ、スリムチノパンというシンプルな格好になってしまった。でもこれ以上悩んでしまえば今度は時間が足りなくなる。  ヘアセットも念入りにした冬弥が時計を見れば、家を出る予定だった三十分前。早すぎる気もするが、むしろそっちの方が好都合かもしれない。  家を出ようと財布などをいれたウエストバッグを持った冬弥の耳に、インターホンが聞こえてきた。間隔をあけて二回目がなったと思えば、その後は連続して何度も鳴る。  荷物は頼んでないし、こんな押し方はしないだろう。まさか本当に晴翔が乗り込みに来たのかと玄関に向かおうとした冬弥の耳に聞こえてきたのは、鍵が開く音だった。  その音でやってきた人物を悟った冬弥は、これ以上なく顔を顰めた。 「冬くん……!」  入ってきたのは、冬弥の母だった。  どこか焦ったような表情に、冬弥はハッとした。  そうだ、ずっと母からのメッセージを無視していた。晴翔と飲んだ日の明け方に着信で起こされて、苛立ちのまま通知を切ってしまったのを忘れていた。 「母さ……」 「冬くん平気なの? 何もない? あぁもう、倒れちゃったんじゃないかって母さん心配で……。なんで電話に出ないの? メッセージも返してくれないし……あぁでもよかった、生きててよかったわ……」  泣き崩れそうになる母は冬弥の顔を見て安心したように顔を覆った。  心配かけたのは申し訳なく思う。連絡が急に来なくなったら誰でも心配するだろう。 「ごめん母さん、俺は元気だから。メッセージもちゃんと返す。だから今日は……」  大事な用事があるから、帰ってほしい。  そう伝えようとした冬弥は、言葉を切った。  否、切らざるを得なかった。  母の身体が、ぐらりと揺れ、そのまま倒れこんできたのだ。 「母さん……? 母さん、母さん!」  寸の所で受け止めた冬弥が何度呼びかけても、母は目を閉じたまま動かなかった。  顔色が悪い気がする。こんなに細かったっけ。  いつもはしつこいくらいに言葉をかけてくるくせに、今は一言も話さない。 「ねぇ母さんってば! 聞こえてる!?」  気が動転した冬弥は、それでもしっかりと震える手で救急車を呼んだ。
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