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「理久くん!」
勢いのまま掴んだ腕を引けば、その背中は振り返った。
探し続けていた、理久だ。
「な、……んで……」
不安そうなんて可愛いもんじゃない。振り返った理久の目は、真っ赤に充血してしまっていた。絞り出したような声も、か細く震えている。
今までに見たこともないほど弱ったような理久に、冬弥は張り裂けそうな気持でいっぱいだった。
いつも見ていたような無表情さのかけらもない。下がりきった眉に驚いたように目を見開く理久は、迷子の子供そのものだった。
「なんで、ここに……」
「約束したじゃん」
理久はさらに目を見開いて、小さな口をぽかんと開けていた。その口が、何かを言いたそうに開いたかと思えば、閉じられる。以前にも見たことあるその行動を見ながら、冬弥は自分に腹が立って仕方がなかった。
何が『約束したじゃん』だ。遅れてきて何偉そうなことを言ってんだ。さすがの理久でも、頭にきたかもしれない。たくさんの暴言が、理久の口から吐き出されるかもしれない。
でも、それは受け止めなければいけない。受け止めたい。心が折れるかもしれないし、一生立ち直れないかもしれない。それでも、冬弥はそれを理久にさせてしまうようなことをしでかしたのだ。
しかし、いくら待っても理久からの言葉は返ってこなかった。
代わりに、大きく見開いていた目からポロリと大粒の涙が零れ落ちた。
「え」
その粒は一つ、また一つと理久の頬を濡らしていく。
「ッ、……」
慌てたように、理久が腕で顔を隠す。だがそれを許さないように、冬弥は理久の腕を掴んで引っ張った。力は冬弥の方が強い。両腕を掴んで隠せないようにすれば、苦しそうに息を殺して泣く理久と目が合う。
寂しそうな顔は何度も見た。悲しそうな顔も、不安そうな顔も、何度も見た。
だけど実際、理久が泣いているところなんて見たことがなかった。いつも、すぐに無表情に戻ってしまうから。
「ごめん、ごめんね。ごめんね理久くん」
謝っても許されないことをした。謝り切れないことをしてしまった。
──『相手を余計傷つけるかもっていう覚悟は必要だぜ』。
晴翔の言葉を、冬弥は理解しきれていなかった。
止まることを知らない涙をこぼし続ける理久は、眉間にしわを寄せて、ただ苦しそうに泣くだけだった。
その姿はまるで泣くことを知らない子供のような、泣きなれていない子供のような、それでいてそうやって泣くのが身についてしまった子供のようだった。
注目の的になってしまった観覧車の列から離れた冬弥と理久は奥の方に設置してあったベンチに座っていた。
目の前にはイルミネーションで彩られた花畑があり、綺麗に並んだ木々にも装飾が施されている。
人一人が座れそうなほど間隔を開けて座った二人の間に、言葉はない。
だが、たくさん泣いた理久は、冬弥が買ってきた水を素直に飲んでくれた。一気に半分近くなくなった水に、それほど泣かせてしまったという罪悪感が冬弥の中で再度膨れ上がる。
「ごめんね」
自分の罪悪感を減らすだけだとはわかっていても、言わずにはいられなかった。ふるふると首を横に振る理久の目は、イルミネーションの中でもわかるほど真っ赤に腫れてしまっている。
涙が流れた頬も、鼻の先も、目と同じように赤く染まってしまっていた。
「連絡、したんだけど返事返ってこなかったから……もう、帰っちゃったのかと思った」
冬弥がそう言えば、理久は慌てたようにカバンの中からスマホを取り出した。
「ほんとだ……」
小さく呟いた理久は、本当に連絡に気が付いていなかったよう。冬弥からのメッセージを読んだであろう理久は、控えめに口を開いた。
「……お、かあさん、大丈夫だったんですか?」
少しだけ言い淀んだ理久に疑問を持ちながら、冬弥は頷いた。
「命に別状はないって。今、晴翔が看てくれてる」
「そう、ですか……」
そのままスマホを見つめる理久に、冬弥はどうしていいかわからなくなった。
通知、もしかして切られてたのかな。まぁ、最初に連絡した時点で一時間過ぎてしまっていたわけだし、その時点で理久からの信用はなくなってしまったのかも。
そんな冬弥の考えを察したのか、それとも別の理由からか、理久はスマホを握り締めたまま躊躇ったように口を開いた。
「見ないように、してたんです」
「……見ないようにって、スマホを?」
責めているように聞こえないよう、冬弥はきわめて優しく聞いた。そんな冬弥の問いに、理久は小さく頷く。
「連絡、来てなかったら虚しくなるから」
その口ぶりから、これが初めてではないことを悟る。
未だにスマホを握り締める理久がいつもよりもずっと小さく見えて、冬弥はその距離を少しだけ詰めた。
「いやだったら答えなくていいよ。……ドタキャンされたこと、何度もある?」
以前、晴翔が立てた仮説。その冬弥の質問に、理久は視線を向けることなく小さく口を開いた。
「何度もは、ないです」
「……その言い方だと、されたことはあるんだ?」
うつむいた理久は、スマホを持っていた手を膝に下ろした。その手が微かに震えているように見えて、冬弥はまた少しだけ距離を詰める。
「……前の彼女さん?」
「…………文月さんって意外と突っ込んできますよね」
「え、あ、ごめ、やだった!?」
微かに笑ったような理久にそう言われ、冬弥は思わず距離を取った。
理久が元気なかった時にも首を突っ込んで無視されて反省したのに、また同じことをしてしまったようだ。だが、冬弥がどうフォローしようか悩んでいれば、理久は首を横に振った。
「話したくないのに、話したくなっちゃう」
スマホをしまった理久は、自分の細い手を見た。理久の言葉に舞い上がりそうになった冬弥は、離れた距離をまた縮める。
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