第二章

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 カフェを出た二人は、そのまま帰ることなく買い物をした。意外にも、理久が今日見た映画の原作小説を買いたいと言ったのだ。 「理久くんは小説読む方?」 「そうですね。すごく読む、というわけではないですけど」 「原作小説も買うタイプ?」 「気に入れば」  冬弥が思っているよりも、今日の映画は気に入ったらしい。  どこか満足げな理久に、冬弥は嬉しくなった。今日の映画デートは、冬弥が一方的に誘ったものだった。気を遣わせていたらどうしようという心配は杞憂だったようだ。  バイトの時よりもずっと話してくれる理久に、冬弥は舞い上がっていた。好きな子が一緒に居て楽しんでくれているのは嬉しいものだろう。  駅の改札口に向かう道中、冬弥はにやける口元を隠すのに必死だった。 「また行こうよ、デート」  気が付けば、そんなことまで口走っていた。  先ほどまで横を歩いていた理久の足がピタリと止まる。それに気が付いて振り向いた冬弥が見たのは、不安げな表情をした理久だった。  だけどそれも一瞬で、理久は冬弥の横に並ぶ。 「いいですね、行きましょう」 「え、あ、ほんと? いいの?」 「はい」  頷く理久を見て、冬弥は素早くスマホを出して予定を確認した。理久の気分が変わらないうちに、予定を決めてしまいたかった。 「来週の日曜日とかどう? あ、バイトだったりする?」 「いえ、日曜日は休みです」 「じゃあ、その日は?」 「わかりました」  冬弥がそのままカレンダーに予定を書き込めば、理久も同じようにスマホを取り出していた。 「どこに行きたいとかある?」  冬弥が尋ねれば、スマホを眺めたまま理久はしばらく考え込む。  本来であれば冬弥が考えてエスコートした方がいいのかもしれないが、今回のデートは冬弥が一方的に決めてしまったものだ。楽しんでくれたからいいものの、次回は理久が行きたい場所に連れて行ってやりたい。 「……遊園地」  だが小さな声で返ってきた答えに、冬弥は思わず持っていたスマホを握り締めた。  理久が、彼女と行こうとしていた場所だ。もう行けない、と落ち込んでいた理久の姿を思い出す。 「……すみません。やっぱ、別の場所に──」 「いや、行こう。遊園地」  返事が遅くなってしまった冬弥に、理久が言葉を取り消そうとする。だけど、冬弥は食い気味に言葉を重ねた。  行きたかったのだろう。それを楽しみにしていたのだろう。なら、それを叶えてやりたいと思う。たとえ、前の彼女の代わりだとしても、理久が望むのであればどこにでも連れて行ってやりたい。  冬弥が強めに発言したことに驚いていた理久は、俯いて頷いた。その表情は、何度も見たことのある、寂しそうな、心細そうな顔だった。 「……ありがとうございます」  か細い理久の声に、冬弥はその小さな体を抱きしめたくなった。 「じゃあ来週、九時に駅で」  理久の使う電車の改札口まで送った冬弥は、そう言って手を挙げた。理久も、小さく手を振って人混みの中へと消えていく。その姿が見えなくなるまで見送った冬弥は、無意識に息を吐き出した。  次のデートを取り付けたはいいが、理久の表情が気になって仕方がない。  何も理久のテンションをぶち上げたいとか、そんなことじゃない。そりゃもちろん、喜んでくれるのなら嬉しい。そのために、冬弥だって理久の喜ぶだろうということを提案しているのだから。  だけど、理久は悲しそうな顔をする。  初めてマネージャー室で見たような表情。 「晴翔だったらなんかわかるかな……」  今日の報告も含め相談しようとスマホを出した冬弥は、一気にテンションが下がるのが分かった。  スマホに残っていた着信履歴に、母と出ている。さらにその数は、十を超えていた。  大きくため息をついた冬弥は、しばらく悩んで母に折り返しの電話をかける。2コールも鳴らないうちに出た母の声は、少しだけ怒ったようなものだった。 『もしもし冬くん? なんで出ないの、びっくりするでしょう? 何かあったの?』 「なんもないよ母さん。出かけてただけ」 『ほんとに? 怪我とかしてない? 変な人に話しかけられたりとかは?』 「ないよ、平気。電話何だった?」 『冬くんが全然連絡くれないから、何かあったのかと思って……』 「昨日連絡しただろ」 『昨日でしょう。昨日は平気でも、今日は何もないなんてわからないじゃない』  何処か焦ったような、怒ったような母の声に、冬弥は付きたくなるため息を我慢して頭を抱えた。  母はいつもこうだ。冬弥のことを、小さな子供と勘違いしている。 「あのな母さん、いつも言ってるけど、俺もう二十歳なんだよ」 『年齢なんて関係ないわ。冬くんはいつまでもお母さんの子供なのよ。心配に決まってるじゃない。大体、一人暮らしするっていうのも……』  始まった……。冬弥は声に出すことなく母の言葉を聞き流していた。  冬弥の母は、いわゆる過保護な親だった。  大学入学と同時に家を出た冬弥は、当時母親に猛烈に反対されていた。それでも電車に乗る時間や手間を考えたら一人暮らしした方が圧倒的に良い。それ以上に、母の束縛から逃げたかった。何とか説得して家を出たのはいいものの、毎日連絡を欠かさないと数十件という着信が入る。 「わかった、わかったから」 『今度、顔を出しに来なさい』  母の言葉に、冬弥は空を仰ぐ。実家に顔を出せば簡単に帰れないことを知っているから。 『土日は休みなんでしょう? 来週帰ってきて』 「え、来週?」 『バイトも学校も休みって言ってたじゃない』  理久との約束は日曜日。土曜日は帰れるが、その日中に帰れるかどうかも定かではなくなってしまう。最悪実家からデートにも行けるが、ちゃんと入念に準備したいじゃないか。 『冬くんの好きなものたくさん用意して待ってるからね。おやつも買いに行かないと。じゃあ冬くん、またね』  そんな冬弥の考えを一ミリも知らない母は、それだけを言って電話を切る。  通話終了を知らせる音を聞きながら、冬弥は周りのことなんて気にせず叫び出したい気分になった。
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