フレンズ・ビヨンド

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 あーだりぃ。だいたい、他校のやつとちょっと喧嘩したくらいで停学ってなんだよ。休んでた間のテストや宿題やれってさ、めんどくせーよ。  俺は授業サボって、校舎の屋上に上がって、昼寝しようと階段室(※塔屋)の外の壁に寄りかかった。  あーいー天気だ。昼寝にはゼッコーだな。  眼をつぶったとき、ドアが開いて、誰かが出てきた。昼寝の邪魔するなよ。  先公か?  あれ、違う。  出てきたのは、ひょろひょろした痩せたやつで、同じクラスのやつじゃない。もしかしたら学年も違うのか。なんか、制服がしわしわでところどころ濡れてるし、よろよろしてて、へんなやつ。  俺に気付いていないみたいだ。 「おい、屋上あがったらいけないんだぞ」  すると、そいつはびっくりしたのか、こっち向いて震えた。 「き、君だって、あがってるじゃないか」  文句言ってきたそいつ、なんか、どういったらいいかわからないけど、キレイな顔してた。あ、イケメンって言うのかな。 「まあ、そうだけど、俺はいいんだ。おまえもサボりか?」 「ぼくは…そう、だね」  歯切れわりぃな。 「どうして濡れてんだ?」 「手洗うとき、水、出しすぎちゃって」 「ドジだなぁ」 イケメンでドジって、ちょっと呆れて笑うと、そいつはなんか悲しそうに下向いた。やばい、泣かしたかな。 「バカにしたんじゃないんだ、ごめん。」 「ううん、いいよ、ほんとにドジだから」 座れよと言うと横に座ったけど、なんか疲れてるみたいだ。 「具合悪かったら、保健室で休めよ」 そいつは首振った。なんとなく、気になった。 「俺、2年Ⅾ組の比嘉ハル、おまえ、は、ってもしかして3年のセンパイ?」 「ぼくも2年だよ、A組の桐島リツ」 「そっか、じゃタメ口でいいよな」 うん、いいよと言った後、リツは帰りたいとぽっつとこぼした。 「やっぱ、具合悪いんじゃん、帰れよ」 でも、リツはやっぱり首を振った。 それから何回か、屋上でリツとサボって昼寝した。 停学の間の宿題やテストができなくて、やになるよ、難しすぎって愚痴ったら 「ぼくでよければ教えてあげるよ」  って言ってくれたんで、そんならいっそやってもらえばいいじゃんと思って頼んでみた。 「じゃ、代わりにやってくれよ」  するとリツは意外に厳しかった。 「それはだめだよ、自分でやらなきゃ」 ちょっとがっかりして、友だち甲斐ないなって言うと 「ともだち…?」 びっくりした顔で俺を見た。そんなに驚くことか? 「サボり仲間じゃん、友だちじゃん」 するとリツは泣きそうな顔でうんって頷いた。なんで泣きそうなのか、聞いちゃいけないような気がして黙ってた。  リツはいつも具合悪そうだけど、頑張って学校に来てるみたいだった。親にでも行けとか言われてんのかな、俺みたいに。 俺の場合は停学明けだし、先公もうるせーからだけど。もっとも、こんなにサボってたら来なくても一緒か。 その日も屋上で昼めし食ってると、リツがやってきた。いつもは昼過ぎた五時限目とかに来るんだけど、はえーな。 なんか、また制服のあちこちが濡れてる。またドジったのか? 「よお、またドジったのか?」  小さな声でうんと言って、俺の隣に座った。 「昼めし、食ったのか」  首振って下向いてる。持ってきた焼おにぎりを差し出した。 「これ、食えよ」  頷きながら伸ばそうとしてる手が震えてる。その手を握って、手のひらに乗せてやった。リツはしばらく眺めていたけど、ゆっくりと食い始めた。ぽろって涙こぼして。なんで泣いてるんだろ。でもやっぱり聞けなくて。 「…おいしい…」  おいしいと言われてうれしくなった。 「それ、俺が作ったんだぜ」  リツは食べるのをやめて、焼おにぎりを見ていた。 「すごいね、自分で作るの」 「家がスナック…ま、居酒屋みたいなとこでさ、おふくろが手伝えって、おつまみとか軽食とか作ってんだ」  けっこう評判いいんだぜと言うと、すごく感心してた。おっさんたちに手伝いえらいなって言われるより、めちゃうれしかった。  放課後宿題のプリントの残りを教えてくれるっていうから、校門のところで待ってたけど、なかなか来ない。部活とかやってなくて、俺と同じ帰宅部のはずだし。探しに行こうとしたら、やっと来た。 「ごめんね、遅くなって」 リツはいつもだけど、元気がない。きっとどこか、具合悪いんだ。親も無理させないで病院連れてけばいいのに。 「どこにする、エルモールのフードコートとかがいいかな」  エルモールは学校と駅の間にあるショッピングモールだ。夕方になると、フードコートやショップに中高生がたむろしている。 するとリツはこわごわ首を振った。 「僕、お金なくて…公園とかじゃだめかな」  俺もそんなにあるわけじゃないけど、ドリンクおごるくらいできる。そう言うと、悪いからって遠慮してたけど、強引に引っ張ってった。  リツはめっちゃ頭いい。廊下に張り出されてるテストの順位表は学年で五番以内だ。それに、頭の悪い俺にもわかるように教えてくれる。 「この構文は…これが目的語だから…」「この代数は、ここにこれを使って…」  プリントの中身をノートに書いて、説明を追加してくれて、それ、持って帰って見直しながら、プリントに書くことになった。  えーごはばっちり、すーがくもなんとかなりそう。 「現国は明日にしようぜ、提出は来週だし」  漢文は捨てる! 「漢文も教えてあげるよ」  全部おんぶにだっこじゃ、いけないよな、でも、リツが教えてくれるっていうんだし。一緒にいると楽しいし。いいかな。  俺は保育園の頃から喧嘩ばっかりしていて、生傷が絶えなくて、いつも先公や近所のおとなに怒られてばっかだった。だいたいが片親でおふくろが水商売だってことが原因でからかわれたり、いじめられたりなんだけど、小学校も五、六年の頃には、俺を怒らすと、怪我すると分かったやつらは近寄らなくなった。そんなんで友だちなんてできたことなかった。 中学の時は不良たちに目をつけられては、殴り合いで相手を怪我させて、おふくろがそいつらの親に謝りに行っていた。おふくろはその度にめちゃ怒るけど、店の手伝いをすると機嫌よくなる。その頃から店の手伝いをするようになったんだけど、最近は手伝わないと小遣いくれねーし、飯抜きにされるから、文句言いながらもやってる。  高校に入ってからは、もう毎日誰かと喧嘩して帰るようになっていた。校内じゃ俺が狂犬って知れ渡ってて、突っかってこないから、他校の連中や族のちんぴらとやりあうようになった。  そう、俺、狂犬って呼ばれてる。別に噛みつくとかじゃなくて、すぐに切れて、何も言わずにもくもくと殴り続けるから、不気味らしい。それでもって、喧嘩してないとイライラしてきて、殴り合いすると落ち着くって感じで、たぶん病気だな。  でも、屋上でリツと友だちになったら、なんかあんま喧嘩してなくてもイライラしなくなったんだ。俺とリツじゃ、いろいろ違いすぎるけど、友だちになれて、うれしいんだ。だって、初めて友だちって言えるやつが出来たんだ。一緒にいて楽しいって友だちってことだよな? リツのことは、あんま元気ないのが気になるけど、最近は一緒にいて少しは笑うようになったし、好きな漫画とか人気のユーチューバーのこととかも話すようになったし、俺といて楽しいみたいだ。だから俺たちは友だちだ。 おふくろもなんとなく俺があまり喧嘩しなくなったのに気がついてるみたいで、けっこう優しい。店の手伝いをさぼると怒鳴られるけど。    今日はリツを家に呼んだ。現国と漢文を教えてもらえることになってる。またフードコートでもいいけど、おごられるのは嫌みたいだったから、それなら家でってことになった。それも遠慮してたけど、また俺がむりむり連れてきた。  店は七時からでまだ開いていない。裏口から入るとおふくろが茶の間に座って、たばこ吸ってた。リツが頭を下げた。 「おじゃまします…」  おふくろがいらっしゃいと言って、リツを見回した。 「まさか、この子も喧嘩するのかい」  喧嘩仲間だと思ったらしい。 「ちげーよ、べんきょー教えてもらうんだよ!」  へえとおふくろが驚いてた。 「雪でも振るんじゃないかい」  おまえが勉強なんてってバカにしやがって。  さっさと二階に上がる。  ちゃぶ台出して、プリント広げた。普段はちゃぶ台出すところもないくらい、散らかってるけど、昨日必死こいて掃除した。  少ししておふくろが飲み物もって上がって来た。店のお客さんに出すポッキーが付いていた。 「このバカによく教えてくれるヒトがいたねぇ、先生も見放してるんだよ」  余計なことを。リツが首振った。 「ハル君、教えたこと、よくわかってくれるし、バカじゃないです」  おふくろがうれしそうにありがとって言って降りていった。  なんとか現国と漢文のプリントも終わらせられた。出来っこないってバカにして渡してきた先公もビックリするよな。  ジュースを飲んでいて、ふと思った。 「なあ、リツって彼女とかいないのか、毎日俺のべんきょー見てくれてるけど」   リツは頭いいし、見た目もけっこうカッコいいと思う、顔もイケメンじゃん?優しいし、もてそうだけどな。 まあ、彼女っていうやつは四六時中自分のこと構ってくれないと機嫌悪いらしい。いたら、俺に構ってる暇ないよな。 「…いないよ…ハル君…は…」  やっぱ、いないんだ。なんか俺、ほっとしてる?なんでだ? 「俺?いるわけないじゃん」  喧嘩強いやつが好きな女もいるけど、俺は度が過ぎてるらしくて、かえって引かれてる。それに。 「あんま、興味ないんだよな、彼女とか」  めんどくせーしと言うと、リツもそうだねと笑った。急にリツが寂しそうな顔した。 「…もうプリント終わっちゃったんだよね」  あ、もう放課後教えてもらうこと、なくなっちまったか。 「リツも自分のべんきょーあるだろ?塾とかも行ってるんじゃ?」 「塾はいってないよ、通信講座で勉強してるから」  ときどき家庭教師に教えてもらったりしてるって。やっぱ、すげーべんきょーしてるんだ。 「もう…あまり屋上行けないかもしれない。でも。ハル君とは…話とかしたい」  そりゃそーだよな、こんな優等生が俺みたいにサボり魔、いつまでもやってるわけいかないよな。  放課後時間あるときに公園とか、なんなら家で話そうぜと言うと、リツはうれしそうに笑った。  出してやったぜ。プリント。やっぱ先公ビックリしてた。 「誰を脅してやらせたんだ」  はあ?なんだよ、それ。自分でやったよ(リツに教えてもらったけど)って言っても、  信じねーの。やってられっか。  ムカついたけど、さすがに先公殴るわけいかないから、教員室出て、屋上へ行こうとした。 途中、2ーAの教室の前を通った。リツいるかなと思っていると、A組の女子がひそひそ話してたのが聞こえてきた。 「またトイレで?名倉君、さすがにやりすぎじゃ」「…桐島君、よく学校来れるわよね」  リツが?なんかされてるのか?  俺は心配で身体中が沸騰するみたいになって、走って近くの便所に行くと、A組のヤツがひとり立ってた。 「どけ」  入ろうとすると、止められる。 「今使ってんだ、他の階に行けよ」  中から怒鳴り声と泣き声が聞こえてきた。 「早く食えよ、食え!」「やめてよ…許してよ…」  リツ⁈  行こうとする俺をA組のヤツが止めようとした。  俺はそいつの顎に一発食らわせた。 「ギャッ!」  そいつがよろけて戸の前からよろよろと退く。戸を叩き割るように開けた。 「⁉」  便所の床に散らばった弁当の中身、それに顔を押し付けられてるリツ。  俺は何も言わずにリツを押さえてたヤツの鼻目掛けて、拳を叩きつけた。 「がっ!」  そいつが鼻を押さえる間も与えずに、腹をえぐるように殴る。倒れたヤツの横腹を蹴り上げ、リツを押し付けていた右腕をねじ上げた。ギリギリと音がするほど力を籠める。何をされるのか、分かったのか、泣き叫びだした。 「やめろ!やめてくれ!」 やめるか、リツを、よくも、大事な友だちを、こんな目に!  ボキッと音がしてヤツの腕が折れた。ギャーって悲鳴上げて、床を転げ回っている。あわてて逃げ出そうとしたひとりの腹に蹴りを入れて吹っ飛ばし、もうひとりの顔面に頭突きを食らわせた。 「なにしてるんだ、やめろ、比嘉!」  先公たちが飛び込んできた。身体を振って、腹の底から怒鳴っていた。 「こいつら、ぶっ殺す!ぶっ殺してやる!」  俺を押さえようとふたりがかりで両腕を掴まれ、便所の外へ引っ張り出された。何人もの先公がやってきて俺を床に倒して抑え込んだ。 「ちくしょー、ちくしょー」   便所の隅でリツが泣いてた。俺はあいつらをぶっ殺せなかったくやしさで涙が出た。  先公たちは、俺がなんでやったか、すぐに分かったらしく、警察呼ばずに、あいつらの両親と俺のおふくろを呼んだ。四人は救急車であいつらの首謀者―名倉っていうらしいーの親がやってる病院へ運ばれていった。 「どういうことですか、腕の骨折るなんて!警察呼んでくださいよ!」  名倉の母親が叫ぶと、校長がそれが…とあいつらのやったことを話した。親たちがまさかって顔真っ青にして黙り込んだ。校長が困ったように言った。 「比嘉は退学させますから、届は…」  おふくろが食ってかかった。 「ちょっと、うちの子だけが退学って、そんなの筋通りゃしませんよ!」  担任の先公がおふくろを止めた。 「比嘉君は先日他校の生徒とも揉め事起こして停学になっています。そういう子だと、原因がどうあれ、少年院行きにもなりかねないですよ、退学で済んだと思ってください」  おふくろは悔しそうだった。治療費は払うよう校長に言われてた。 「あんな学校、こっちから出て行ってやんな」  帰り道、おふくろに言われた。俺は自分のことより、リツのことが心配だった。  なんでいじめられてるって気が付かなかったんだろ。もっとちゃんと見てれば、おかしいってわかったはずなのに。つらかっただろ、苦しかっただろ。友だちだって言ってたのに、なにもわかってなかった。口だけだった。 俺は…バカだ、やっぱりバカだ。 退学してから二週間経った。俺はリツにLINE送ることができなかった。リツの方からも来なかった。なにもわかっていなかったこと、きっとリツだって、友だちなのになんで助けてくれないんだって思ってるに違いない。 俺はリツに会えなくなって、悲しくてしかたなかった。 会いたい。 罵られてもいい、でも、でも、もう会えないのはやだ。やだよう。 …泣けてきた。喧嘩に負けても泣かないけど、リツに会えない方がつらいよ。俺、俺、リツに会いたい…。  茶の間で見てもいないテレビを点けて、座り込んでいた俺をおふくろが怒鳴った。 「なに、ボケっとしてるんだい、早く仕込みやっちまいな!」 「うるせー、ばばぁ!」  動きたくねーよ。 「やんないと、飯抜きだよ!」 「食いたくねーよ‼」  そうは言ってもやんないと店回んないからしぶしぶ厨房に行って、仕込み始めた。  店が開いて、何人か客が来て、俺はお通しやらつまみやら出して、ビール瓶のケースを裏口から出していた。急に声がして頭を上げた。 「ハル君」  リツ⁉  来てくれた⁉ 「リツ!」  俺はガバッてその場で土下座した。 「ごめん!俺、気が付かなくて、ごめん!」  するとリツも両ひざをついた。 「ぼくこそ、ごめんね、ぼくのせいで…学校辞めさせられて…」  ふたりしてごめん言いあってると、傍通ったヒトが変な目でみたので、あわててリツの手をひっぱって、裏口から入った。 「おふくろ、わりぃ、リツ来たから、抜ける!」  そう言って階段を上がる。ぐちゃぐちゃに散らかってる畳の上のゴミを足で隅に寄せて、座るとこ作った。  しばらく向き合っていて、黙っていたけど、 「リツ、ほんと、ごめん、あんな…目に会ってたなんて、ちっとも気が付かなくて」  そう言うと、リツが首を振った。 「ううん、ぼく、何も言わなかったし、隠したかったんだ、いじめられてるなんて情けないなって、ハル君に思われたくなくて」  そんなこと思うわけないじゃん。でも、なんか気持ちはわかる。友だちだからかえって言えないことってあるもんな。 「だからLINEも出来なかったけど、やっぱりハル君に…会いたいと思って」  ハルも俺に会いたかったんだ。なんかすごくうれしい。  ハルはぽつぽつって話し出した。 「…二年になって、戸倉君たちと同じクラスになって、最初は教科書にいたずら書きされたり、靴隠されたりくらいだったんだけど…」  どうしていじめられるようになったのか、思い当たることはなく、聞いても別に理由なんかないと言われるだけだった。次第にひどくなって、蹴ったり、殴ったりしてきて、葬式ごっこもされて、クラスのみんなからも無視されるようになったし、お金もとられるようになったと言った。 「自分のお小遣いやお年玉とかから出してたんだけど、それもなくなったら、かあさんの財布から盗めっていわれて…お弁当使って…いじめられるようにもなって、かあさんにもとうさんにも言えないし、思い切って先生に言ったけど、信じてもらえなかった…もう耐えられないと思って」  ひどい、ひどすぎる。あいつら、やっぱぶっ殺せばよかった。先公もぶん殴ればよかった。 「あの日、初めて会った日。ぼく、飛び降りようと思って、屋上に行ったんだ…でも、ハル君がいて…」  できなかった、それから毎日のように決心して屋上に行ったけど、ハル君がいて、できなかったと言った。 あの日、リツは死のうと思ったんだ。俺がいたから、やめたんだ。 リツは、そのうち、ハル君に会えるのが楽しみになって、飛び降りるのをやめて学校に来たいと思うようになったと泣いた。 「リツ…」  俺に会えるのが楽しみだって。俺だってそうだ。リツと会えると楽しくて、学校も悪くないと思ったんだ。 「クラスのみんな、わかってても誰も助けてくれなかった。でもハル君はぼくのために…」 「友だちじゃんか、助けるのはあたりまえだろ」  リツが涙を手の甲で拭いてた。  あいつらは怪我が治るまでは来られないだろうけど、治ったらまたリツをいじめるんじゃ。すごく心配だ。 「…ぼく、転校するかもしれない」  そのほうがいいかもと思ったけど、リツは悲しそうだった。 「引っ越しもするかも」  引っ越し?どこだろ、近くなら会えるけど。 「どこに行くんだ?」  リツが顔を伏せた。震えてた。 「たぶん、おばあちゃんのいる…広島…」  広島⁉めちゃ遠いじゃん! 「そんな、遠く…」 「ぼく…行きたく…ない…」  俺だって、行ってほしくない。俺は胸が痛くなった。  あまり遅くなると親が心配するからって、リツは帰ろうとした。俺はまださよならしたくない。少しでも一緒にいたい。 「おふくろ、リツ、送ってくる」  おふくろが裏口までやってきて、気を付けなと言って送り出してくれた。  駅までの道、黙って歩いていく。なんか言いたいのに、言えない。いいたいことが出てこない。リツも黙ったままだった。 この辺はスナックとか居酒屋とかフーゾクとか多くて、あんまいい場所じゃない。特に夜は客引きとかも出てくるし、半グレっぽいやつらもいる。リツみたいなのは狙われやすい。だから、いつも帰りは駅まで送っていってた。今日は家まで送っていこう。  急に前に何人か塞ぐように出てきた。 「よお、一緒とは都合いいな」  戸倉が腕を白布で吊って、鼻にでかい絆創膏貼って、立ってた。 「戸倉…てめぇ…」  もう一度締めてやる!  動いたとき、隣にいたリツを別のやつが羽交い絞めして、引きずった。 「リツ!」「ハル君!」  そいつをぶん殴ろうとしたら、さらに何人か出てきてすっかり囲まれてた。  近くの工事現場に連れていかれた。戸倉の後ろに近所でも悪評判の半グレ崩れが五人立ってた。 「おまえが三高の狂犬ってやつか」  半グレ崩れのなかで一番でかいやつ、岡田って名前だけは知ってる。 「羽浦のとこのやつらも締めたらしいが、俺たちは簡単にはいかねえぞ」  ごちゃごちゃうるせー!  そいつの顔面に頭突きくらわした。 「ぐあっ!」  岡田がいきなりで避けられず、後ろによろけた。その足元をすくって倒した。 「くそっ、やっちまえ!」  岡田が言うと、他の連中が一斉に飛び掛かってきたけど、ひとりの腹にタックルして地面に倒し、馬乗りになって、顔を何発かぶん殴る。すぐに別のやつが俺を掴もうとしたのを避けて、膝で腹を蹴った。  痛がって蹲ったやつの顔を足で蹴り上げ、尻ごみして後ずさりしてるやつの腹にも拳をねじ込んだ。  あっけなくやられて倒れてる連中を見て、戸倉が震えていた。 「てめぇは許さねえ」  覚悟しろと飛び掛かろうとしたとき、もうひとりいたらしい半グレ崩れが怒鳴った。 「おい!やめねえと、こいつ、殴るぞ!」  見ると、リツが首に腕回されて捕まってた。 「離せよ、バカ野郎!」  駆け寄ろうとしたが、リツの首に回した腕にグイッと力を入れられた。 「ぐっ⁉」  リツが苦しそうに身体を振ったが動けない。そのうち、倒れていた岡田が起き上がって、落ちてた鉄のパイプを拾って、リツを叩こうとした。 「やめろ!」  叫ぶと別のやつが俺の頭にパイプを振り下ろした。さっと避けると岡田がリツの腹にパイプを押し付けた。 「こいつ叩かれたくなかったら、動くんじゃねえ」  俺は動けなくなった。がっつと頭を叩かれた。 「やめて、ハル君が死んじゃう!」  リツが泣き叫んでる。さっきから連中がパイプで地面に倒れた俺の腹や胸を叩きまくってる。痛いのは痛いけど、リツが叩かれるよりマシだ。  戸倉が骨折してない方の手でパイプを持って俺に近づいてきた。 「よくもやってくれたよな、あの後親に叱られてさんざんだったんだ、骨折れて、いてーしよ!」  岡田が俺の右腕を押さえつけた。 「やめて!」  リツが悲鳴上げた。  戸倉がパイプを振り下ろすと、ごつって音がして、俺の腕が折れた。 「ぐっ、ううっ」  いてー、これはいてーよ!  呻きながら腕を押さえると、岡田が薄笑いした。 「もう片方も折ってやろーぜ」  戸倉も笑いながら、そうしようと岡田に左腕を押さえさせた。 「やめて!」  リツが押さえていたやつを振り払って、駆けて来て俺に覆いかぶさった。 「リツ、どけ!」  俺はリツが叩かれると思って叫んだ。戸倉が俺の左腕をパイプで突きながらリツに言った。 「やめてほしかったら、こいつにキスしろよ」  岡田が笑い出した。 「そいつぁいいや」  周りの連中もへらへら笑ってる。  リツが目見張って、戸倉を見上げてる。首振った。 「そんなこと、できないよ、もうひどいことするのやめて!」  戸倉に言い返してる。俺のために身体張って、言い返してる。  岡田がパイプで俺の折れた腕を叩いた。 「がっあ!あっ!」  こんなにいてーの、はじめてだ!身体の底から震えがきた。 「やれよ、でないと、左も折るぞ」  戸倉がリツを脅した。  リツは悲しそうな目をして震えながら、俺に顔近づけた。 「ごめんね、ハル君…ごめんね」  リツがあやまりながら、俺の口に唇を押し付けてきた…。リツの唇は小さくてあったかかった。  こいつらにやらさせてるんだけど、俺は…。  リツの涙が顔に落ちてきて…。泣かなくていいよ。 「いつまでやってんだよ、気色わりぃな!」  戸倉がパイプでリツを払うと、リツが尻もちついて後ろに倒れた。戸倉がまた俺の腕に振り下ろそうとしたとき、リツが叫んだ。 「言われた通りしたよ、やめてくれるんでしょ⁉」  戸倉が鼻で笑った。 「やめるわけないだろ⁉」  がっつと振り下ろされたとき、リツが俺に覆いかぶさった。 「ああっ!」  パイプはリツの背中に当たった。 「くそっ、どけよ、どけ!」  戸倉がリツのことを何度も蹴り上げた。 「リツ、どけよ、どいてくれよー!」  俺が泣きながら叫ぶと頭を叩かれ、くらっとなって、目の前が真っ白になった。遠くでピーポーピーポーって聞こえたような気がした。  ここ、どこだよっ、身体中いてーな。 「ハル君…?」  心配そうなリツの顔。ああ、リツ、生きてた。よかった…。 「…ここ…」 「病院だよ、ハル君、頭に怪我して手術したんだ。右腕と肋骨骨折してるし、身体中内出血してたよ」 目が覚めてよかったと震えてた。 「おまえは…大丈夫だったのか」 「ぼくは打ち身と内出血で骨折れてなかったよ」  背中叩かれてたから心配だったけど立ってるし、よかった。  すぐに医者とか看護師とか来て、後からおふくろが入ってきて、泣いていた。  あのピーポーはやっぱりパトカーで誰かが通報したらしい。連中は逮捕されて、まだ子どもの戸倉以外は拘置所ってやつにぶち込まれて、戸倉は自宅で謹慎状態とのことだった。  次の日警察のヒトがやってきて、事情聴取ってのを受けた。戸倉たちがリツにいじめしていて、締めたら、岡田たちを助っ人にして仕返ししてきたと話した。学校が隠してたこともばれて、教育委員会とかで問題になってるらしい。テレビとかも来たらしいけど、リツの親が雇った弁護士とかが代わりに会ってるらしい。全部リツから聞いた話だ。 「ごめんね、あのとき…」  リツが謝ってるのはあんときの…キ…キスのことだ。なんか恥ずかしくなる。 「いいよ、あいつらがむりやり…」  リツが首振った。 「ううん、違うんだ…その、ぼく…」  リツが顔赤くして下を向いた。なにが違うんだろ。 「…ぼく、戸倉君たちに言われて…キス…したけど…でも、うれしかった、キスできて」  えっ? 「ごめんね、ぼく…ハル君のこと、友だちってだけでなく、それ以上に…好きで…」  はぁ⁉  ビックリして身体が起きそうになったら、頭がガツンて痛かった。 「いててっ」  驚いたリツが看護師さん呼んでくると椅子から立ち上がったところを動く方の手で止めた。 「たいじょぶ」  ほっとした顔でリツが座りなおした。 「あのさ…」  俺はあのとき思ったこと、言えるときが来るなんて思ってもみなかったから、ちょっと緊張した。 「あのさ、えっと…キス…されてたとき、あいつらに無理やりさせられてるのに…俺もうれしかったんだ。そんなこと、おまえに悪いなって、思ってたんだけど…」  リツが下向いてた顔上げて俺を見た。まぶたとか腫れててよく見えないんだけど、リツは泣いてた。悲しくて泣いてるんじゃないよな。俺も言わなきゃ。 「俺もリツのこと、すきだ、友だちとしても、それ…以上でも」  リツの方に手を伸ばすと、リツが握ってきた。柔らかくてあったかい手。  俺はリツを引っ張った。リツがそっと顔近づけて来て。 「ハル君…ありがとう、うれしい…」  キスした。あんときみたいにリツの唇は小さくてあったかかった。俺もとってもうれしかった。  リツが、パックのジュースにストロー差して寄越した。飲んでいるとうれしそうに言った。 「引っ越すのやめたんだ」  俺はまだ身体中が痛いのを忘れて、また起き上がろうとした。 「いてっつ、じゃあ、学校は」  リツが手貸してくれてまた枕に頭戻した。 「うちから通えるところに転校することにしたんだ」  今とうさんが探してくれているという。 「じゃ、これからも、会えるんだな、俺たち」  リツが頷いた。 「怪我が治ったら、焼おにぎり沢山作って、公園に持ってって、ふたりで食べよう。きっと楽しいぜ」 早く治らなきゃなとリツと笑い合った。     
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