フレンズ・ビヨンド

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 リツをいじめていた連中のリーダー戸倉との喧嘩―じゃねえな、やられっぱなしだったし、あ、リンチか!まあ、つまり、右腕と肋骨五本ばかり骨折して、全身打撲、頭蓋骨陥没ってやつだったけど、俺の頭が石頭だったから、『大事に至らなくて』済んだらしい。『大事に至らなくて』ってなんだってリツに聞いたら、死んじゃったり、不自由な身体にならずに済んだって意味だよって教えてくれた。  俺が入院中はおふくろの店でつまみや軽食作るやつがいなくて、料理からっきしのおふくろは総菜や乾きもんでなんとかつないでいたみたいだけど、評判良くなかったみたいで、お客さんのおっさんたちから早く治せってリンゴとバナナをもらった。  入院中は何度もリツが見舞いに来てくれて、早く焼きおにぎり持って公園に行きたいねって話したり、転校した学校でのことを聞かせてくれたりした。  新しい学校ではいじめられなくて、友だちも出来たと楽しそうだった。俺は、よかったなって言ったけど、なんか寂しかった。  そーだよな、もともと頭いいし、イケメンだし、背だって俺より高いし、優しいし。友だち…すぐできるよなぁ。  でも、リツとは友だちってだけでなく、友だち以上だから、そいつらよりリツと仲良いはずだ。キ…キスだってしてるんだからな。ぜってー負けてない!負けてないよな…  退院してからも家で寝てないとだめらしくて、しゅじい?とかの先生が注意書きって俺にもわかるようにしちゃいけないことを書いてくれた。 重いものもったりしない。喧嘩だめ、頭突き絶対だめ!って赤い字で書いてある。いちおー、壁に貼ってあるけど、そんなの知らねーよ。 腕のギブスがようやく取れて、骨がくっついた頃、夕方、つまみで評判がいいもつ煮を作っていたら、まだ店開けてないのに三人ばっか入ってきた。おふくろがすまなそうに言った。 「すいませんね、お店七時からなんですよ」  入ってきた三人は、どうみてもカタギじゃない。ひとり、すげー刃物みたいな、尖った臭いがプンプンするヤツがいた。背高くてスーツ着て、目が冷たくてぜってー喧嘩つえぇと思う。他のふたりは間違いなくチンピラだ。チャラい感じでこいつらなら勝てる。 「客じゃない」  刃物みたいなヤツが凄んだ。おふくろがこわごわ聞いた。 「じゃ、なんの用だい」  刃物みたいなヤツが懐から紙を出してきて広げて見せてきた。 「タチバナ金融から買い取った。今日中に耳をそろえて返してもらおうか」  おふくろが紙を見て青くなった。 「そんな…無理だよ、今日中に三百万なんて…」  バカな俺でも、借金のことだってわかる。その金は戸倉たちの治療費とか、俺の入院代とかで借りたやつだ。 「おふくろ…」  俺のせいだ。  刃物みたいなヤツが店を見回した。 「この店売るか、売れなかったら」  急に俺の方を見た。 「息子に身体で返してもらおうか」  えっ、俺が⁉  身体で返すって、何するんだ?フーゾクとかか⁉  おふくろが怒鳴った。 「バカ言うんじゃないよ!どこの親が子どもに売りやらせるような真似するっていうんだい!」  刃物みたいなヤツがフッて笑った。 「売りじゃない、うちでやらせたいことがある」  そいつはカウンターに近づいて、俺を睨むように見てきた。 「おまえにうちの若のボディーガードやらせる」  はあぁ⁉ボデーガード⁉  なんのことだかわからず聞き返した。 「なんだよ、ボデーガードって」  そいつは、東城組の赤崎って言った。 「うちの組長にイスズ様という高校二年のお孫がいる。そのイスズ様のボディガードだ」  赤崎が言うには、今東城組と抗争中の肥前組ってのが、組長の孫を拉致って脅しをかけようって企んでるらしくて、組長はすごく孫を大切にしてるから、拉致られて脅されたら、やばいらしい。 「学校の行き帰りは俺たちが守れるが、校内は無防備になる。肥前組の下っ端がセイガクに紛れて拉致る可能性がある」  だから、俺にその学校に入って、孫を守れっていうんだ。 「俺、バカだから学校に入れないぜ」  たぶん、入るのにテストある。 「それはもう学校に話をつけてあるから大丈夫だ。クラスも同じになるように手配してある」  チンピラのひとりが持っていた紙袋を寄越した。 「制服と鞄だ、明日から行け」  まだいいとも言ってないのに、もう行くことになってる。もし拉致ようとした下っ端とやりあうことになったらどうしよう。俺、今喧嘩だめって言われてるのに。 「だめだよ、この子にそんなことさせられないよ、店売るから…」  おふくろが言いかけたのを遮った。 「俺、やるから、店売らなくていい」  おふくろがすごく困った顔で首振ってたけど、俺は赤崎にやるからと言った。すると赤崎がさっきより凄み増した声で脅してきた。 「やるからには、きっちりやれ、もし若になにかあったら、おまえもおふくろも日の目を見られると思うなよ」  うわー、やっぱりそうなるよな…でもやらなきゃ、おふくろの大事な店取られちまう。  それで、俺はヤクザの孫のボデーガードをやることになった。しばらく寝泊りもそいつの家ですることになり、またつまみと軽食が作れなくなって、おっさんたちがおふくろにブー垂れることになっちまった。  それより、週に二回くらいは会っていたリツと会えなくなるほうが嫌だ。俺はリツに、会えなくなるわけをどう言ったらいいかわからず、LINEできなかった。  翌日チンピラのひとり、ナオキが迎えにきて、学校まで車で連れていかれた。 「これ、赤崎のアニキから」  連絡用のスマホだった。起動させると、画面に俺と同じくらいの年のヤツの画像が壁紙になってた。 「こいつがもしかして孫?」  ナオキがあわてた。 「こいつなんて言ってるのアニキに聞かれたら締められるぜ、それが若、学校じゃ女たちにモテモテらしい」  確かにイケメン、でもリツとは違って、こいつも刃物みたいな臭いがする。右の目の上から頬っぺたにかけて傷がある。喧嘩でついたのか、でも、この傷刃物でついた傷っぽいけど、やっぱヤクザだと刃物使って喧嘩するんだ。俺、刃物は使ったことない、相手が使ってきたところを先にぶん殴って叩き落としたことは あるけど。 「せいぜい若のご機嫌損ねないようにしろよ、若、怒るとこわいぜ」  ナオキはちょっと肩をブルッとさせた。  俺はおべっか使ったりするのできねーよ。嫌いなヤツはぶん殴る主義だし。 「あと、アニキからの伝言、若に付くときは右側に立てって」  ぜってーだと言われて、覚えてたらなと思った。  学校の正門の前で降ろしてもらい、玄関で上履きに履き替えて、きょろきょろしながら職員室を探す。 廊下歩いてるヤツ捕まえて教えてもらい、入ると、先公たちが一斉に俺を見た。 「あ、君、比嘉君かな」  一番手前にいた先公が寄ってきた。はげちょろの中年おっさん、俺よりチビだ。担任の浦部って言って、校長室に連れてかれた。 「今日から二年二組に編入する比嘉ハル君です」  ちょこっと校長に頭下げた。俺だってそれくらいのシャコージレイはできる。 「ああ、話は東城様から聞いてるよ、校内で何かあると困るが…イスズ君になにかあったらそちらの方が困るから、しっかりやってくれたまえ」  はあ、なんか、学校もヤクザは怖いんだな、へいこらしてる感じだ。  担任の先公に連れられて、ニ組の教室に入ると、机に座ったり、たむろしたりしたクラスのヤツらがバタバタと席に着き始めた。浦部が黒板に俺の名前を書いた。 「はい、おはよう、今日からクラスに一員になる比嘉ハル君です、わからないことがあったら、教えてあげてください」  と言って、俺の方を見て頷いた。挨拶しろって合図か。 「比嘉ハル、よろしく」  一番後ろの空いてる席に着けっていうので机の間を通っていくと、空いてる席の隣にイスズ君ってヤツが肘ついて座ってた。俺の方をちらって見て、フッて赤崎みたいに笑った。やっば、こいつ嫌いなヤツに入る。ぜってー、仲良くできないヤツだ。  一時限目は浦部の数学だった。やべー、まったくわかんねー。まあ、いいっか。どうせこいつの見張りしてればいいだけだもんな。それにしてもねみー。  休み時間になったら、隣のイスズ君てヤツのところに三人ばっか女が寄って来た。 「理科室、一緒に行こうよ~」「教科書持ってってあげる」 とかなんとか、キャッキャしてる。なるほどモテモテってのはほんとだな。その三人以外にもそいつを見てる女たちが何人かいた。  そいつはかったるそうに席立って、化学の教科書とノートと筆箱を俺に寄越した。 「おまえ、もってこい」  はあ⁉俺が⁉  思わす受け取っちまったけど、取り巻きの女たちがびっくりしてた。 「おい、待てよ、なんで俺が」  そいつは何も言わずにさっさと歩き出した。あわてて追いかける。 「待てよ、勝手に行くなよ」  校内では便所に行くときも目を離すなと言われてる。でも、そいつはまったく返事もしないでどんどん行ってしまうので、しかたなく付いていく。俺の後ろから取り巻きの女たちもついてきていた。 「なによ、なんで転校生に持たせるのよ」「知り合い?」「まさか」とかなんとかこそこそ言っていた。  理科室でも同じグループになっていた。  俺は言われたとおり、そいつの腰ぎんちゃくみたいについて回って、もちろん便所にもついていった。  放課後、取り巻きたちが、俺の机を囲った。 「なんなの、あんた、なんで東城君につきまとってるのよ」「知り合いなの?どうなのよ」  当の本人は隣でかんけねーって顔でスマホいじってる。うまい言い訳なんか思いつくはずなく、黙ってると、取り巻きのひとりが机を叩いた。 「ちょっと、返事くらいしなさいよね!」  俺はムカッてきて立ち上がった。 「てめーらには関係ねーよ!俺がしたいからしてんだよ!」  はっ!この言い訳ってやばい⁉ 「えっ⁉まさかあんた、東城君を⁉」 取り巻きたちが、キャーって悲鳴上げた。 「うそ、うそ、まさか、ボーイズラブ⁉」「やだー、うそー!」  うっせー‼  ちげーよと怒鳴ろうとしたとき、東城が立ち上がった。 「いくぞ、ハル」  なんで名前呼び⁉おまえとは友だちじゃねーぞ!  またさっさと歩き出す。 「鞄もってこい」  また仕方なく鞄持って追いかけた。後ろで取り巻きたちがまだキャーキャー言ってた。  昇降口で呼び止めた。 「なんで名前で呼ぶんだよ、おまえとは友だちじゃねーぞ!」  すると、俺の方を見て、また赤崎みたいに笑った。 「雇われたんだろ、使用人みたいなもんだからな」  使用人か、俺は。だから、パシリみたいなことさせてんのか。 校門の横に今朝俺を迎えに来たナオキが乗って来たのとは違う、もっとでっかい黒い車が停まってた。  そいつが後ろの席に乗ったので俺も乗った。前の席に赤崎が乗っていて、振り向きながら言った。 「おかえりなさい、若」  運転していたヤツーナオキじゃないーもおかえりなさい言ってた。 「どうでしたか、こいつは」  赤崎が聞くと、東城がスマホいじりだした。 「さあな、まだわからない」  車はスゥーと動き出した。  乗って三十分くらいして車は大きな門の家の前に停まった。赤崎がなんか押すと、門が左右に開いて、車が中に入ってった。玄関の前で降りると、目の前にでっかい玄関があった。触ってないのに左右に開いて、東城が入っていく。自動ドアみたいだ。でっかい家だし、すげーな、やっぱ、ヤクザって儲かるんだな。入ったとたん、威勢のいい声がした。 「おかえりなさい、若!」  何人ものチンピラが両脇に列作って、東城に頭下げてる。正面に虎と龍の絵の板があって、両方に廊下があった。  その右側の廊下を歩いていく。俺は東城の後ろを歩く赤崎に付いていった。  廊下から庭が見えて、池や大きな石とかがあって、たくさん木や花が咲いている庭だった。  廊下の一番奥の部屋の和風の戸―障子?―を開けて東城が入ってく。赤崎が俺から鞄を受け取って、中に入って、すぐでてきた。来るように言われて、その隣の障子を開けて入るよう言われた。 「ここがおまえの部屋だ、若が呼んだらすぐに行け」  たぶんだけど、東城の部屋とはふすま(だと思う)で区切られてるだけだ。 「あいつをボデーガードするの、学校の中だけでいいんだろ、なんであいつのパシリやらなきゃなんないんだよ」  赤崎がすげー素早く手を上げて俺を叩こうとした。とっさによけようとしたけど、間に合わなくて、頬っぺたを叩かれた。でも指先がかすったくらいだった。 「まあまあ合格だな」  赤崎は、後はナオキに聞けと言って、いなくなってしまった。俺の部屋と言われたとこに入ると、朝ナオキに預けたバッグが置いてあった。夕べ用意した着替えとか入ってる。制服脱いで、ハンガーにかけて着替えたところにナオキが入ってきた。 「赤崎のアニキに若の世話のこと教えとけって言われたんで」  夕飯は組長と済ますので世話はなし、終わるまでに食堂で自分の夕飯を済ませて、風呂で三助して、寝るまで用事がないか待機、アイスやコーラもってこいと言われたら二分で持ってくる。一分でも遅くなったらビンタされるから注意。  朝起きる前までに靴を磨いておいて、朝のトレーニングに付き合って、その後、朝飯を部屋に持ってく、朝飯は一緒に食べて、もし味噌汁のお替り言われたら、二分で持ってくる。一分でも遅くなったら… 「待ってくれよ、それ毎日やんのか」  てーか、サンスケってなんだ? 「今朝まで俺がやってたんだけど、おまえが来てくれたから、いやー、助かったぜ、よろしくな!」  ナオキはめちゃくちゃ喜んで部屋から出て行った。それってもうボデーガードじゃないじゃん!  サンスケがなにか、聞き損ねた。ま、いっか。  自分の夕飯済ませろって言われたので、ナオキが書いてくれた間取図を見ながら、食堂って書いてあるところを探した。厨房の近くだ。二回くらい迷って厨房にたどり着いた。すげー広い厨房で、俺んちの店の何十倍もありそうだ。そこでなにか作ってるヒトがいた。ヒトの年とかよくわからないけど、そんなにいってないくらいで、ザ・板前ってかっこで白い帽子かぶってた。この家板前さんがいるんだ。さすが。 よく見ると、鋭い目で刺身をさっさっと切っていて、なんか、かっこいい。そのヒトが俺に気付いた。 「なんでしょう」  俺はあわてて、食堂行くところと言って、頭下げて走って離れた。なんかドキドキしてる。ザ・板前さん、かっこいいー。俺板前になりたいのかもな。  食堂には何人かチンピラがたむろってて、うまそうな煮物や生姜焼きみたいな肉食ってた。 「おー、ハル、こっちこっち!」  ナオキが気付いて手招きした。厨房とつながってるカウンターで盆を受け取り、盛り付けられた料理や飯、味噌汁を載せてナオキの隣に座った。 「なにぐずぐずしてるんだよ、若の風呂まであと十五分しかねえぞ」  もうそんな時間?俺は慌てて飯をかっこもうとして、一口食べて手が止まった。 「うんんめー!」  こんなうまい煮物初めてだ。俺の作る煮物なんかゴミかってくらいだ! 「うめえだろ?セイさんが作る料理、全部絶品だぜ」  ナオキもほくほくで食べてる。どの料理もうまくて、来てよかったぁと思っちゃったぜ。  後でセイさん?に煮物の作り方、聞いてみよう、教えてくれるかな。  ナオキに急かされてとにかく食べて、急いで東城の部屋に戻った。東城は部屋で待っていて、俺が入ると二分遅いと往復ビンタされた。避けるなよとナオキに言われてたんで、されたけど正直むかついた。  風呂場もまた、なんか角を何回も曲がって着いたけど、一人で来られるかどうか自信がない。  風呂場もバカでかくて、銭湯だよ、銭湯。  あ、サンスケのこと、また聞くの忘れた。  東城が脱いでその辺に散らかしてくのを脱衣かごにまとめて、俺も裸になった。とにかく、部屋以外はひっついていないといけないらしい。  東城が蛇口の前の椅子に座ってじっとしてる。俺は自分にお湯かけて、湯船に入ろうとした。東城が睨んだ。 「なにしてるんだ、早くやれ」  は?やれ?何を? 「何するんだ?」  顔に向かって丸めたタオルが飛んできた。寸前で受け止めると東城が驚いた顔してた。あ、避けちゃいけなかった。忘れてた。 「三助だろ?それで俺の身体洗うんだ」  サンスケって、そんなことするヒトのことなのか。知らねーし。 仕方なくタオルにせっけんつけて、東城の背中を洗い始めた。なんか、傷だらけだ。こいつ、見た目強そうだけどほんとは弱っちのか?  前もやれっていうので、洗おうとしたら。 …ってなんで、チンコ立ってんの?  いやすぎるそこを避けて洗っていると、東城が俺の右手をぐいって引っ張って洗わせようとする。 「なにすんだよ、離せ」 「手抜くな、ちゃんとやれ」  すげー力、まったく払えない。でも、そんなとこ、やれるか!  もう限界で切れた。足で東城が座ってる椅子を蹴った。ひっくりかえると思ったのに、そいつは空いてるほうの手で俺の左手を掴んで立ち上がって、俺を吊り上げた。 「雇われたんだろ、仕事はちゃんとやれ」  そう言うと、俺を湯船にぶち込んだ。バシャーンて派手な音して湯が溢れる。 「ぶはっ!」  湯から顔を出すと、東城が俺の頭を押さえて湯に浸けようとした。俺はその手を掴んで、引っ張り込んだ。東城も湯船にバシャーンて浸かる。 「若、どうしやした⁉」  俺はもう切れてたから、誰が来たかもわからない。けっこう深い湯船だ。俺は湯の中で東城に殴りかかった。どうせ湯の中じゃたいしたダメージにならないだろうが、もうどーでもいい!こいつ、マジむかつく!  東城も俺に殴りかかってくる。お互い、一発づつ殴って湯から頭を出した。 「そんなソープみたいなことできるか!バカ野郎!」 足蹴りしようとしたが、湯の中だ、足が上がらない。東城も同じだったみたいで、めちゃ怒った顔して怒鳴った。 「ふざけんな!表出ろ!」 「上等だ!締めてやっからな!覚悟しろよ!」  俺も怒鳴って、ふたりで下だけはいて庭に出た。白い砂がきれいな円の筋になっていて、緑の石がたくさん置いてある。チンピラたちがオロオロして回りを囲っていた。  ふたり、裸足で砂をじりッと踏む。こいつ、ほんとに全身刃物の傷だらけだ。どんだけやばい喧嘩してるんだよ。  でも、今は刃物はない、拳と足蹴りと頭突きでやるタイマンだ。  いつも通り、黙って走って足蹴りを腹に叩き込もうとした。その足を東城は掴んだ。すぐに俺は倒れてもいいので、もう一方の脚で東城の足を払う。ひっくり返る寸前、東城は手を離して。砂に手を付き、後ろに退いて、すぐに立ち上がると、俺の顔目掛けて拳を突き出してきた。  俺も立ち上がって、迫ってくる東城の顔に拳を叩きつけようとした。 「がっ!」「ぐっ、うぅ!」  ボクシングのカウンターパンチみたいにお互いの頬っぺたに拳がめり込む。いったん下がって、東城の懐に飛び込み、押し倒した。  馬乗りになって、顔面を打とうとすると、その拳を手のひらで受け止めた。ブルブルと震える。力勝負だ。俺の方が上からだから有利なはず。でも。 「その程度か!」  ぐぐっと押し戻してくる。跨いだ腹の辺りもググっと硬くなって、東城は起き上がった。俺は途中で拳を引っ込めようとしたけど、強く握られて動けない。  こいつ、やっぱ強い、腹筋がすげー  それからは交互に上になったり下になったりして、ガチンコで殴り合った。瞼が切れて眼に血が入ってきた。立ち上がってからもどっちも引く気がない。ひとりとこんなにやりあったのは初めてだ。やっぱ、上には上がいるんだなと妙に感心しちまった。 殴り合い、蹴り合った。さすがに疲れてきた。最後の力を振り絞って、東城の鼻に向かって頭突きがっつんと食らわした。東城の方ももう立っていられなくなったみたいで、膝ついて、仰向けに倒れた。俺も仰向けに倒れて、空を見上げた。真っ赤な夜空だった。 「ハル…」  東城が大きく息を吐いた。 「思った通りだったな」  強いと言ってくれた。なんか照れ臭かった。 「おまえのほうこそ、強いよ、ここまでやったの初めてだ」  だいたい最初の一撃で相手ブルちまうからだ。そういうやり方してるんだけど。 「あ、思ったとおりって…」  初めて会ったはず。  東城が起き上がった。寄って来たチンピラ連中に手を振る。さーっと引いていく。なんかチューケンハチ公がいっぱいいるみたいで、面白くて笑っちゃったぜ。 「羽浦のとこのヤツら、締めただろう、最初あいつらのリーダーの岩井てやつにボディガードさせようって話だったんだ。でも三高の狂犬てやつがあっさり締めたって聞いて」  岩井ってやつを調べるために喧嘩の様子を動画で撮ってて、それを見た赤崎が俺にやらせようってなったらしい。 「そういうことなら…なにもおふくろ脅さなくても」  まともに言ってきてもやったかどうかはわからないけど。 「まあ、俺たちのルールってやつだ、弱み握って脅すってのは」  俺は嫌いだけどとつぶやいた。学校も同じかな、なんか脅されてるのかも。 俺はさっきから頭の中がぐるぐるしていた。  あ、あのときみたいに…真っ赤なはずの空が真っ白になった。 「おい、ハル!」  東城の声が遠のいていった。  気が付いたとき、頭に包帯巻かれて手当されてて、何故か東城が隣で寝ていた。そうだ、喧嘩ダメ、頭突きダメだった。まだ治ってなかったのかも。 俺が起きたのに気付いた東城がなんか心配そうな顔で俺を見た。 「大丈夫か、おまえ、気失ったから、驚いた」 「ああ、頭に怪我して手術したんだ、頭突きダメって先生に言われてたの忘れてて」  喧嘩もダメだったけど、それはいいや。 「ああ、あの一発は効いた」  東城の鼻に大きな絆創膏が貼ってあった。クラスの取り巻き女たちに知られたら、俺、殺されるかも。 東城が、岡田たちにやられたんだっけなというので、俺のこといろいろ調べたんだなとわかった。 「岡田は備前組のぶら下がりだ、おととい出てきたみたいだ」  備前組の弁護士がハルの素行の悪さを盾にして不起訴に持って行ったらしいとのことだった。 「…ふきそ?」  あ、あとでリツに聞こう。要するにもう岡田たちは警察から出ているってことだ。  まさか、またリツになんかするとかないかな。やっぱ、広島に引っ越したほうがよかったのかな。心配だった。 「今日は学校休め、俺のところのお抱え病院あるから、そこで見てもらおう」  なんかやけに親切…? 「おまえは?学校行くのか」  ボデーガードいないとまずいんじゃ。 「俺も休む、顔痛いし」  東城の手が伸びてきて、俺の手を握った。 …握ったぁ⁉ 「ちょ、東城、なにすんだよ」  振り払おうとすると、さらに強く握って来た。手がごきごき言ってる!骨折れる! 「おまえの喧嘩の動画、俺も見たんだ。それで」  掛かってる布団を捲ってガバッて上に乗って来た! 「惚れた、俺とタイマン張れるのこいつしかいないって」 「俺がタイマン張れる相手なのはわかった、でもなんでチンコ立ってるんだよー!」  風呂でも立ってたし。 東城が顔近づけてくる。まさか、キスするつもりか⁉もう一方の手も握ってきた。 「イスズって呼んでくれ」 「誰が呼ぶか、やめろー!」  全力で起き上がろうとしたけど、びくともしない。そのとき障子の向こうから声がした。 「若、朝食です」  赤崎さん!さん付けで呼ぶ! 「後にしろ」  東城が言ったけど、赤崎さんは障子を開けた。 「時間は守りませんと」  東城、動かない。赤崎さんが入ってきて、俺の手を握っていた東城の手を掴んでぐいっと捻り上げた。 「くっ、ショウゴ、おまえ、俺に逆らう気か」  赤崎さんはショウゴっていうんだ。 「ハルは嫌がっています。無理やりはいけません」  東城が赤崎さんの手を振り払って、俺から退いた。  東城はがっかりした様子でため息ついた。赤崎さんが俺に布団をかけた。 「手に入れたいなら、惚れさせなさい」  はあ、ちょっとかっこいいと思っちまった。板前のセイさんとか、赤崎さんとか、かっこいい男いっぱいいるんだなあ。  東城がちょっと赤くなって拗ねたような顔して、ふすま開けて自分の部屋に戻って行った。  ヤクザのお抱え病院っていうから、ぼろっちい診療所みたいなのそーぞーしてたんだけど、ナオキの車で連れていかれたのは、けっこうりっぱな病院だった。頭のMRI(入院してたとき説明うけたけど、さっぱりわからねーやつ)撮って、骨折れてないか、CTスキャン(これもわからねーやつ)して血取られて、額の傷をみてもらった。先生は年取ったおじいさんで、異常ないといって、額の傷に絆創膏貼っておしまいって言った。 「でも、一週間後に血液検査の結果わかるから、来なさいね」  吐き気とかしたらすぐ来るようにって言われた。東城も鼻の傷みてもらったらしく、絆創膏が新しくなっていた。俺の額のを見て、うれしそうに触って来た。 「いてーよ、なんだよ」 「いや、お揃いだなと思って」  はあ、なにがお揃いだよ、って、このまま学校に行ったら何言われるかわからねーじゃん。絆創膏とれるまで、行かないってわけいかない? 「揃って休んだんだから、ふたりでバックレたのかって言われるかもな」  はっ、そうだ、取り巻き女たちに誤解される!それでなくてもよけいなこといっちまったし。東城はうれしそうだし。  スマホ見ると、リツから何回かLINE来ていて、返信してないから心配してた。  急いで、スマホの充電忘れて電池切れてたって返信したけど、東城のボデーガードしてることはどう言おう。きっとすごく心配するよな。 焼きおにぎりもって公園行く約束もまだだし、今週は会えないかも。かなしい。   その夜は風呂入らないほうがいいっていうので、サンスケしなくて済んだけど、やだな、あいつのチンコ洗うの。また立ってたら、俺、折っちゃうかもだよ。  翌日はまだ絆創膏貼ったままだったけど、学校行ってみた。やっぱり女たちが絆創膏お揃い、やだーとかいいながら、やっぱり東城に貼り付いてる。 「ふたりでお休みして、なにしてたのよ」  取り巻きのひとりが突っかかってくる。俺に聞かないで東城に聞けよ。 「東城んち行って、風呂場で滑って転んでデコぶつけてた」  あいつは鼻って指差すと、キャーって悲鳴上げた。 「なになに、ふたりでお風呂入ったの!」  男同士なんだから入ったっておかしくないじゃん。なんでいちいちキャーキャー言うんだよ。  なんか、学校でべんきょーより疲れるってあるんか。備前組の下っ端らしい連中は来ないけど、こいつらの相手するほうがやばいかも。  夜早めに夕飯食べて、厨房のぞいた。板前のセイさんが里いもの皮むいてた。 「あの…セイさん」  俺はおそるおそる話しかけた。セイさんは手を止めて俺を見て不思議そうな顔した。 「なんでしょう」  俺は思い切って言った。 「煮物と味噌汁の作り方教えてください!」  ノートを差し出しながら頭を下げて頼んだ。 「どうしてですか」  セイさんが包丁置いて前掛けで手を拭いた。 「俺んち、スナックで、おふくろ、料理からっきしなんで俺がお通しやつまみ作ってて、お客さんにはうまいって言われてたんだけど」 セイさんの作ったの食べて、自分のなんてゴミみたいなもんだったって思って、それで教えてもらえたらって思ったと話した。セイさんが急に怖い顔した。 「あなたが自分の作ったものをゴミみたいなって言ったら、お客さんにゴミを食べさせてたってことになりますよ」  俺は、はっと気付いた。おいしいと言ってくれてたおっさんたち、入院中見舞いに来てくれてリンゴとバナナくれた。そのヒトたちのことをバカにしたことになるってこと。 「…ごめんなさい…」  セイさんが落ち込んで下を向く俺の顔を見た。 「謝る相手はわたしではありませんよ。でもわかったならそんなに落ち込まなくていいですよ」  今日は時間がないので、明日にでも教えてあげますと言ってくれた。  よろしくってお願いして、部屋に戻った。ギリ、風呂の時間に間に合った。  あー、サンスケしなきゃいけないか。待ってる東城の背中を洗い…やっぱりチンコ立ってるじゃん。いったいなんで立つんだよ。  また喧嘩になるかもしれないから、とりあえず、洗った。東城のチンコ。自分以外の触るのって変な感じだよ。でも、ちょっとリツのチンコのこと、そーぞーしちゃったら…やばい、立ってきた。 …ん?…ということは…。こいつ、俺のこと、惚れたってのは、タイマン張る相手ってのでなく…友だち以上にってこと⁉ いやだ、いやすぎる‼ 「なに、ひとりでぶつぶつ言ってるんだ」  東城が首傾げた。 「なんでもねえよ!ほっとけよ!」  東城が最後までやれよと言って……やらされた。いやすぎるよ。終わってから、東城が湯船に入って、縁に寄りかかって上を向いた。 「今までもじい…俺のじいさんが組長のせいでいろいろあったけど、今回はおまえに会えたからいいかな」  なんか、しみじみって感じだった。タイマン張る相手―喧嘩友だちってことなら、俺もいいかなって思うけど…そうじゃないんだよな。なんか、フクザツな気分ってやつだった。
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