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朝、朝飯前に東城の靴磨いて、トレーニングジム―家ン中にあるんだぞ、どんだけ広いんだーにいく。東城は、グローブつけてボクシングのトレーニングをする。俺は東城が殴るサンドバッグ押さえる担当で、何度か空ぶったパンチを顔に受けた。そんなに強くないし、にやって笑ってたから、たぶんわざとだ。くそぅ。ボクシング以外にも腹筋や腕筋鍛えるやつとかもやってる。俺もやらされてる。めんどーだよ。
二日くらいして、やっぱりリツに話しなきゃと思って、土日のどっちか、少し時間もらえないかと聞こうと思った。食堂で朝飯を食っていると、赤崎さんがやってきた。探そうと思っていたので助かった。でも、こっちが言う前に赤崎さんの方から言われた。
「ハル、今日、系列の会合があって、みんな出払って迎えにいけない。ナオキの車も使うから、若とタクシーで帰ってこい」
そう言って、財布を寄越した。
「わかった」
それなら、今日、東城に少し時間もらえなかって頼んだほうがいいよな。もらえたら、リツにLINEして、放課後ちょっとでいいから会えるかもと思った。
昼休み、ふたりで机をくっつけてセイさんの作ってくれた弁当を広げた。絶品弁当、りょーてーのみたいってみんなに言われてる。うん、うんめー。取り巻きたちも近くで机の島作って、こっちを、というか、俺を睨みながら食ってる。別の取り巻きもできて、俺たちが話したり一緒に歩いたりしてるとキャーキャー喜んでる。誤解されてるよな、俺たち。
「あのさ」
俺がちょっとおそるおそる話し出すと、食いながらなんだっていうので、
「赤崎さん、今日迎えに来れないって、タクシーで帰れって言われたんだけど、俺、ちょっと家帰ってきてもいいか」
正直にリツに会いに行くって言えばいいんだろうけど、嘘ついた。友だち以上のリツのことは話したくない。もしかしたら、こいつがリツをいじめるってこともあるかもって思っちまったからだ。
「風呂の時間までには帰ってこい」
どーしても一緒に風呂に入りたいんだな。それって、チンコ洗ってほしいからだよな。はあぁ。ため息でた。
とにかく時間もらえたから、リツにLINEした。リツからすぐに返信が来て、リツの転校先の学校近くにあるカフェで会う約束をした。家でないとキス…できないかな。まあ、顔見るだけでもいいか。
正門の前で東城と別れて、駅に向かった。俺は久しぶりにリツに会えるので舞い上がってた。
カフェに着くと、リツはもう来ていた。
「リツ!」
「ハル君、久しぶりだね」
リツうれしそう、俺もうれしい。
「あれ、どうしたの、制服…?それって鳳明学園の」
あ、知ってるんだ、この学校のこと。コーラ買って、飲みながら話し出した。
「でさ、そいつが学校にいる間守れって言われてるんだ。それでこの学校に入ったんだけど」
リツがびっくりしてた。そりゃそうだ。こんな話、信じられないよな。
「鳳明学園ってけっこう偏差値高いよ、よく編入試験…」
リツが言いかけたとき、連絡用のスマホが鳴った。赤崎さんからだ、なんかいやな感じがする。ばれたのかな。
「ちょっとごめん」
リツに背向けて、電話に出た。
『ハル、おまえ、どこにいるんだ!』
いきなり凄い怖い声で怒鳴られた。
「ちょっと、家に帰ってこようと思って…」
『とにかくすぐに事務所に来い、住所送る!』
返事も待たずに切られた。
…まさか、東城になにかあったのか
俺はリツにごめんと謝った。
「急用できた、すぐに行かないと」
リツが心配そうな、泣きそうな顔した。そんな顔させちゃって、俺がいけないんだよな。
「大丈夫なの?危なくないの?心配だよ」
「大丈夫、またLINEするから」
リツが頷いて、俺の手をぎゅって握った。俺も握り返して、リツを置いて、送られてきた住所に向かった。
東城商事って看板のビルが事務所らしい。一階の入り口から入ると、ナオキがいた。青くなってる。
ナオキに連れられて、五階までいって中に入ると、赤崎さんがいて、いきなり殴られた。
「がっあ!」
ふっとばされた俺の襟首を掴んで吊り上げた。
「どうして若をひとりにしたんだ!なんのためにおまえを付けたと思ってるんだ!」
「と、東城になにか、があっあ」
く、苦しい。
「拉致られた!」
えっ、まさか。
床に叩きつけられた。赤崎さんを見上げた。
「まさか、そんな、あいつ、強いし、拉致られたなんて」
赤崎さんが大きなため息をついた。
「若は…右目が見えないんだ、右から来られたら防げないことがある」
だから、右に付けって…そんな、見えないって…
「だったら、そう言ってくれれば!」
腕を引っ張られて立たされた。
「若に止められていた。おまえとタイマン張るときに手加減されたくないと」
俺はあいつとのタイマン思い出して急に胸が痛くなった。
下向いて震えた。
部屋の奥の机の方から声がした。
「ショウゴさん、ちょっと」
そっちを見ると、若そうな、メガネかけて、チンピラってより大学生みたいな感じのヤツが座ってて、パソコンのキーボードカタカタ叩いてた。赤崎さんがそいつの横に立った。
「若の鞄は拉致られた場所の近くの公園にあったよ、今タカシ君を取りに行かせた」
「そうか、GPSでの追跡はそこまでか」
スマホも同じ場所を示してるとか言ってる。
「あ、組のメルアドに…送信元不明のメールが」
今、調べるよとカタカタさせた。
「これは!」
そいつが驚いた顔して、画面見ていた赤崎さんは俺を殴ったときより怖い顔した。
「若…」
東城のメール⁉
俺もパソコンの近くへ行って画面覗き込んだ。
「東城⁉」
画面には動画が再生されていて、上半身裸の東城が椅子に縛り付けられて、誰かに髪ヒッパられて顔上げさせられていた。殴られて顔が腫れているし、胸や腹にも青黒い痣がある。
『よう、赤崎、見てるか』
髪ヒッパってるヤツが凄みのある低い声で話し出した。赤崎さんが目を細めて睨みつけている。
「…小野沢…」
小野沢っていうのか、こいつが東城をこんな目に!
俺は自分でもびっくりするほど怒ってた。リツのいじめを見た時みたいにだ。
『要件はわかってるな、こいつを助けたければ、ランドフォール地区の利権を肥前組に譲るって念書書いてもってこい』
ランドフォールってエルモールのある駅の周辺で北側にはたくさん飲食店やフーゾクとかがあって、南側は今でかい建物を作ってる場所だ。
『それを三高…今は東城の狂犬か、そいつに持ってこさせろ』
え、俺に…。
すると、東城が頭振って叫んだ。眼見開いて必死な顔してる。
『ショウゴ、ハルにやらせるな!』
小野沢が拳作って東城を殴った。赤崎さんと俺が画面叩きそうになった。セイガク風が両手をあげて止めた。
急に誰かが東城の腹を蹴った。椅子ごと東城がひっくり返る。
『ほかのヤツが来たらどうなるかわかってんだろうな』
蹴ったやつが振り返った。
『待ってるぜ、狂犬』
「岡田…」
半グレ崩れの岡田だ。また赤崎さんと俺が拳握った。セイガク風が両手をひらひらさせた。
「ふたりともやめてよ、モニタに当たって壊れたらどうするの」
動画がプッツって切れた。セイガク風が肩をすくめた。
「二時間後に港南地区の倉庫に狂犬ひとりで来いって」
赤崎さんがどこかに電話をかけた。動画のこととか話してる。
「ええ、東山会の小野沢でした、例の利権寄越せと言っています」
話終え、了解と言って電話を切った。
「ハル、若はやらせるなと言ったが、おまえにやってもらうしかない」
わかってる。岡田も絡んでるとなれば、やるしかない。
「岡田はおまえを締めてくるだろう」
あの時のように、やられっぱなしになるしかない。今度は死ぬまで叩かれるかもしれない。さすがに怖くなってきて震えた。赤崎さんが俺の肩を掴んだ。
「準備するから、おまえはここで待っていろ」
俺は震えながら謝った。
「すんません、俺のせいで、あいつがあんな目に」
赤崎さんの肩を掴む手の力が強くなった。
「そう思うなら、しっかりやれ」
そう言って出て行った。腰が抜けてへたり込む俺にセイガク風が椅子を寄越した。
「座って」
座るとコーヒーを持ってきて机に置いた。
「僕、カヤ、組のシステム担当だよ」
飲むようにって俺の前にカップ置いたけど、そんなの飲む気分じゃない。
「あんた、東城があんな目にあってるのに、コーヒーなんて飲んでる場合じゃないだろ!」
カップを払おうとしたら、カヤはさっと取り上げた。素早い。パソコン叩いてるだけのオタク野郎かと思ってたけど、反射神経すげー。驚いた。
「こんなときこそ、落ち着くべきだよ」
飲んでと差し出されたので口を付けた。確かにほっとした。
「今何人か港南地区に向かったから、援護はあるけど、飛び込むタイミングだよね、問題は」
パソコンの画面に港南地区の画像が出ていた。近くの監視カメラの映像をハッキングしてるって言ってたけど、そんなこともできるんだ、こいつ。ハッカーってやつか?
「倉庫の周囲にも見張りいるね、まあ、簡単には飛び込めないかな」
目つきの悪い連中が荷物やドラム缶の影にいるのが分かった。俺は少し怖かったけど、東城を助けなきゃって気持ちが勝ってきた。
助けなきゃ。俺にやらせるなって、ひどい目にあわされてるのに。あいつ、やっぱ…友だちだ、喧嘩友だちだ。
一時間くらいして赤崎さんが戻って来た。車に乗り込み、港南地区に向かった。
「これを小野沢に渡せ。確認してる間、岡田がおまえを締めるだろうから、少しの間やられていろ」
そう言って、封筒を寄越した。頷いて受け取ると、制服の左胸のポケットにボールペンを差した。小型のカメラらしい。
「最初部屋の中を見回して、様子を映せ、こちらで確認する」
その間に回りの雑魚を片付けて、突入するから、それまでに東城の捕縛を解けって…ようするに縛ってる縄を切れってことらしい。ナイフを渡された。
「いいか、ナイフは縄を切るだけにしろ」
使いこなせてないから、かえって不利になるって言われた。俺もナイフ使う気はない。岡田もゲンコと頭突きで…あ、いや、蹴りでやってやる。
だんだん、キンチョーしてきた。たぶん俺、震えてたんだろう。隣に座っていた赤崎さんの顔が近づいてきたのに気づかなかった。
ええええーーーー!
赤崎さんのくちび、びるが!
寸前で突き飛ばして、仰け反った。
「な、なにするんだよっ!」
ぐわああっと怒りが湧いてきた。それを見て赤崎さんがまたふって笑った。
「その意気だ」
あ、震えが止まった。まさかそのために?
「無理やりはだめとか言ってたのに」
「してないだろう」
そーだけど。東城にチクってやる。
おかげでようやく喧嘩する前のコウヨウ感てやつが出てきた。
港南地区に着いて、倉庫から少し離れたところに降ろされた。この先から東山会のチンピラたちがあちこちに隠れてる。その間を通って、指定された倉庫に着いた。入口にふたり懐に手を入れてるヤツらがいた。
「東城の狂犬だな」
すっかり俺は狂犬って名前になってる。黙って頷くと、扉を開けた。入れって言われてはいると、薄暗い中に一か所明るいところがあって、そこに椅子に縛られた東城がいた。
「東城⁉」
下向いてた東城が顔上げた。
「バカ野郎、なんで来たんだ!」
顔中腫れあがって口から血が漏れてる。またカーっと頭に血が上って、駆け寄ろうとしたけど、思い出して、あわてて身体を回しながら中を見回した。あちこちに箱が積みあがっていて、高いところに窓があって、入口の他には入ってこれるところはなさそうだ。東城の側に岡田と小野沢、少し離れたところにふたり、俺の後ろ側に回ったのが三人、見えるところは七人だ。
「なに、きょろきょろしてんだ、さっさと寄越せ」
小野沢が近寄ってきて手を出した。持たされた封筒を差し出すと、奪うように取って、中身を見ている。案の定、岡田がいきなり拳を顔面に叩きつけてきた。
「があっ!」
よろけたところを足蹴りしたり、手に持ってた鉄ハイプで腹や胸をたたき出した。
「ハル、反撃しろ!」
黙ってやられている俺に東城が怒鳴った。岡田がおかしそうに笑って鉄パイプの先で俺の胸を突いた。
「できるわきゃないよな、逆らえば、こいつがどうなるか、わかってんだからな」
倒れた俺の顔を踏んでぐりぐりと動かした。
「へへっ、いいざまだぜ、手も足も出ねぇてこういうこというんだよな!」
蹴り上げられて、俺はゴロゴロと転がった。丁度東城の足元まで転がっていく。
しめた!
俺はよろよろしながら…実際かなりキテた…東城の足にすがって立とうとした。
「ハル!俺のことはいいから、こんなヤツ、やっちまえ!」
東城は泣きながら怒鳴っていた。
「うるせぇ!」
岡田が東城を叩こうとパイプを振り上げた。
「イスズ!」
俺はとっさにイスズの頭に覆いかぶさってた。ガツッと俺の左肩に当たり、嫌な音がした。
いてー、今度は肩の骨かよー!
「おい!」
小野沢が大声上げて、岡田がちょっと引いた。俺はポケットの飛び出しナイフを出して、ピンと開いて、イスズの腕を縛っていた縄を切った。はらっと縄が落ちる。足の縄も切った。
「なんだ、これは!肝心のところが譲らねえってなってるじゃねえか!」
小野沢が紙をビリビリに破って、地面に叩きつけると、懐から何か出してきた。
「くそっ、バカにしやがって、後悔させてやる!」
カチャって音がして、出してきたのが拳銃だってわかった。
やばい、やばいよ、拳銃じゃ勝てない!
そのとき、イスズが俺の手からナイフ取って投げつけた。
「ぐわっ⁉」
ナイフはドンピシャ小野沢の手に刺さって、拳銃が落ちた。
「やれ、ハル!」
イスズが小野沢のところまで駆けていって、足元の拳銃を遠くに蹴った。
「ふざけやがって!」
周りにいたチンピラたちが一斉にかかって来た。岡田がまたパイプを振り上げた。俺の蹴りがパイプを吹っ飛ばし、岡田の腹にガッツと決まった。
「ぶうぅ⁉」
腹をかかえた岡田の顔を蹴り上げると、どたっと後ろに倒れた。口だけのヤツだ、こいつは。
飛び掛かってきたチンピラの拳を避けながら、右こぶしを腹に叩き込む。
戸が開いて、外にいた連中も何人か入ってくる。俺とイスズは、ぐるっと囲まれた。背中合わせで構えた。
「イスズ、大丈夫かよ」
俺が心配すると、イスズがうれしそうに言った。
「やっと名前で呼んだな、ハル」
あー、やっちまった、名前で呼んじゃった。まあ、喧嘩友だちだからいいっか。
小野沢が、ナイフが刺さった手を押さえながら吠えた。
「てめぇ、バラバラにして東城のじじいに送ってやる!」
小野沢がやっちまえ!と号令すると一斉に飛び掛かってきた。そんときだった。
飛び掛かってこようとしたひとり、ふたりと倒れていく。みんなそっちを見ると、赤崎さんがたぶん日本刀だと思う、長い刃物を持って立っていた。
「子ども拉致って脅すなんて、恥を知れ」
そう言って、小野沢に駆け寄ると、すれ違うとき、刃物で腹を切った…じゃなく、鈍い音がして小野沢が腹を抱えて両ひざをついた。
「おまえなんぞ切ったら、刀が泣く」
切れないほうで叩いたんだ。左で持っていた刃物入れる、鞘?ってのをガツンと顔面に振り下ろした。小野沢はあっけなく倒れた。岡田はオロオロして逃げようとしたので、俺が動くほうの右のゲンコを腹にねじ込んだ。泣きながらのたうってる。イスズもチンピラたち相手に優勢、赤崎さん以外にも何人か飛び込んできて、もう乱戦だ。
俺は左肩から腕にかけてやばくて、右拳と脚で迫ってくるヤツらをぶっ叩いていた。ふとイスズを見ると、右からナイフを振り下ろそうとしてるヤツがいた。
「イスズ!」
俺が間に入ってそいつを蹴り上げようとしたけど、脚が間に合わず、ナイフが左肩近くの胸に刺さった。
「ハル!」
そんなに深くなくて、ナイフはぽろって落ちたけど、血がすごく出て来て、やっぱ、いてーよー!
刃物で刺されたの初めてだから、身体がびっくりしたのか、もう立ってられなくて、倒れそうになった俺をイスズが支えた。そいつを凄い、恐ろしい顔で睨んだ。
「おまえ…死ね」
イスズが俺に刺さったナイフを拾うと、逃げようとしたそいつに投げようとした。
「若、やめなさい!」
赤崎さんの声がしてイスズは手を下ろした。
東山会の連中は全部倒れて、縄で縛られて倉庫の真ん中に集められた。
「さっき肥前組の槇原が、今回のことはおまえの独断、肥前組は一切関係ない、おまえたちを煮るなり焼くなり好きにしろと言ってきた」
小野沢は目ひん剥いて怒った。
「念書手に入れたら、上層に上がれるって、そんなこと匂わされたんだ!独断って、そんな!」
ひでぇと泣きそうだ。赤崎さんが刃物を鞘ってのに入れた。
「失敗すれば切り捨てられる。そこまでの覚悟もないのなら、こんな大それたことするんじゃない」
赤崎さんは俺の肩の傷を押さえるよう、イスズにハンカチ渡した。イスズがハンカチで傷の辺りを押さえながら俺を立たせた。
「歩けるか」
支えてもらいながらならなんとかなりそうだった。赤崎さんが回りの連中に手を振った。
「引き上げるぞ」
イスズが振り返りながら聞いた。
「あいつらはあのままか」
「肥前組で始末するでしょう」
えー、まさか。こえー。
やっぱ、ヤクザって、こえーな。俺、イスズに逆らってるけどいいのかな。ちょっと怖くなった。
俺とイスズはそこからおじいちゃん先生のいる病院に連れていかれて手当してもらった。
おじいちゃん先生は喧嘩ばかりして元気だねえと言いながら、左肩は折れていなくて脱臼だけだったから、そんなに入院しなくていいって。胸の刺し傷も血がいっぱい出たけどそんなに深くないから、ちょこっと縫えば終わりだよって肩をぐきって押し込まれて、麻酔なしで縫われた。俺、ランボーかよ、いてーよ、涙出た。
イスズは打ち身がすごくて、上半身痣だらけ、頭も何針か縫った。
ふたりして一晩だけ入院することになった。
「だから、大丈夫、大丈夫だったら!」
イスズが電話で誰かと話してる。たぶん、じいちゃんだな。切ってから、はあってため息ついてベッドに倒れ込んだ。
「やばい、家から出るなって言われた。大丈夫だっていってんのに」
家から出なけりゃ、もう…ボデーガードは必要ないよな。
俺、なんでがっかりしてる?リツにも会えるし、サンスケしなくてもいいし、いいことづくめじゃん。
「俺、もう、ボデーガードしなくていいんだな」
イスズが俺の方に頭向けてきて、怒ったような声で言った。
「やめたいのか」
「…わかんない、でも、やめたら家帰れるし…」
イスズがベッドから降りて、俺のベッドの方へやってきた。
「リツにも会えるか」
えっ?
「なんで、リツのこと…」
そっか、俺のこと調べたんだっけ。リツとのことも…わかってたんだ。じゃあ、もう隠してもしょうがない。
「そうだよ、リツにも会えるし、おまえのサンスケしなくていいし」
イスズは黙って自分のベッドに戻っていった。俺に背を向けてぽつっと言った。
「じゃ、もういい」
そう言って、毛布をかぶってしまった。
なんだろ、すげー後味悪いって感じだ。くそっ、俺、どうしちまったんだろ。リツに会えるようになるんだから、サンスケしなくていいんだから、いいじゃん。それなのに、なんでこんな気分になるんだろ。わかんねーよう。
俺も毛布かぶって、なんか目が熱くなるのを我慢した。
次の日、目が覚めたら、イスズはいなくなってた。先に退院したと看護師さんが言ってた。支度してると、ナオキが迎えに来た。
「荷物まとめてきたから、家の方に送ってくぜ」
助手席に乗り込むと動き出した。
「せっかく若の世話係替わってもらえると思ったんだけどな、やめるんだってな」
ナオキががっかりしていた。それとさと言い出した。
「おまえが来てからさ、若、笑うようになったんだ。それまでとんがってて笑うなんてしなかったし、よかったなってみんなで言ってたんだぜ」
そうだったんだ、俺といると楽しかったのかな。なんか、落ち込んじまってる俺。
家に着いたら、おふくろがおろおろして店の外にいた。俺を見るなり怒った。
「ハル!おまえ、なにやったんだい‼」
「何って、ボデーガード…」
店の扉が開いていて、中が見えた。椅子がひっくり返って、カウンターの中の棚のグラスや酒の瓶とかが粉々に割られていて、とにかく店の中がぐちゃぐちゃだった。
驚いて声もなく、見てた。
「東山会の連中が来て、狂犬出せって暴れてったんだよ、こんなんじゃもう店できないよ」
おふくろが泣きだした。ナオキが電話かけてる。
「今、赤崎のアニキが来るから、待ってろって」
ひっくり返った椅子を起こして座って待っていると、しばらくして赤崎さんがやってきた。
「これはひどいな」
赤崎さんが店の中を見回してから、おふくろに言った。
「ママ、ここが肥前組のシマと分かっていて、ハルを使った。こうなることは想定してなければならなかった。すまない」
頭を下げた。
「もう、ここじゃ、商売できないよ、ここがあんたらのとこのシマにでもならないかぎりは」
おふくろ、くやしそうだ。ずっと、やってきて、なじみもいる。俺もくやしい。
赤崎さんがどこかに電話していた。終わってから、おふくろに支度するよう言った。
「当分、ここにはいない方がいい。ウチが持っているマンションにいってくれ」
おふくろがおおきなため息ついて、当分休みますと張り紙を書いて店のドアに貼った。
支度してナオキが送ってくれるというので車に乗って、エルモールのある駅の側の大きなマンションに連れていかれた。二十五階まで登って、入ると、テレビで見るような、すげー広くてきれいな部屋がたくさんあった。おふくろもびっくりしてた。
ナオキがカード式のキーと封筒を置いた。封筒には、赤崎さんが当面の生活費ってくれた金が入ってて、中見ておふくろがまたびっくりしてた。
「こ、こんなに!」
数えてなかったけど、たぶんたくさんあったんだろう。
「部屋にあるものは何でも使っていいって。あ、あと、買い物とかあったら、イサオさんが行ってくれるから」
イサオさんには食堂で会ったことがある。優しいおじちゃんって感じでヤクザっぽくない。イサオさんの連絡先をおふくろに教えてた。
「じゃ、俺、若の世話あるから」
ナオキが出ていくと、おふくろが部屋をあちこち見て回って、自分の部屋と俺の部屋を決めた。でっかいテレビのあるリビング?の椅子に座ったおふくろがまたため息ついた。
「どうなるんだか、店直すより、東城組のシマに店出した方がいいかも」
店出すのにまた金がいるよな。
「どっちにしてもしばらくはここにいるしかないねぇ」
リビングにある戸棚からなんか高そうな酒出した。
「驚いたねぇ、レミーのナポレオンだよ、これ」
おふくろがうれしそうに飲み始め、台所で冷蔵庫を開けて、つまみを出してきた。缶詰とかサラミだけど、やっぱり高そうなやつだ。
俺は喉乾いたんで、コーラとかないかなと冷蔵庫見ると、コーラやスポーツドリンクもあって、それもって部屋に行こうとしたら、スマホが鳴った。
…イスズ…?
部屋に入って、きれいなベッドに腰かけて、LINEの電話に出た。
『…ハル…』
イスズの声は元気がなかった。
「…うん…」
何を言えばいいのか、わからず、黙ってた。
『…俺、もういいって言ったこと、後悔してる…』
「…でも、もうボデーガードしなくてもいいなら…」
違う、俺が言いたいことは…わからない、なんだろ、このもやもやした感じ。
『…ハル、会いたい、おまえに…』
俺もリツと会えないとき、つらい、それと同じなのかな。俺は、イスズに会えなくて…なんだろ、なんか、胸が詰まってるみたいな…つらい?それって、それって、でも。
『…ごめん、おまえにはリツがいるってわかってるけど、でも…おまえに会いたい…』
返事ができなかった。ぷつっって切れた。
こんなに悩むなんて思わなかった。リツのことは、友だち以上だ、イスズは喧嘩友だちだ、違うはずなのに、会えなくて、どうして同じような気持ちになるんだろう。
リツは今頃家に帰ってべんきょーしてる頃かな、飯食ったかな。イスズは、じいちゃんと飯食って、風呂…。
そういえば、ナオキが世話するって、今日も風呂の時!
俺、行かなくちゃ!
部屋から出て、酒飲んでるおふくろに出掛けると言うと止められた。
「東山会の連中がおまえを探してるんだよ、やたらと出ないほうがいいから」
「だいじょーぶ!」
おふくろが大丈夫じゃないよって怒ってたけど、構わずマンション出て、駅に向かった。
イスズの家の住所は聞いていたから、駅のタクシー乗り場で捕まえた運ちゃんに言うと、やっぱ、知られてて、すごく怖がってた。近くでいいからと連れて行ってもらい、赤崎さんの財布から料金払って、裏口に回った。裏口にいたにいちゃんたちに戻って来たのかと言われて、うんとだけ答えて廊下を走った。
もう風呂の時間だ。急げ!
角曲がるとこ、間違えた、また、迷った…でも一回で済んだ。俺、がくしゅ―してる!
風呂場に着くと、もうイスズは中に入ってた。ナオキも一緒だ。服のまま、中に飛び込んだ。
ガラガラッと戸を開けると、イスズの背中をナオキが洗ってた。
「俺がやる!俺がイスズのチンコ洗う!」
ナオキにはやらせたくない!
「はあぁ⁉」
ナオキがびっくりして、タオルを落とした。
「ハル!」
イスズが駆けてきて、俺に抱き付いた。
「ハル、来てくれたんだ!」
イスズがうれしさ爆発って感じで俺を抱きかかえた。
「ちょ、ちょっと、俺まだマッパじゃないんだけど!」
服がせっけんとお湯でびしゃびしゃになった。
イスズにさっさと出ろと言われてナオキが首ひねりながら出ていく。
「俺、若のチンポなんか洗ったことないけどなあ」
えっ?
「早く洗ってくれ」
イスズが俺の服を脱がしてく。
「どーいうことだよ、サンスケが洗うんじゃ…」
イスズがいいからと笑って服を脱がし、床に捨てていく。
「わーたよ、やるから、待てよ!」
肩に包帯したままだったけど、マッパになって、ご機嫌で椅子に座るイスズの前に座って、せっけん泡立てて、洗い出す。もうイスズのチンコは立ってた。……洗い終わると、イスズが座れと椅子を指した。
「おまえのチンポ洗ってやる」
俺はびっくりして仰け反ると、その場に座らされて、タオル取られた。イスズが洗い出した。
「やめろ…よ、やめろってば」
まずい、気持ち…いい…
「立ってきたな」
イスズがにやって笑って、すごくゴシゴシしだした。
「ばかっ、やめろって…やんなくていいっ!」
「おまえ、もう使用人じゃなく、友だちだろ?」
お互いさまだってよくわからない理由で洗われた。…終わりまで行って、気持ちよかったけど、なんか、すげー負けたような気分になった。
まだ湯船には浸からない方がいいっておじいちゃん先生に言われてたので、シャワーだけ浴びて、出た。
「包帯が濡れた」
イスズが、俺もと頭に手をやった。脱衣所にナオキの他に若いにいちゃんがいて、イスズに座ってくださいと椅子を指した。イスズが座ると、頭の包帯を取って、新しいのに換えてた。俺も座らされて、肩の包帯を取り換えてくれた。看護師さんだって。この家、そんなヒトもいるんだ。
部屋に戻って、俺がいた部屋の隅にある冷蔵庫からサイダー出して、隣の部屋のイスズにも持って行った。
「会いに来てくれたんだな」
うれしそう。イスズ。なんか、俺もうれしいけど、でも、こんな気持ち、リツに悪い気がしてる。
「よくわかんないけど、おまえのチンコ洗うの、俺じゃなきゃって思って」
イスズが優しく笑った。こんな顔で笑うんだ。リツの笑う顔見たときと…きっと同じくらい、うれしい。どうしよう、俺、気持ちがぐちゃぐちゃになってる。
イスズはグイッとサイダー飲んだ。
「さっき、晩飯食いながら、じいちゃんと話した。やっぱり学校行きたいし、あいつらに怯えて閉じこもってるなんて、臆病者のすることだって」
最初じいちゃんは渋っていたけど、最後にはわかってもらえて、狂犬がボディーガードするなら学校に行ってもいいって許してくれたそうだ。
「…俺、組長さんにも狂犬て言われてるんか」
比嘉ハルって名前あるんだけどなあ。
「もうあちこちに知れ渡ってるだろうな」
まあ、いいけど、あの学校の中で暴れなきゃいけないようなことにならないようにと思った。
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