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結局イスズのボデーガードに戻った俺は、イスズと学校に行き、取り巻きA組(イスズが好きな一派、俺は敵)と取り巻きB組(イスズと俺が仲いいのが好きな一派、A組とは仲が悪い)とその他の連中(巻き込まれないよう遠巻きに見てるだけの一派、たぶん面白がってる)に囲まれた、がくせー生活ってのをやっている。イスズはそれを楽しんでるみたいだ。
ナオキが、きったはったの世界で生きないといけないから、せめて今だけでも、フツーの高校生ってのをやりたいんだろうと言ってた。これがフツーの高校生かどうかは…違うと思うぞ。
イスズはときどき放課後俺を自由にするときがあって、リツと会うのを邪魔したりはしてない。俺はまだ気持ちがぐちゃぐちゃのままで、どちらにも悪いなって思いながら、リツに会って路地で誰もいないの見計らってキスしたり、イスズとサンスケし合って、チンコを洗い合って、気持よくなってる。でもどっちの時も終わった後は後ろめたい?って感じで落ち込んじゃうんだ。
リツがLINEで、まだ焼おにぎり持って公園に遊びに行ってないから、行きたいなと言ってきて、俺はイスズに正直に話した。
「再来週の日曜日に、リツと公園行く約束したんだ。その日は朝から出かけてもいいか」
たぶん、だめとは言わないだろう。やっぱり、いいと一言言って後ろを向いた。拳が震えてる。
「あ、あのさ、夕方には帰るから」
「わかった」
俺、卑怯者だ、どっちにも好かれたくて、いい顔して、リツのことだまして、イスズのことも傷つけてる。
俺は、時間が合うときに、厨房でセイさんから、ちょっとした料理のコツやらやり方やらを教えてもらっている。セイさんによると、俺は筋がいいらしい。
おふくろにまたボデーガードすることになったと話したら、すごく心配された。ほんとは板前にでもなるよう修行したほうがおふくろにもリツにも心配かけずに済むんだろうな。板前にはなりたいと思うけど、今はイスズのボデーガードやりたい。あいつの右側を守りたい。
「あっつ!」
俺はぼんやりとしていたから、包丁で指をかすった。
「気を付けてください」
セイさんが少しきつく言って、絆創膏を張ってくれた。
「包丁使っているとき、考え事は禁物ですよ」
俺は項垂れて、うんと返事した。
「なにか、心配事ですか」
セイさんは料理を教えてくれてるときはすごく厳しいけど、それ以外はすごく優しい。
「俺…よくわからなくなっちまって…」
俺はセイさんに、リツとのことやイスズとのことを相談した。なんか、答えが欲しかった。
リツは友だち以上だし、イスズはタイマン張れる喧嘩友だちだし、どちらも大事な友だちで、どっちとも仲良くしたいっていう気持ちがある。でも、リツのことはだましているようなものだし、イスズのことは傷つけてるみたいで、どうしたらいいかわからないと。
セイさんは下を向いたままの俺の肩に手を置いた。顔を上げると、セイさんは困ったような顔していた。
「もう、あなたの中では答え、でてるでしょう。ふたりと仲良くしたいって。でもね」
そうだ、そうなんだ。そうなんだけど。
「昔から二兎を追う者は一兎をも得ずといいますからね、ふたりとも離れてしまうかもしれませんね」
…にととか、いっととか、なんだっけ。まあ、たぶん欲張るなってことだよな。
セイさんは、大いに悩みなさいと優しそうに笑ってた。けど、優しくねー、答えになってねーし、相談になってなかったし。まあ、てめーでなんとかしろってことだよな。
十月に入ってすぐ、中間テストの結果が廊下に張り出された。
「え、イスズって、三位なのか…頭いいんだ」
俺とトレーニングしたり、サンスケし合ったり、にいちゃんたちとコイコイや麻雀やったりって、バカばっかやってると思ったのに、いったいいつべんきょーしてるんだよ。
「おまえ、学年トップだな、後ろから数えて」
あー、最下位。だよな。
「追試だな」
追試してもだめだー。落第かな。落第したらボデーガードどうするんだろ。
「今日、ショウゴが帰りに事務所に行くって言ってたから、放課後は予定いれるなよ」
わかったと言って、こそっとリツに行けなくなったとLINEした。
…まあ、日曜日に会えるからいいか。
約束の日だ。早起きして焼おにぎりやおかずで弁当作ろう。セイさんに教えてもらった、絶品卵焼き、きっと喜ぶよな。
赤崎さんが迎えに来て、事務所に行くと、初めて見るヒトたちが何人かいた。
「遅くなりました、若頭」
赤崎さんが頭下げて、挨拶していた。若頭っていうことは、組長さんの次に偉いんだよな。確か、イスズの叔父さんって聞いてる。
「おまえが狂犬か」
若頭が俺を見て言った。頷いてハイって返事した。もういいや、狂犬で。
「組長も期待しているとおっしゃっていた。しっかりやれ」
イスズのボデーガードのことだよな、黙って頷いた。赤崎さんがなんか珍しくあせった感じで聞いた。
「待ってください、ほんとうにふたりにやらせるんですか」
赤崎さんがほんとにあせってる感じで若頭に寄ってった。若頭が腕組みしてため息ついた。
「仕方ないだろう、あっちが指定してきたんだ。ふたりでないとこの話はご破算だと」
なんだろ、ボデーガードのことじゃないのか。
「なんだ、ふたりでとか、指定してきたとか」
イスズも知らないみたいだ。
「イスズ、おまえ、肥前組が闇で開いているパンクラティオンのこと、知っているだろう」
パン食らうてオン?なんだそれ。
イスズがなんか察したみたいで目見開いてブルッて震えた。
「まさか、俺たちに出ろっていうのか」
若頭が頷いた。
「このところ、肥前組とうちとの抗争が激化しているのは、おまえも知っての通りだ。先日も帯刀のところがこっぴどくやられて、かなり怪我人がでているし、あっちの系列の事務所にもいくつか殴りこんでいるから、あっちにも被害が出ている」
このままだと、十年前の二の舞になると組長が備前組の組長村瀬と話(なし)つけようとしたところ、向こうから、ランドフォール地区の利権をかけて、パンクラティオンで勝負しようと言ってきたという。
「十年前の…二の舞…」
イスズが拳をブルブルさせて若頭を睨んだ。
「それでじいちゃんはやるって言ったんだな」
若頭がそうだと言うと、赤崎さんがふたりの間に割って入った。
「私とカヤが出ます!このふたりでは無理です!」
パソコンの前に座っていたカヤが立ち上がった。
「ぼくはいいけど、あっちの指定なんでしょ?まずいんじゃ」
俺はさっぱり話が見えない。イスズにこそっと聞いた。
「な、パン食らうてオンってなんだ、パン食う競争か?」
カヤが聞こえていたらしく
「パン、パン食う競争って!」
爆笑しやがった。若頭も赤崎さんもびっくりしてる。
「ハル、おまえ、もの知らなさすぎだろ」
サンスケも知らないし、学年最下位だし、バカすぎるとイスズが頭抱えた。
「リツは俺のこと、バカじゃないっていってたぞ」
イスズがむっとした。
「どーんなに贔屓目に見ても、バカだ、そいつの目が節穴なんだ」
なんだと!と食って掛かったら、赤崎さんが俺の頭をゲンコで殴る真似した。
「いい加減にしろ、パンクラティオンというのは、古代ギリシャのオリンピックで行われた総合格闘技だ」
選手は全裸で体に油を塗り、眼球への攻撃・噛みつき以外はすべて認められたという。勝敗は片方が倒れるか降参するかで決まる。肥前組は、それに近い形式の格闘技を闇で開催して賭けの対象にして、稼いでいるそうだ。
…半分もわからなかった。でも、それに俺とイスズが出るってことだというのはわかった。
「あちらも村瀬組長の息子が出る。お互い後継者を出すということで話(なし)が付いたんだ」
若頭がカヤに、見せてやれとパソコンを指した。カヤがカタカタいわせて、パソコンに動画を出した。
丸い広場みたいなところの真ん中で、ズボンだけ着た筋肉モリモリのマッチョなふたりが殴り合ってる。足蹴りや頭突きや寝技もありで、血が飛んで、痣だらけになっていく。そんなガチンコのタイマンをしている動画だった。これを俺とイスズがやるのか。
喧嘩とどこが違うのか、よくわからなかったけど、今までの相手とは真剣さが全然違うというのはわかった。
画面が切り替わって、筋肉モリモリじゃないけど、すごく締まった身体で、背中に裸の女が花持ってる刺青があって、俺たちより少し年上の白いズボンのヤツが、盛り上がった筋肉の黒いズボンのでっかいヤツとやり始めた。始まってすぐに白いヤツが黒いヤツの胸をすごい速さで叩いて、反撃させずに足蹴りして倒した。黒いヤツが弱いんじゃなく、白いヤツがめちゃ強いってわかる。
カヤがうーんとうなった。
「こいつが村瀬組長の息子のシュウヤだよ。これも花勝負ではなく、ガチだね。相当強い」
こいつと、イスズがやるのか。
若頭が顎に手をやって、俺の方を見た。
「もうひとりは誰になるのかわからんが…」
「なんで、ハルを指定してきたんですか」
赤崎さんが聞くと、若頭がカヤの隣の椅子に座った。
「ハルが締めた岡田だが、村瀬組長の隠し子らしい。自分じゃ敵わないからやらせて仕返そうというのだろう」
隠し子…後でスマホで…
「隠し子ってわかるか」
イスズが聞いた。俺がわからないってことが顔にでてたんだな。ブンブン頭振ると、奥さん以外の女に内緒で産ませた子どもって説明してくれた。つまり岡田は組長の子どもってことだ。
若頭がとにかくって、俺とイスズを怖い顔で見た。
「そうとうの覚悟がいる。不自由な身体になるか、最悪、死ぬかもしれない。そのくらいの覚悟でいけ」
死ぬかも…そっか、きったはったってこういうこと言うんだな。俺、もうどっぷりつかっちゃってるんだな。
「ハル、まさか、こんなことになるなんて…思わなかった。俺が浅はかだった」
イスズが泣きそうな顔で俺の肩をがしって掴んだ。巻き込んですまないって、震えてた。
「…イスズ、俺、巻き込まれたなんて思ってないよ。俺とおまえとふたりで、パン食うやつ、やってやろうぜ」
イスズがうれしそうな顔で泣いて、俺を抱き締めた。
日曜日、早起きして俺は、焼おにぎりと弁当を作って、リツに会いに行った。駅で会って、話しながら港の見える公園まで歩いていった。公園には、たくさんの家族連れってのが、来ていて、ビニールシート引いて、弁当広げたり、ガキどもが遊んでいたりしてる。
「けっこう、にぎやかだね」
リツが焼おにぎり、おいしいねって言ってくれた。俺は今日リツに話さないといけないことがあった。
「あのさ…話したいことあって」
リツは食べかけてた焼おにぎりを口から話して俺を見た。
「…もしかして、イスズ君のこと?」
「えっ、どうして…わかったんだ?」
リツがやれやれって顔した。
「イスズ君のボディーガードやるっていう話してから、会うとイスズ君の話ばっかりしてたじゃない、もしかしたら、友だち…以上になったのかなって…思って」
そっか、俺そうだったか。
俺は話した。ふたりとも大事な友だちで、それ以上で、どっちとも仲良くしていたかったけど、いろいろ考えて、一番強かったのは、イスズの側にいて、あいつのこと、守りたいって気持ちだったって。
「ごめん、俺…」
リツが寂しそうだけど笑っていた。
「謝らないで。なんとなくわかってたし」
でもって、声詰まらせた。
「たとえ友だち以上じゃなくなっても…ハル君は…友だちだよ、ぼくの命の恩人だし、勇気出すこと、教えてくれたし」
俺はなにも言えなくて、ただ頷いてた。
リツは、お料理上手だよねって言って卵焼き食べながら、泣いていた。俺も…泣いた。
リツがここでお別れするよって公園でさよならした。しばらくぼおっとしてたら、目の前に誰かが立った。顔上げたら、イスズが立っていた。
「イスズ…」
靴脱いで、ビニールシートの上に乗ってきて、まだ残ってた弁当の中の卵焼きをつまんだ。
「まだまだだな、セイにもっと習わなくちゃな」
俺はむっとして、弁当を持ち上げて、背中で隠した。
「文句言うなら、食うな」
イスズが俺の肩越しに手を伸ばして、焼おにぎりを掴んだ。
「文句言いながら食う」
好きにしやがれって弁当を差し出した。なんか、おかしくなって、ふたりで笑いながら残りを食べた。
「今夜だな」
イスズも俺も覚悟決めた。もし俺が死んだら、おふくろの面倒は見てくれるって若頭が約束してくれた。でも、死ぬ気はない。またここに、今度はイスズと来たい。イスズのために作った弁当持って。そのためには、生き残らないといけない。
ぜってー、勝つ!
そう決めた。
パン食うやつの会場は、肥前組の持ちビルってところの地下にあった。かなり広い駐車場を改造したってことで、回りにはなんか目が血走ったおっさんやおにいさん、派手な化粧のおねえさんたちもいた。
俺たちの試合の前にも試合があって、それが終わるまで、俺とイスズは控室って書かれた部屋で時間が来るまで待ってた。上、裸になって白いズボンはいて、裸足でベンチにふたりで座っていた。やっぱり覚悟決めてもキンチョーしてきた。気持ちごまかそうと、イスズに聞いた。
「前から気になってたんだけど、その…傷って喧嘩でついたのか、ナイフとかで」
イスズがしばらく黙っていた。聞いちゃいけなかったのかな。
「…これは、喧嘩でついた傷じゃない」
十年前のことって話だした。
「俺の親父はヤクザ嫌って、カタギの仕事して、普通の家庭もってた。俺もふつうに幼稚園や学校行ってて…まあ、絵に描いたような幸せな家族ってやつだった…でも、俺が七歳のときだった。そのころ肥前組の前に幅効かしてた五島組っていうのがいて、そことうちとが抗争してて、もうすさまじい状況だったんだ」
東城組の若い衆のひとりが五島組の連中を締め捲っていたのに腹を立てた五島組の幹部が、組長の息子家族を襲わせた。その襲ったやつは薬物でおかしくなってて、やめてくれと泣き叫ぶ息子夫婦の前で子どもを殴る蹴るして、それだけでは飽き足らず、身体中ナイフで傷だらけにした。最後には息子夫婦もめった刺しにされ、子どもも刺殺されるところを若い衆が助けに来て、なんとか命だけは助かった。
「…そのとき助けてくれたのがショウゴだった。この傷はそのときのもので、右目もその時の傷が元で見えなくなって…」
俺はもう聞いていられなくて泣きだした。
「ハル…」
「ひでぇ、ひでぇよ…そんな…そんなの!」
めちゃ泣いた。イスズがぎゅうって抱き締めた。
「俺のために泣いてくれてるんだな…ありがとう」
イスズの手が俺の顎を触って、少し上に向けた。
「ハル…」
顔が近づいてきて…キス…だ、イスズと、キスするんだ。
「イスズ…」
イスズの唇がくっつく寸前。ドアが開いて、
「若、ハル、時間だって!」
ナオキが飛び込んできた。俺はとっさにイスズを突き飛ばしてた。
「はっ!」
ナオキが青ちろい顔して震えた。イスズがスゲー怒った顔で睨んで、拳を握った。
「じ、時間ですよ!」
ナオキはあわてて外に出て行った。ふたりしてはあぁってため息ついた。イスズがふってあの笑いした。俺も笑った。
「行くか」
「おう」
ドア開けて、部屋を出た。
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