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リングに向かうプロレスラーみたいに、ヒトの壁の間を通って、トウギジョウに着いた。反対側に相手がいた。シュウヤともうひとりは動画でシュウヤとやり合ってたでっかい山みたいなやつだった。
「ハルの対戦相手がジョファンって、韓国系のヤツだって。ここではシュウヤの次に強いってさ」
カヤが説明してくれた。そーいや。
「カヤって喧嘩強いんか」
イスズが頷いた。
「カヤはアメリカのアンダーグラウンドで生き残ったくらい強い」
あー、あんだーぐらーんど、たぶん、ここみたいなやつだな。
急に明かりが消えて、トウギジョウの真ん中だけ明るくなった。
髭のおっさんがマイクでしゃべりだした。
『今夜のメーンイベント、最強ファイターシュウヤとマッスルタワージョファンのペアに挑むは東城、狂犬のヤングコンビ、どちらが勝つか、見届けてくれ!』
わーっと歓声が起こる。相手のふたりの横に岡田がニヤニヤして立ってた。俺がやられると思ってるんだろう。むかつく。終わったらあいつにも一発かます!
「行ってこい」
イスズに背中を押されて、トウギジョウの真ん中に向かって歩いた。あっちからもジョファンってやつがドスドス音立てて歩いてくる。向かい合ってにらみ合う。
「イッチョウマエニガントバスッカ、チビ」
何言ってるかよくわかんねぇ。
髭のおっさんが、片手を俺たちの間を切るように振り下ろした。
「GO!」
先手ひっしょう!右の拳をそいつの腹にねじ込んだ。
が、膨れ上がった筋肉がすごく硬くて、クリーンヒットしない。構わず、左も握って、ガンガン殴りつけたが、応えていないようで、笑ってる。
「ソンナノカニササレタッテノ」
硬い拳が俺の腹にガンって突き刺さった。
「ぐわっあ!」
いてー!
腹抱えて後ろに下がった。拳振り上げてくる、避けようとしたけど、間に合わず、顔面に食い込んだ。
「ガッアア!」
左の顎をやられた。もう一発来るのを避けたが、目の上に当たった。頭にガツンと響き、瞼が切れたらしい、血が噴き出て、目の前が真っ赤になった。なんとか踏ん張って倒れずにいる。
見てるやつらの、どーって声が洪水みたいにかぶさってくる。
はあぁって息吐いて、頭から腹に突っ込んだ、その勢いも止められて、抱えあげられて、ぐるんと振り回されて、叩きつけられた。倒れたところを踏みつけようとしたので、必死に転がって、逃げた。
起き上がろうとしたところを蹴り上げられた。何度も蹴られる。さすがに効いてきた。
首を掴まれて吊り上げられた。
「クビオッタロウカ、チビ」
「カハッ‼」
苦しいっつ!
食い込む手をはがそうとしてもがき、ひっかいた。足が宙浮いてる!マジやばい!
そいつの腕掴んで、両脚を振り上げて、胴体に回して、しがみついた。首締まるけど、構わず、そいつの身体を倒そうと全身をバネにしてガンガン押した。
びくともしなかったそいつが一瞬ゆらっとなって、首の手が離れた。脚を胴体に回してしがみついたまんま、腹筋使って起き上がり、全力でそいつの顔面に頭突き食らわした。
「がああ⁉」
そいつが後ろによろって下がったところでそいつから離れ、足払いする。けど、やっぱ、倒れない。
「チビ、ヨクモ」
そいつが飛び掛かってきて、よけきれずに倒されて、脚の間に身体入れて来て、俺のズボンを掴んだ。
「チビ、オカス」
げっ!膨らんでる!
マジかよ、変態じゃん!
「ハル!」
罵声と歓声の中でイスズの声が聞こえたような気がした。
俺は両脚を丸太みたいに太いそいつの首に回して、身体を捻った。そいつが捻り倒れて、俺はぐるんぐるん身体をぶん回して、そいつの上に乗って、形勢逆転、顔面に拳叩き続けた。気勢も上げず、もくもくと叩き続ける。そいつの身体がだらりとなった。
勝ったかなと思い、そいつから退くと、そいつは、急に立ち上がって、拳を俺の顔面に叩きつけようと飛び掛かってきた。俺はよけきれず、正面に食らった。
「がっああ!」
吹っ飛ばされた。地面に叩きつけられ、そいつがふらふらしながらも寄ってきて、脚で腹を踏みつけてくる。
…くそぅ、腹の中、破れるよぅ!
その脚に必死にしがみついて、押し倒した。そいつがなんとか起き上がろうとするところを、俺もふらふらになりながら、最後の力振り絞って、そいつの額に頭突き食らわした。
ゴンッて音がして、そいつが、がくって地面にぶっ倒れた。
髭が近寄ってきて、そいつを覗き込むと、俺を立たせて、片腕を上げた。
「勝者、狂犬‼」
周りのおっさんたちの罵声が飛ぶ!
「おい、なんでだよ、そんなチビに負けやがって!」「ふざけんな!」「大損だ!」
赤崎さんとイスズ、カヤが寄って来た。
「よくやった」
赤崎さんが真っ先に褒めてくれた。
「頑張ったね」
赤崎さんとカヤの肩を借りた。イスズが俺の顔を両手で包んだ。
「すごかった、俺も頑張るから」
そう言って、近づいてくるシュウヤを睨みつけた。椅子に座らせてもらって、一緒に来ていた看護師のにいさんに手当してもらった。
「すぐに病院行ったほうがいいです」
俺は首振った。
「俺行かない。イスズの試合見ないと」
でも一刻も早くと言う看護師さんに赤崎さんも止めた。
「若の試合見てからだ」
看護師さんが困った顔しながら、額の血を拭ってくれた。
イスズ対シュウヤ、俺はしっかり見届けないと。ちらっと相手側見ると、岡田がくやしそうにブルブル震えてた。ざまぁみろ。
シュウヤはイスズに似た感じ、でも、いじわるそうな顔だ。イスズのほうがイケメンだ。おねえさんたちがキャーキャー言ってる。
「シュウヤ様ぁ、勝って!」「すてきー、シュウヤくーん!」
勝つのはイスズだ、黙って見てろ。
シュウヤがイスズを見回して、鼻で笑った。
「みっともねぇ身体だな。紋々も彫れねぇじゃねえか」
紋々が刺青だってことくらいは知ってる。イスズがバカにされたと俺はカッとなって椅子から立ち上がって殴りに行こうとした。赤崎さんが俺の肩押さえて座らせた。
「落ち着け、あんな挑発に乗る若じゃない」
確かにイスズは静かに怒ってるって感じだった。
さっきみたいに髭のおっさんが、片手をふたりの間を切るように振り下ろした。
「GO!」
シュウヤが拳握って、すぐに顔面目掛けて突き出してきた。イスズは素早く避けて、身体沈めて、下から拳を振り上げた。けど、シュウヤも避けて、ふたりで拳突き出しながら、避けながら、まだどっちにもヒットがない。スゲースピード!
らち開かないと思ったふたりが同時に引いた。と見せかけて、シュウヤが倒れ込むようにして、イスズの腹に抱き付いた。勢いあって、シュウヤが馬乗りになって、イスズの顔面を叩こうとした。その拳を受け止めて、突き飛ばす。
「ちぃ!」
シュウヤが両手で拳作って、イスズの腹に振り下ろした。逃げる間もなく、両拳が腹にめり込む。
「ぐっ!」
「イスズ!」
俺はじっとしてられなくて、立ち上がった。イスズが腕でガードして、身体を回してシュウヤの乱打から顔を守っている。乱打の途中で一瞬拳が止まった。その隙にイスズがごろって身体をころがして、シュウヤから離れた。
立ち上がったイスズがシュウヤに駆け寄って、一発顔面に決まった。
「決まったぁ!」
俺とカヤが手を取り合って喜んだ。
「きゃー、シュウヤ様の顔に!」「ふざけんな、ガキが!」
取り巻きらしいケバねえちゃんたちが喚いた。
シュウヤが、一歩引きさがり、口から血唾を吐き出した。
「一発くらいきまったからって、いい気になるなよ!」
シュウヤが目を剥いて、左拳を右の頬に叩きつけた。
「あっ!」
右から! 気付いたイスズはパッと避けたが、避けきれなくて、右の頬に当たって、頬がゆがんだ。
ぐらっとしたイスズに、シュウヤがめちゃくちゃ拳を叩きつけてきた。腕でガードする間もない。腹にもガツガツ打ち込んできて、イスズが腹抱えて、うずくまった。
「イスズ!」
ダイジョブか、痛いよな、痛いけど、立ってくれよ!
シュウヤの膝蹴りがイスズの顎を蹴り上げ、イスズが仰向けに倒れた。
もう我慢できない、俺が行こうとしたのを赤崎さんが後ろから腕回して止めた。
「若もおまえも同じだな、とにかく見届けるんだ、若を信じろ」
イスズも俺を助けようとして何度も赤崎さんが止めたらしい。
シュウヤはもう、よゆーでイスズの脇腹を何度も蹴り上げ、ひっくり返して、背中に乗って、髪の毛掴んで、地面に顔を叩きつけている。
「はっ、てめぇなんか、相手になるかっ!クソガキが!」
イスズが動かなくなった。シュウヤが髪の毛から手を放した時、イスズは仰向けになって、腹筋で起き上がり、シュウヤの首に腕回して、膝蹴りを腹にぶち込んだ!ぐるっと旋回しながら、回し蹴りをぶちかます!
「ふぐぅ!」
シュウヤの脚を蹴って倒して、起き上がろうとする前にもう次の蹴り入れて、何度も倒し、シュウヤは尻もちついて、歯剥きだして怒鳴った。
「くそっ!」
尻で後ずさって立ち上がり、イスズの右側を左脚の回し蹴りで叩こうとした。その脚をイスズが受け止めた。
「同じ手通用するか!」
イスズが吠える。両腕で左脚を抱えて、ぐいぃぃっと脚を捩じる。ぐきっと音がして、シュウヤが悲鳴を上げた。
「うわあぁぁ、脚がぁ!」
イスズが押しやるようにしてシュウヤをぶん投げた。シュウヤが脚を押さえてのたうち回る。その顔面に拳を叩きつけた。
「ぐはっっ!」
シュウヤがピクピクッと痙攣して動かなくなった。会場?が静まり返った。
髭のおっさんが困ったような顔で備前組の連中の方を見た。
赤崎さんが真ん中へ歩いていく。俺もよろけながら、ついていき、ふらふらしてるイスズに肩貸した。
「イスズ、すげー、かっこよかった!」
イスズが片目つぶってにやって笑った。
「どうだ、惚れたか」
俺、真っ赤になった。
「ば、ばかいえ、惚れるかよっ!」
って言ったけど…イスズ、素直じゃねーなって言って俺の頭におでこつけた。すごくうれしい。これって好きって気持ちだ。やっぱ惚れてるな、俺。
看護師さんがおろおろしてて、カヤが拍手して俺たちを迎えてくれた。
赤崎さんは真ん中で肥前組のえらそーなヤツと話し出した。
「槇原さん、どっちが勝ったか、一目瞭然だ。これで手打ちにしませんか」
シュウヤは何人か、ちんぴらたちが寄ってきて、抱えられて、連れていかれた。
「仕方ねぇな」
槇原ってやつが連れてかれてるシュウヤを振り返った。
「まあ、うちのオヤジも若が負けるとは思ってなかっただろうけどな」
こんな約束してとため息つきながら、槇原ってやつが懐から紙出してきて赤崎さんに渡した。
「確かに。よろしくお伝えください」
ちょっと頭下げて、振り返って、俺たちに手を振った。引き上げの合図だ。
…あ、岡田、殴るの忘れてた。
振り向いたけど、もう岡田は消えてた。
あれから一か月経った。ふたりとも骨折れてなかったから、そんなに入院しなくても済んだけど、顔腫れちゃってお岩さんみたいだってカヤに笑われた。お岩さんは…スマホで調べた。
またふたりで何日も休んだんで、取り巻きA組は俺を締め上げ、B組はどこまで行ったのとわけわかんないこと聞いてくる。でもいっつもイスズに聞かないで俺に聞いてくる。めんどくせー。でも、ちょっと面白くなってきたのも確かだった。
今日はおふくろの店のオープンだ。前の店は肥前組のシマだから畳んで、東城組のシマで新しく開くことになった。俺がりけんってやつを守ったから、ご褒美だって。豪勢だよな。
俺はずっとイスズのボデーガードやることになったので、店のつまみや軽食作るおねえさんを雇うことになって、俺がメニューや作り方を教えていると、ショウゴさんがにいさんたちに花を運ばせてきた。
「名前札は組と分からないようにしてあるから」
おふくろがショウゴさんに礼を言ってから、俺のこと頼んでた。
「あの子はほんと、なにも知らないバカだから、きっと組に世話になるって意味わかってないと思うけど、どうか、手が後ろに回るようなことだけは…」
そう言って、手ぬぐいで目を押さえてた。なんか、やっぱり心配なんだろな、親だし。
ショウゴさんは心配なくって言って、出ていった。
「じゃ、俺、向こうに帰るから。店繁盛するといいな」
はいよって言うおふくろに手を振って、店を出て、ショウゴさんが乗ってる車に乗った。
「あー、さっきから、イスズからのLINEの通知音、うるせー」
早く帰ってこいってそればっか。はいはい、今帰るよってLINEしたら、万歳してる熊のスタンプが来た。
ショウゴさんが、少し怖い顔した。
「肥前組があのまますんなり手を引くとは思えない。ランドフォール地区の利権はあきらめたにしても、他にもまだ抗争の種はある」
警戒は怠るなと言った。俺たち、少し浮かれてたな。わかったと言って、窓の外を見た。建設中のランドフォール地区のでっかい建物が山みたいに見えていた。
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