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第十一章 君と千日の夏
佐々木のいる薬局は、駅前から少し離れた場所にある、二号店と呼ばれる店だった。一号店は駅の構内にあり、三号店は大病院の横にあるらしい。
だから二号店は、売上の見込めない調剤薬局なのだろう。しかし、中に入ると、待合室のようなものがあり、人がパラパラと入っていた。店内にも、パラパラと人が入っていて、繁盛はしていないが、赤字ではないような感じがする。
俺は薬局で品物を選ぶフリをしながら、調剤薬局のほうにいるだろう、佐々木の姿を探していた。
「祥太郎が、佐々木さんは、綿のような魂だと言っていた。だから、叩けないとか」
「布団は、干したら叩くだろう」
そもそも、魂は干すという事をしない。でも、塩家の感想が俺と似ていて、少し嫌になった。
「…………あの人かな?」
「違う。今、ご婦人に薬の説明をしている人が佐々木さんだ」
ここから名札が見えるのかと、俺が凝視していると、佐々木らしき人が視線に気付いて顔を上げた。
「塩家、魂が見えた?」
「魂は見えない。けれど、人の視線の先にあの人がいる。皆、あの人の動向を確認しているのさ」
皆、佐々木の手が空くのを待っている。
「でも、それでゆくと、俺はハンドクリームを買うだけなので、話しができない」
佐々木は調剤薬局のほうにいるので、ただ購入するだけでは、話す機会がない。
「そうでもない。向こうも、こっちを見つけた…………きっと、話し掛けてくる」
塩家の観察も凄い。俺が調剤薬局の近くを歩くと、佐々木が何度も見ていた。そして、少しソワソワしていた。
だが、俺が買い物を済ませて店の外に出ると、佐々木は少し項垂れ、通常業務に戻った。
俺は店の前にあったベンチに座ると、購入したウーロン茶を飲んだ。すると、塩家は珍しく、エビセンを食べていた。
「あの薬剤師は、特に老人に受けがいい。それは、口調が丁寧で上品、そして聞き取りやすい。さらに、表情が柔和」
佐々木の元には、ひっきりなしに老人がやってきては、薬の事や病気の事を話していた。その合間に、女性客が入り、人生について話している。
佐々木は聞いて頷いているだけに見えるが、話しをしている人の表情が和らぎ、穏やかになってゆく。
「魂を受け止めている」
「真綿で首を絞めるような感じか?」
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