第十一章 君と千日の夏

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「ロマンスとかが、あったとか…………」 「役者同士での恋愛はある。でも、役者として憧れる存在、尊敬出来る先輩。仕事の出来る役者。それと、恋愛との差が分からなくなる」  やはり、尊敬は必要だろう。でも、役者として尊敬できても、人間として尊敬できるのかは分からない。 「水瀬にとって、吉見さんはどうだ?」 「ロマンスというよりも、良きアドバイサー。客観的に見ている人がいると、自分が見えてくる」  きっと、吉見にとって俺は、祥太郎の延長線だろう。 「塩家の数いる恋人の中に、恋愛中の相手はいるの?」 「…………トゲのある言い方だな。恋人というよりも、セフレだから。セフレは恋愛ではない。ただの友達」  ただの友達だから、複数人と寝ても、責めるような事はしないらしい。そして、様々な情報交換をしていた。 「恋愛か………………」 「大恋愛って何だ????」  大恋愛というものが存在するならば、本人に聞いてみたい。案外、大恋愛というのは、些細な日常にあるものかもしれないと、時々思う。 「大恋愛というものは、存在するのかな?」 「何だ、それ?」  恋愛が分からないのに、そこに大がついたら余計に分からなくなる。  俺が頭を抱えると、前に塩味の煎餅が出された。 「?」 「近くの煎餅屋。この店を右に出て、三百メートルくらい先の、左側にあります」  そんなに近所にあるのならば、帰りに買って帰ろう。 「でも、売り切ると店が閉まるのですよ」 「え??」  煎餅にも、売り切れがあるのだろうか。ならば、急いで買いに行かなくてはいけない。 「本日は、もう売り切れましたよ。それで、私が買い置きしているものがありますので、食べてください」  煎餅を差し出した手を遡ってゆくと、そこに佐々木が立っていた。佐々木を見ていると、まるでウサギか、ハムスターに触れているようで、心が和んでくる。これが、真綿に包まれたような優しさなのだろう。
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