第一章・シェア

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 アキくん知りあったのはちょうど一年半ぐらい前、たまたま知り合いが出てるってことで半ば無理やりチケット買わされて連れてかれたライヴイベントだった。  正直そういう人混みとか場所とかが苦手でおっかないって思ってる(だってさぁ、なんか悪いヒトとかコトがいっぱいって感じしない?)人種である俺にとって、その場にいることはかなり苦痛だった。  大音量の音楽と大勢のヒトと、酒のニオイ。人いきれで上がってく室温のせいもあって、もともと好きでもない場所に連れて来られてよろしくなかった気分が本格的に悪く下がってくのを感じた。  見知らぬ人たちの中で吐くとかだけは避けたい…………でもだからって場の雰囲気に合わせる気力も余裕もないし…………って言うか帰りたい…………そんなことをぐるぐると思いながら会場の後ろの方にあるドリンクコーナーの端の壁にもたれて屈んでいたら、不意に肩を叩かれたんだ。 「大丈夫? 具合い悪いの?」 「…………ぅえ?」  アタマをあげると、俺を覗きこむようにして見てる顔があった。薄暗いとこだからよく見えないし、なによりまったく知らない相手な筈なのにあまりに真剣に心配そうに見つめてくるもんだから、俺はどう答えようか迷ってしまったほどだ。  もしかしたら金盗られるとかなんかされるのかも…………なんて思ったのも正直ある。そういうのしかいない場所だって偏見持ってる人種だから、俺は。だから何も言わないでただぼんやり相手を見上げていた。  なのに相手は俺が何も言えないぐらいに具合が悪いと思ったみたいで、「立てる? そこまで送るよ」なんて言って手を差し出してきたんだ。  何の勘違いしてんだこいつ……?って思いつつも、長いことしゃがんだままだった身体に差し出された手は無駄ではなかった。足が地味に痺れて冷たくなっていたし、いきなり立ち上がったことで立ちくらみもしていたからだ。  腹に響くようなビート音が続く会場の人混みを縫うようにして、俺と、俺の手を牽く彼はずんずんと進んだ。ヤローとヤローが手を繫いでると云う世にもみょうちくりんな状態なのに何にも言われないのは、人混みのせいというかおかげというか。  そして気付けば、俺らは俺の部屋に向かうタクシーの中に並んで座っていた。 「家、どこらへん?」  乗り込んですぐ走り出した車で掛けられた声に、ハッと俺は我に返った。相変わらず二人を取り囲む風景は薄暗かったけど、少なくとも腹の底に響くような不快な音はなかった。ゆったりと小さな音で流れるカーステのラジオのニュースの声が妙に心地よく聞こえた。  俺の家の場所を訊いてきた横顔がこっちを向いた。逆光になってたけど、やっぱりさっきよりもずっとはっきり表情が見えた。赤い、オレンジ色の髪…………呆けたように見つめてる俺に、もう一度彼は口を開いた。 「家、どこらへん? 言わなきゃずっとこのまま走り続けるよ?」 「……え、あ………………えーっと……玉菜一丁目……」 「え? 玉菜? 俺んちの近くじゃん。ちょうどよかったーこのまま帰っちゃおー」 「え、でも、ライヴは……」 「んー、いいよ、なんかもう。別になんか俺的に楽しかったワケじゃないし。」  人懐っこく笑ってる赤髪に、俺も思わずつられた。滅多なことで初対面の人間とそんな風に笑ったりとかできない、内気とか内向的とかそういう言葉がぴったり過ぎるタイプである筈の俺なのに。ただ単純にあのライヴイベントがどうでもよかった事と、帰る方向が同じだっただけなのに。  俺がまだ微妙に具合悪かったせいもあってそれきり彼とは話さなかったんだけど、沈黙がちっとも気まずくなかったのが更に不思議だった。つい数十分前に遇ったばっかりなのに、黙してることが全然苦痛じゃなかった。  寧ろ、心地よくさえ感じたんだ。ギラギラと白く明るい通りの光に縁取られてる横顔を時々眺めてると、このまま永遠に二人タクシーに乗ってどこまでも行けそうな気がしたぐらいだった。そうなっちゃってもべつにかまわないかもなーって。  ふと湧いて出た気持ちの欠片を見つけてしまった俺は、軽く戸惑いを覚えた。初めて会った、それもあまり顔をよく見てないような相手だからだ。  でもそんなのは具合が悪かったり、行き慣れない場所に行ったせいだってすぐに思うようにした。湧いた気持ちの欠片を掻き消すように、打ち消すように、軽くちいさく笑いながら。ありえない、なにその運命のヒト的反応、って。
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