第一章・シェア

6/8
前へ
/60ページ
次へ
 ほろ酔いで帰ったアキくんの後片付けをしながら、俺はぼんやり考えていた。書きかけの小説のことではなくて、アキくんといることと、そこから感じる妙な日常を嫌と思わない感情を。本来なら、他人が入り込むことを嫌がってたはずなのになぁって思いながら。  自分が変わっていってるのがすごくよくわかって、おかしくてしかたなかった。  毎日、毎日、学校の仕事の帰りに俺の家に寄ってくアキくん。「おなか減ったー」って言いながら、子どもみたいにさ。  俺はそんな彼に空腹と、時には疲れた身体を癒してもらうために、食料買い出しに行ったり、部屋を掃除したり、ご飯作ったり。ひとつひとつはどれも苦じゃない。得意ではないけど、こなせないことはない。  「ユズってさー、マジで料理うまいよねぇ」って、褒めてくれるアキくんの言葉も嬉しいし。それにやっぱご飯って誰かと食べるから作るんだと思う、おいしくなるから。  だけど…………―――――泡だらけな鍋とスポンジと、それを握る手を見て思う。  だけど、俺ひとりだったら、鍋なんてしないよな。めんどうだもん。買い溜めてるインスタント食いながらキーボード叩いたり資料見たりすればいいんだし。掃除だって週に一回くらいか、アレルギー出そうって時に掃除機かければいいんだし。  だけど…………―――――洗い流した食器を籠に立て掛けながら、それが反射させる部屋の明かりを見ながら思う。  だけど、やっぱアキくんが来てくれるからには、俺の作るの期待してるからには、それなりに食いでがあるのがいいだろうし、部屋が散らかってるなんてのは、流石にあの最初だけのにしたいし……なにより、喜んでくれるアキくん見るとこっちも嬉しくなるし…… 「…………でもなんか、ウザいんだよなぁ…………」  目の前の現実を口にしてしまうと、何でこうも冷たくなってしまうんだろう。出来ない仕事、真っ白なままの原稿、片付かない部屋、汚いままの俺、ご飯だけ食べにくるアキくん。挙げて並べてくどれもがもが俺の現実なのに……なんで、そんな冷たく言えるんだろう。  どれも、大事にしたい筈なのに……時々、すごく時々、すべてを放り出して打ち壊したくなるのは、なんでなんだろう。ひとりぼっちになってしまえたらいいのに。ひとりになって、何も考えなくていいようになりたい、って思ってしまうのは。  そしてそんなことを思って願いかけてしまう度に、胸の奥が苦しくて痛くなる。それって、俺が本当の望んでることなのかな、って。  本当は、望んでるのかもしれない。こんな物書きなんて仕事、とっととやめてしまえって誰かに言って欲しいのかもしれない。何も片づかないから、アキくんに来ないでくれって言いたいのかもしれない。部屋もご飯もどうでもいい。ウザいよ、疲れた……って、言いたいのかもしれない。  でも言えない。言ってしまったら、全部”ホント”なっちゃって…………俺は、本当に独りぼっちになってしまう気がして。そうなってしまうコトを、俺はすごくすごく恐れながら拒んでいた。  それでも構わないって前なら言えたかもしれない。それは新人賞を獲ったばっかの頃? 小説を書き始めて物書きで食ってこうか迷ってた頃? それとも……アキくんに出会った頃? そのどれでもであるようで、どれでもでない気がする。わかんない。だけどいまの俺は、本当はどうしたらいんだろ………わかんないよ、なんにも………
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!

428人が本棚に入れています
本棚に追加