解呪屋店員のリタさん

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 契約書を交わした店長は、厄介払いするようにぼくと幽霊少女を店から追い出した。  解呪屋の前は街道があり、商店が軒をつらねている。  馬車が通るので街道の端に移動すると、少女は背後をついてきた。 「あの、名前は?」  ぼくは露店のひさしに入ってたずねた。 「……」 「あのー、名前は……? 知ってると思うけど、ぼくはショウマ」 「……」  相当、ぼくのことを嫌っているのか分からないが、面と向かってこんなにも人は無口になれるのか。  二重まぶたの瞳がぼくだけをじっと見ていて、なんだかこっちも眠たくなってくる。まだ太陽は頭の上で、街道に面する商店の白壁に反射し、まぶしいぐらいなのに。 「名前が分からないと、魔物をやっつけるときに連携がとれないよ」と言ってみて、何の反応もしないところを考えると、彼女は耳が聞こえないとの結論にいたる。  魔物退治が不安になったそのとき、彼女の肩にとんと、小さい青い鳥が着地した。  くちばしの上に生えている羽を逆立てると、デスマスクのような少女の口端がわずかに緩んだように見えた。  少女は青い鳥に口を近づける。  開いた小さな口はアッシュ感のある灰色の横髪に隠れて何を言っているか分からない。 「リタ! わたしの名前はリタ!」  突然、羽を広げてくちばしをカタカタ鳴らしながら、鳥がしゃべった。  思わず後ずさりする。 「お前! 弱そうだな! おれはウータイ!」  甲高くどこかスピーカーを通したような、機械的な声でウータイと自己紹介した鳥は、ぼくを威嚇するように羽をもう一度広げた。 「変わった鳥だな」とつぶやくと「鳥じゃない! ウータイだ、突きまわすぞ!」とキレられた。  変わった物、現象、出来事。  ぼくはこの異世界に来てさんざんに味わった。初めのころは胸を弾ませながら、街を歩き回ったものだ。  しかし現実とそう変わらず、無一文で無能なぼくは、一日のうちに空腹にさいなまれることとなる。  ぼくはリタにギルドハウスへ行くことを伝えると、二歩ほど後を付いてくる。どうやら、契約通り協力はしてくれるようだった。  ギルドハウス――ギルドへの様々な依頼が集まる場所。依頼はクエストとしてギルドハウスで請け負うことが可能で、内容に応じてレベルがつけられている。順にS、A、B、C、D、E以下で簡単になり、その分報酬は少なくなる。  達成すればギルドの記録に残り、記録を以てギルドメンバーのランクが決まる仕組みだ。  建屋は常に人が出入りして、ロビーと酒場が壁一枚で隣り合っていることもあり、毎日が大盛況だ。  肩がぶつかるぐらいの人の多さで、相変わらずクエストE以下の掲示板は黒山の人だかりができていた。 「ゴブリン退治……依頼主は、東の牧場のマルクか」  マルクなら以前にもクエストを請け負って解決した顔見知りだ。そのときは、パーティーで請け負ったのだけど。  ぼくはマルクの張り紙を取ると、ギルド受付で記録してもらう。  異世界転移してから、ギルドハウスにはずっと世話になっている。無謀にもクエストDの依頼を一人で請け負って、とんでもない目に遭ったことは、今ではよい教訓になっていた。スキルさえない現状で、選ぶクエスト難易度はE以下一択である。 「アルケスのパーティーをクビになったって聞きましたが、大丈夫ですか?」  受付嬢のエアリーが気の毒そうに尋ねた。 「まあ、しょうがないよ。壁役はやがてこうなる運命なんだし」 「あまり、無理はしないでくださいね」  エアリーは困ったように眉を山にすると、弱々しくも笑みをうかべた。  ビジネススマイルなのは分かるけれど、ついうっとりしてしまう。エアリーはギルドメンバーの男なら誰もが狙っている看板娘なのだ。  整った目鼻立ちに燃えるような光沢のある長い赤髪。  光を弾く睡蓮の花のような白い肌。  野暮ったい男共は、毎晩のように隣の酒場でイスに赤鉢巻き結び、エアリーに見立てて踊っている。 「おい、どけ!」とぼくの肩を殴りつけるように押しのける大男も、エアリーの前では鼻の下を伸ばす。  あっちの世界でクラスメイトの陰に隠れるように学校に通っていたぼくは、こっちの世界でも結局同じ。いや、それどころか、スキルと魔法重視のこの世界では、十数年何もしていなかったと同じことで、負け犬路線を突っ走っている。  ぼくは床に倒れて汚れた膝のホコリを払って、ギルドハウスを出た。
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