解呪屋店員のリタさん

4/11

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
 生身の人間が集中できる数には限りがある。  まさか地面にモンスターが埋まっているなんて思いもしないから、逃げることに集中しすぎて注意が散漫(さんまん)になっていた。  いくつもの足跡が見つかったときに、複数のモンスターがいる想定をしておくべきだった。  リビングデッドは宙づりのぼくを高く持ち上げる。穴の開いて引きつった(ほお)を上下に引き伸ばして、大きく口を開けた。  ぼくはナイフホルダーから短刀を抜き、足首をつかむリビングデッドの腕を切り裂いた。  しかし硬い木のような腕は切り傷ができるものの、リビングデッドは離さない。  黒ずんだふぞろいな歯がぼくの顔にせまってくる。 「やばいっ! だれか、助けて!」  短刀を振り回しながら、助けを呼ぶ。  辺りを見回すと、パタパタとウータイが飛んでいた。その下に視線を落とすと、リタがボーッとこちらを見上げている。 「リタ、誰かを呼んできてくれ……!」  リビングデッドは食うのを一旦あきめて、さらに高く引き上げると、地面に叩きつけた。(さいわ)い落ち葉のクッションでそれほど大きなダメージにはならない。  しかし、何回も叩きつけられると、そうはいかない。  カワセミは活きのいい魚を岩に叩きつけて、弱らせたあとに丸()みする。ぼくはもう一度、地面に叩きつけられた。  意識が飛びそうになったとき、足首をつかんでいたリビングデッドの握力がふっと緩んだ。  体を起こすと、怨嗟(えんさ)の声をあげ、顔を覆うリビングデッド。  横には光を発するリタがいた。  広げて突き出した片手に、白い円の紋様が描かれている。柔らかな光の曲線から綿毛のように聖なるオーラがぽつりぽつりとあふれて、木々の間を舞う。  干渉しあう光と闇。リタの足元から聖属性の木の芽がいくつか顔を出す。 「聖属性の……魔法……」  初めて見る聖なる魔法に見惚(みと)れた。  リタはこともなげに手を回転すると、宙に描かれた紋章の中央から光の玉を撃つ。  リビングデッドは光弾にあたらずとも、灰になって消えた。  そして角度を調整すると、もう一度手のひらを回転させる。  林の奥に逃げようとしていた別のリビングデッドは、背中から撃たれて消滅した。  ふっと、円陣が消えると、浮いていた灰色の髪が肩にかかる。  汗をぬぐうでもなく、ため息をつくでもなく、リタはボーッと林の奥を見やる。  ぼくもボーッと、リビングデッドの灰塵(かいじん)を一緒に眺めた。  マルクにはゴブリンではなく、リビングデッドだったと報告した。多少報酬を上げてボーナスをもらったが、クエストDランクには及ばない報酬だ。  依頼内容と実務に食い違いがあった場合、ギルドのクエスト相談所で正規の報酬をもらうこともできる。 「ゴブリン退治だったんですが、2体のリビングデッドと戦うことになって」 「なるほど、何か証拠はお持ちですか?」  相談員は白髪をオールバックにして整えた、几帳面そうな初老の男性だった。  ぼくは林でかき集めた灰の入った小袋を窓口の机に置いた。  中身をのぞく相談員は、古めかしい片眼鏡を装着する。 「なるほど、リビングデッドの灰ですな。聖魔法で粉砕している……あなたが倒したのですか」 「いえ、仲間のリタが」 「どちらに?」  うしろに隠れているリタは、相談員から見えない。ぼくは回れ右をして、背後についているリタを見せた。 「あ、ああ……なるほど、この方が……」  もう一度回れ右をして、相談員と顔をあわせると、ぽかんと口を開けていた。  まあ、最初はそうなるな。 「それで、報酬の追加は見込めそうですか?」 「あ、えーっと、そうですね。最近、強力なモンスターが東周辺で出没しているので間違いはないでしょう。しかし、聖魔法を使うとは、別の街のギルドにいらっしゃったとか?」 「それはぼくも、最近一緒にパーティーを組んだので分かりません」  そこで話が途切れる。もちろんリタが会話に入ってくるはずがない。  それよりぼくは東周辺のモンスター情報を相談員に聞いて情報収集をすると、報酬の入った金貨袋をもらってギルドハウスを出た。  月がぼんやり街道を照らす。  酒場は相変わらず男共の胴間声(どうまごえ)を鳴らし、向かいのレンガ壁で反響している。月明かり下のバルコニーで、恋人同士なのか、氷の魔法で作った結晶をグラスに入れていた。  嬉しい重さの金貨袋があると、この異世界も捨てたもんじゃないと思えてくる。 「こんなに報酬をもらえた」  二度振り返って、二つの金貨袋をリタに見せる。 「山分けして解散しようか。明日朝に、ギルドハウスに集合しよう」  そう言って、金貨を二つに分けて一方をリタに渡す。 「じゃあ」  街の外れに借りている自宅に帰ると、改めて金貨袋をのぞき込む。 「すごいな、一人でこんなに稼いだのは初めてだ。しかも、たった一回のクエストで」  リタがまさか魔法使いだったとは思わなかった。【解呪】のスキルを習得するだけでも大変なのに、聖魔法まで使えるなんて。  短刀のベルトを外そうと背中のバックルに手を回した時、ふにゃりと温かく柔らかい感触がした。 「え……まさか」  二度振り返ると、目の前にリタの顔がある。 「どうしてついてきたの⁉ 家帰りなよ! 仕事は終わったんだからさ!」 「……」  相変わらずボーッとしてこちらを見ている。人の家に入って何も感じないのか。  しかもさっきぼくが触ったところは、たぶんリタの胸辺りだというのに、何一つ声も上げない。 「ウータイ! 青い鳥っ!」  もう深夜なので、寝ているのか、姿を現さない。ぼくも眠たくてつらい。  このまま家の真ん中で立たせておくわけにもいかず、椅子に座らせ夕食を並べた。  パンとウサギ肉のシチューという簡素なものだが、それでもいつもより豪勢だ。 「まあ、今回はリタのお陰で沢山報酬をもらえたから、食べてくれよ」 「……」  リタはパンを手に取ると、口に運ぶ。小さな口でカリカリと、乾燥したパンをハムスターみたいに(かじ)った。  シチューを皿ごと取って、一気に飲み干すと、ふーっと息を吐く。少し寒い夜の空気に、白い風船のように浮かんだ。  頬が少し赤みを帯びて、リタは満足そうに微笑した。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加