解呪屋店員のリタさん

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 朝起きるとベッドの下からリタが()い出てきた。  ズルッズルッと体をくねらせて、せまい隙間から下半身を引き抜く。人ならぬ動きを見せつけて、朝から気がめいった。  昨晩は食事のあとに風呂まで貸してやって、ぼくのほうが先に寝てしまった。  うちは治安の悪い街の外れにあるけれど、川の近くに建っていて、何かと生活はしやすい。  風呂小屋は一年ほど前に建てた。粗雑ながらも五右衛門風呂で湯船につかれる。  風呂から上がってきたリタは別人になっていた。どうやら髪がホコリまみれになっていたようで、髪の色は白ではなくブロンドだったようだ。しかも明るいトーンでトパーズのような上品な色だ。  しかしながら――いまや床のホコリでベージュ色に()せている。せっかくきれいになったのに。 「もしかして、リタはゴーストになりたいのかな? 幽霊にあこがれているとか?」  奴隷みたいな服が、いっそうゴースト感を(かも)し出していて思わずたずねた。 「……」  朝食のパンとチーズを皿に分けると、無言でぱくぱく食べるリタ。  食事しているときは常人に見える。 「リタは稼いだお金で服を買ったら? その服は良くないよ。囚人服みたいで、ぼくが奴隷商人みたいに思われる」 「服を買っていいのですか?」 「ああ、もちろんだよ……ッ!??」  空耳かと思った。たしかにいま、リタがしゃべった⁉ 「いま、しゃべったよね? ええっと、聖魔法ってどうやって覚えたの? いや、どこかのギルドで働いていたの?」 「……」  ふとテーブルの上を見るとリタの皿にはパンもチーズもない。小さな口なのに意外と食べるのは早いようだ。 「えっ、もう一回しゃべってよ!」  わが子に自分を呼ばせる親のように、さあさあとパンをリタの皿にのせる。 「……」  リタの手は止まり、長い沈黙が流れた。  なんてこった。もとに戻ってしまった。   はっきりした口調でソプラノの高音質な声だった。  食べるときにだけ話してくれるのか? 「もっと食べる? 兎肉のシチューもあるよ」 「……」  こうなると、食うか食わないかも分からんのか……。なんてこった。  食わない食事を皿によそうなんて、もったいないことはできない。  青い鳥はどこに行ったんだ。なんで必要な時に飛んでこないんだ、おしゃべり鳥は。  街の衣服店でリタの服を買うことにした。  聖魔法使いは白ローブが王道なのだが、隙間が好きなリタは純白のローブをホコリだらけにするに違いない。  群青色の少し明るい青にして、強めの生地にしてもらった。  リタはスレンダーなので、ローブに着られている感はあるが、寡黙で落ち着いた印象とマッチして魔法使いの風格があるように思えた。  インナーやズボン、ブーツもそろえると、リタに分けた金貨と同じぐらいになった。 「リタの金貨、全部使っちゃうけどいいかな」  支払額を計算していると、どこからともなくウータイが飛んできてリタの肩にとまった。 「あっ! やっときたな。どこにいってたんだ、ちゃんと通訳してもらわないと本当に困るんだけど」  ウータイは急に羽を広げて突進してくると、「うるさい! だまれ!」とくちばしでぼくの頭頂部を突いた。  ムッとしたが、店の中で暴れるのも気が引けて「分かった、悪かったよ」となぜか謝らされた。  リタの所持金を使って支払いを済ませると、ギルドのスキル相談所に向かう。  スキル全消去という事故の前は、【狩猟】、【鉄壁】の二つを習得していたので、まずはパーティー復帰のためにも【鉄壁】を再習得することにした。 「しまったな、先にスキル相談所に行くべきだった」  ギルドの窓口には長蛇の列ができていた。  スキルは相談員の【鑑定】から始まり、【授与】に終わる。【鑑定】と【授与】はそれほど時間をとらないのだが、【鑑定】によって提示されたスキルを選ぶのに時間がかかる。  ぼくは最後尾に立って、順番がきたのは昼下がりだった。 「それじゃ、【鑑定】しますねー」  流れ作業のように若い女性の相談員がぼくの額に手をあてる。 「うんうん。スキルレベルは1ですね」 「1ですか……」  リビングデッドとの戦闘があったので、少し期待したが、それほどレベルは上がっていなかった。それでも1上げるのに一年近くかかっていたので、すごい結果ではある。 「1となると、このあたりのスキルですかね。おすすめは丸がついてまーす。選んだら声をかけてくださーい」  ぼくは以前と変わらないスキル一覧に目をおとした。すると、後ろから圧がかかる。 「兄ちゃん、早くしてくれないかな。レベル1とか、どうでもいいだろ」  大男が悪態をつく。どうもこいつは、リタと同じでぼくの背中が好きなようだ。  【鉄壁】にするつもりで来たが、少し悩む。レベル1といっても十ぐらいのスキルが並んでいるのだ。でも、使い慣れたこともあって【鉄壁】がいいだろう。 「【鉄壁】でお願いします」 「わかりました。じゃあ、リラックスして目を閉じてくださいね」  目を閉じると、体のなかにある魔力が額に結集していく。分散されて、細切れになった小さな欠片が、鼻の上の眉間に集中して熱くなる。 「あれ……?」と相談員が声をもらした。「【授与】できたのかな……なーんか変だなぁ」  すると、しびれを切らした大男がうしろで叫んだ。 「おせえんだよ!」  がくっと沈み込み、前のめりになったので目を開けた。大男にイスを蹴られたようだ。  振り向くと、坊主頭をなでくりまわしてイライラしていた。  ぼくの肩をつかみ横に押しのける。 「もうタイムアップだ!」  床に倒れると、胸の奥に熱いものがこみあげてくる。  理不尽にもほどがある。しかしぐっと堪えた。  ふと横には、倒れたぼくに巻き込まれたリタが床に手をついていた。  それを見て、後頭部の右奥あたりで血管が弾けた。電気回路がショートしたみたいに、パチッと音が聞こえるようだった。 「なにするんだ、ハゲの大木(たいぼく)!!」 「あん……?」  見下ろす大男は距離をつめると、「なんだって?」とのっぺらな顔になる。 「順番を守れ! そんなことも分からないのか、頭の中に脳みそ入ってるのか⁉」  大男はにやりと笑うと、立ち上がったぼくに振りかぶって殴りつけた。  ドン! と鈍い痛みが腹から腰へ突き抜ける。  上体がくずれそうになると、大男はぼくの髪をつかんだ。 「おいおい、まだこれからだぜ」  やばい。まじで死ぬかもしれない。  ふっと、右から風圧を感じて目を閉じた。 「【鉄壁】」  スキルを発動させる。習得できたのか分からない。仮に発動できても大した防御にはならないだろう。  それでも言わないよりはマシだ。  風だけが頭を通ると、大男の力が緩んだ。  ゆっくり目を開けると、大男は右こぶしをかかえて、後ずさりしている。 「痛ってー……」あぶら汗が光り、苦悶の表情を浮かべていた。  なにが起きたか分からない。リタに目をやるが、別に魔法を使ったようには思えない。  並んでいる冒険者たちは、あっけにとられてぼくを見ている。  そんな観衆の気配をさっして、大男は気を取り直す。プライドがそうさせるのか、奮い立つように肩を怒らせた。 「この野郎……」しかしその足取りは存外に重かった。 「ちょっと、ケンカはやめてください!」  人垣から受付嬢のエアリーが怒って近づいてくる。大男に詰め寄り、「クエストを受けさせないようにしますよ」と言ってギルドハウスから退出させた。 「大丈夫ですか? あの人、ランクがベテランだからって、横暴で本当に困っているの。ごめんなさいね」  エアリーは腕をとって、ぼくを医務室につれていった。  ベッドに横にするとエアリーは頭を下げる。 「ごめんなさい。ちょっと、いま受付が忙しくて」 「いや、気にしなくて大丈夫。ありがとう」  エアリーは医務室を出る直前で振り返った。 「ショウマさんって、ビギナーランクですよね?」 「うん」  エアリーは少し間をおいて、目をあわせる。 「ベテランの人を相手に物怖じしないなんて、ステキだと思います。ランクアップ応援してます」  そう言ってほほ笑むと、ギルド受付所にもどっていった。  ぼくはベッドの上で胸の高鳴りを聞き、腹痛さえなければ、街道を突っ走りたい気分になった。
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