解呪屋店員のリタさん

7/11

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
 掲示板の前でクエストDの依頼内容に目をとおすと、改めて格上のモンスターが名前を連ねていることにおよび腰になる。  さすがにダンジョン攻略とまではいかないが、冒険者になりたての頃に痛い目にあったオーク退治の依頼もあった。 「どの依頼をクエストにするかは、ショウマにまかせるよ」  ロウはそう言って人の山から離れた。  どの依頼でも大丈夫ということか。それなら、やっぱり過去の経験が生かせるオーク退治だろう。  ぼくは掲示板から依頼書をとる。  『クエストD――街の東に位置する見捨てられた教会に出没するオークの掃討』 「オーク退治ですか……」エアリーは依頼書を読んで顔をしかめた。  ギルドの印を押すかどうか、ためらっているようだった。  基本的にギルド側が押印を断ることはない。受諾する冒険者が犯罪者や賞金首でもなければ、各々の冒険者の判断に任せて、ギルドは押印するだけ。  しかしエアリーは三年の顔なじみということもあり、ビギナーランクには早いと思っているようだった。 「無茶をしていませんか?」  赤い前髪に隠れた上目づかいの視線と目が合う。 「ロウとハーゼルのパーティーに加わることになったんだ」 「ロウ、ハーゼル……」エアリーは目を細めて記憶を手繰り寄せる。「たしか、ロウさんはベーシックランクでしたね」  ぼくはエアリーの記憶力に舌を巻いた。ここのギルドに所属する冒険者は百名近いはずなのに、その一人一人のランクと名前を憶えているなんて。  印をもらうと、スキルブックを立ち読みしているロウに声をかける。 「東の教会……ああ、あそこね。そう遠くないから、いまから行ってサクッと終わらせようか」ロウは自信ありげに言った。 「えっ。なにも準備しないで行くのかい。テントや食料は?」 「いらない。荷物になるし」  話を聞いていたハーゼルがロウを肘で小突く。 「お兄ちゃん! あんなに、準備を大切にしようって言ってたのに」  ハーゼルはそばかすの(ほお)を膨らませた。 「めんどくせぇな……」ロウは小さくため息をつく。 「まあまあ、荷物はぼくが持つから」 「えっ、いいの?」  アルケスのパーティーでは荷物係もやっていた。雑用もある程度こなせるし、いま考えるとハードな毎日だった。  それに比べれば四人分の一泊の荷物なんてたいしたことない。  マルクの牧場よりさらに東へ進み、丘を越えた。  道中でロウは、冒険者になった経緯についてたずねた。転生者であることは話さないようにしている。信じてもらえないし、話して元の世界にもどれるわけでもなさそうだし。  魔法で記憶をなくしたようだ、と適当な嘘をつくと、思いのほか心配された。特にハーゼルは、生まれた場所や名前、少しでも記憶がのこっていないか、こと細かにきいてこっちは申し訳ない気分になる。  丘陵を降りると、町のあとがあった。  石垣だけが残され、あとは雑草が生えてきている。そこから少し進むと、斜陽に照らされた大きな建物が見えた。クエストの見捨てられた教会だ。  高さのある屋根に穴があいて、ステンドグラス風の窓は全て割れていた。  教会の祭壇にあるはずの女神像はなくなり、土台だけがある。    祭壇の奥から物音がして、ロウは背中の槍袋を取った。  ぼくも左腕のガントレットに盾を装着する。リタの衣服をそろえるついでに、ぼくも装備を新しく購入した。  床板が(きし)むような音が、どうやら祭壇の奥から聞こえる。  盾役のぼくは戸に近づき、ゆっくりと奥の部屋に入った。  獣の叫び声が聞こえると、赤い瞳が薄暗い部屋のなかで動いた。ハンマーをもったオークが体をバウンドさせて突進してきた。 「オークだっ!」  すぐさま【鉄壁】を使い、盾を構えた。  金属がぶつかると、衝撃がオークに伝わり、おおきくのけぞる。ぼくはというと、ほんの一ミリも微動だにしない。  体幹が良くなったとか、そういうレベルではなく、ビリビリと余韻を残す盾の振動が、大げさだなと客観視できるぐらい余裕があった。  背中で何かが飛びはねると、部屋の天井に影が走った。  宙で身をひるがえすロウ。ぼくを越えて槍をオークの体に突き刺す。一瞬でオークは絶命した。  なんという身の軽さだ。それに的確な槍さばき。  壁板の隙間から入る夕日を受けて、オークの死体から引き抜く槍がキラリと光った。 「オークは一体だけのようだ」  ぼくは盾を構えながら部屋を探索した。香部屋(こうべや)のようで、棚の奥には小瓶がいくつか残っている。  夜も近づいていることもあり、ぼくらはこの部屋でキャンプをすることにした。  瓦礫の上にたき火を起こして、三人で囲む。リタはぼくの背中という定位置だ。 「おれの思った通りだ。オークの腕力を弾き返せるなんて、今までで最強の盾使いだ」  ロウは真面目な口調で言った。 「お兄ちゃんは、攻撃系のスキルしかないのに、いつもモンスターに突進して行くんです。怪我をするから、治療するのが大変で、何よりも危険すぎるから……。ショウマさんが仲間になって、本当に助かります」 「いえ……。ぼくも攻撃するようなスキルはないので」というよりも、【鉄壁】しかないが。 「ハーゼルの言ってたとおりだったな。おれたちに必要なのは、信頼できる仲間だって。これなら、ランクAのドラゴンもいけるかもな」 「お兄ちゃん! またそんな調子に乗って!」  仲のいい兄妹の話を聞いていると笑みがこぼれた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加