解呪屋店員のリタさん

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 ぼくたちはギルドハウスに戻り、クエスト相談所にいる初老の男を囲むように座った。  姿勢のいい相談員があごに手をあてて、ぼくたちの話を真剣に聞いて頷く。 「なるほど。見捨てられた教会跡地の墓地ですか……。やはり東部のモンスターが……。ダンジョンについて上に報告しますので、しばらくギルドハウス内でお待ちいただけますか?」  経験豊富なクエスト相談員は、席を立つと目を光らせて渋い顔になる。 「あの、すみません。スキルを習得しておきたいのですが、この窓口から離れてもいいですか?」  オークを倒したときにレベルアップしたかもしれない。スキルの窓口に行って、確認しておきたかった。 「……どうぞ、ご自由に。スキル相談所には話を通しておきましょう」  話を通す……? もしかすると目の前のクエスト相談員は、ギルドハウスのお偉いさんなのかも、と思った。  並ぶスキル習得希望者の列をスキップして、窓口横の扉が開いた。 「ショウマさん、リタさんですね。こちらへ」とスキル相談員の一人が手招く。  周囲のねたむ視線を尻目に、個室に入った。 「【鑑定】しますねー」  額に手を当てられると、すぐに「レベル1ですねー」と言われた。特別扱いされた割に、蚊の涙ほどのレベルで少し恥ずかしい気持ちになる。 「こちらのリストから選べますどうしますか?」  複数取得することもできるし、レベル2のために温存しておくこともできる。スキルや魔法は、レベルを消費するため判断の分かれ目になるのだ。 「リタ、ちょっとお願いがあるんだけど」 「……」 「全スキルを消去してくれない? 解呪屋でやったみたいに、今のぼくのスキルを全消去できる?」 「……」  沈黙が個室の真ん中に鎮座(ちんざ)する。  ぼくとリタの二人を見比べるように、左右に動くスキル相談員の目。 「あ、あのー。時間かかりそうですかねー……」  どうして必要とする時だけいないんだ、あのアホウ鳥は。 「【鉄壁】を消去したあとに、もう一度【鉄壁】を取得する。そうすることで、より強力な【鉄壁】が習得できる……。失敗してもいいから、試してみたいんだ……」 「……」リタは両手を突き出して広げた。  手の周りに黒紫の紋章が円軌道を成す。  ジリジリと個室にあるランプの灯が揺らいで、光量が弱々しくなる。 「えっ、なになに? 闇魔法……?」相談員が、身を(すく)めた。  部屋に線香花火みたく、黒くおぼろげな文字が飛び散る。禍々(まがまが)しい亡霊の声が木霊(こだま)して、その中心にあるリタの手のひらは、深淵(しんえん)の黒が点で浮かんでいた。  まるで宇宙にあるブラックホールの特異点みたいだ。 「すっーごい」  遠慮している相談員の小さな声がすると、リタがタタタッとぼくの前に駆け込む。あまりに急だったので、身構える(いとま)もなく頭をつかまれた。  視界が闇で埋め尽くされ、まっくらになると、やがてじわじわと部屋の明かりがリタの青白い顔を映した。 「あっ……」ぼくのなかで【鉄壁】のスキルが消滅していた。 「リタ、ありがとう」  二重まぶたのリタは、一歩さがるとぼくの背中に隠れた。 「いやー、やっぱりスターランクは違いますねー。闇魔法なんて、わたし初めて見ましたー」軽快な口調で、相談員が感嘆する。 「いえ……ぼくたちビギナーで……」 「ビ、ビ、ビギナー⁉」 「はい、まあ……」  ベテランランクでギルドお抱えの冒険者は、特別扱いされベテランの上のスターに昇格できる。スターはいわば、スポーツのプロ選手と同じでギルドと長期的な契約を結んで報酬をもらうのだ。  相談員は頭をくしゃくしゃにして悩むと色々質問が飛んできそうだった。思った以上に時間を費やし、クエスト相談員が戻ってきていそうだった。 「スキルは【鉄壁】をお願いします」 「あっ……。……はーい。分かりましたー」  【鉄壁】を授与してもらい。礼を言うと、クエスト相談の窓口に向かう。  個室から出たとき、ギルドハウス全体の空気が変わっていた。  荒くれ者たちの罵詈雑言、ロビーを走り回る足音、酒場の歌声。  そのすべてが消え、冒険者たちは一か所を見つめていた。 「ダンジョンが発見された。東の見捨てられた教会で」  野太い声がギルドハウスに響いた。  真っ白な髪が燃えるように天井につく。赤さび色のマントを羽織った巨体の男が、ロビーの冒険者たちを見下ろしていた。  ギルドハウスの支配人であり、ギルドランクのトップに位置するギルドマスターだ。 「ベテラン以上に緊急招集をかける。明日、日の入りに集会室へ」  そういってギルドマスターは背を向けて階段を上がっていくと、連絡係のギルド事務員があわただしく動き始めた。  ロウがクエスト相談の窓口で目をあわせた。行ってみると、高揚して「相談員のおっさんが」と目を輝かせる。その相談員は目の前で、ゴホンと咳払いした。 「今回はダンジョン発見者のみなさんもご参加いただけます」 「ベテラン以上じゃないのに?」念のために聞いてみた。 「正直なところ、ロウさんのランクはベーシック、ショウマさんに至ってはビギナーではありますが、以前のリビングデッドの灰を見るに、じつに見事な聖魔法の痕跡がありました。……資格は十分にあるかと思います」
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