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「大変、申し訳ございませんでした」
長い黒髪の女性が、深々と頭を下げた。
「そう謝られても……明日からどうやって仕事をしていけばいいか……」
ぼくは謝り続ける解呪屋の店長にほとほとあきれていた。
『呪い』を受けてしまったのは二日前。
パーティーの壁役だったぼくは、背後から不意に呪いを受けた。『呪い』だけは注意しなければいけない『呪いの鎧』にダメな手本みたく、呪われてしまったのだ。
呪いのせいでスキルと魔法が発動できなくなったぼくは、パーティーのお荷物とみなされて、リーダーのアルケスにクビ通告されてしまった。
「解呪金は全額返済いたします」
「それはそうでしょう」
気まずい沈黙が流れる。
伏し目で口を固く閉ざした女性は肩を小さくしている。解呪屋の店長というが、三十代で若く黒髪にはツヤがあり、立派なえんじ色のローブを羽織っている。
「本当に申し訳ありません」
その女性が頭を下げる。
けれども、謝罪の言葉だけでは贖い切れないものがある。
解呪の施術を依頼したはずが、施術後、全スキルを消失。
ぼくが三年間、必死になって会得した二つのスキルが消えたのだ。
「謝られても……消えたスキルがもとに戻るわけではないので」
そう言って、かたくなに拒否する。
ぼくは怒りっぽい性格ではないし、むしろ気の弱いほうだと思う。ギルドのパーティーに所属していたころは、意見したりもせず従順で争いごとはなるべく避ける方だった。異世界転移してきた転移者の自分は、原住民と張り合えるほど強くなかったこともあるが。
でも今回ばかりは、胸の中に小さな火がともる。
解呪金の返金なんて当たり前で、せめて謝罪金ぐらいは払ってほしい。
それに――店長の後ろに突っ立っている解呪担当者が、さっきからボーッとぼくを見ているのが、心底癪に障る。
店長は気付いていないかもしれない。
二重まぶたの蒼白な少女は幽霊のように無表情で、店長の連呼する「申し訳ございません」の「も」の字もない。そして見れば見るほど、どこか眠そうな表情だ。
「店長より上の人を呼んできてください」とぼくは言う。
心臓が高鳴ったが、それが怒りなのか、言ってしまった自分への驚きなのか分からない。
ギクリとした店長は、眉間にしわを寄せた。
「お言葉ですが、ショウマ様がこのスキルを習得していたという証拠はないのですから、わたくしたちがスキルを消去したことを証明することは難しいかと」
妙齢の店長はついに本性を現し、争う姿勢をみせる。
「いえ、ギルドにスキル習得の証拠があります。それにスキル消去なんて、そこら辺の冒険者ができる芸当ではありませんよ」
人間、本気になれば意外とできるものだ。一歩もひかない気概でのぞんでいたぼくの口から、すらすらと相手を追い詰める言葉が出てくる。
「うぐっ……」まるで言葉が顔にぶつかったみたいに身を反らすと、店長は口をへの字に曲げた。
その様子をボーッと、全身脱力して見ている少女。
「分かりました……。では……こうしましょう。解呪金は返済しますし、誠意として解呪担当者を全スキル再習得まで、お貸しします」
「へ? 貸す?」
「はい。スキル習得の支援として、こちらの解呪担当者を無料で随行させます」
店長は後ろに控えていた亡霊少女を引っ張り出した。
「いや……そんな、解呪担当者をサポート役にされても……」
「こうみても、リタは解呪以外にもスキルがあるんですよ。それに……今は髪がぼさぼさで、肌荒れもすごいですが、小顔で目も大きくて、美人だと思うんですよ」
貫頭衣を着た少女は、どうみても栄養失調でクエストをこなせそうには見えない。たしかに美人と言われればそうだが……ぼくのスキル習得とは関係がない。
断ろうとしたぼくの仕草を牽制して、店長の目が四角になる。
「これ以上は譲歩できません。まだ何か言われるのでしたら、こちらにも考えがあります」
ふっと漏れ出た殺気に悪寒が走る。
解呪屋の元締は武器商人、と酒場で耳にしたことをいまさら思い出す。
だんだん恐ろしくなってきて、ぼくは深くうなずいた。
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