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チーン。
無情にも、エレベータが到着して時間切れ。
「鮭、送りますね」
「鮭ですか?」
「はい。鮭の身って本当は白いんですよ?海でオキアミをいーっぱい食べて、身を赤く染めて川に戻ってくるんです。私も、アミさんから思い出をいーっぱいもらって帰るので、似てるかなって」
「面白い発想ですね。すみません。時間がありませんのでここで……」
「大丈夫です」
「お元気で」
「はい」
アミは最後まで僕と距離をとった。そんな三人を、僕は笑顔で見送った。
二週間後は神社の夏祭り。アミは、家族と何度も出かけるんだろうな。小腹がすいたらクレープを食べてスマートボールや大好きな型抜きをして。昔ながらの遊びを楽しむんだろうな。
目的もなく同じ空間を共有しているだけで、僕は幸せだったんだ。
去年の着物の柄は金魚でさ。涙型の水色ピアスが妖艶に揺れて、金魚の水しぶきに見えたんだ。プルプルした唇に髪の毛をまとめたアミの襟足に、僕はゴクリと生唾を飲み込んで。
『私のことが好きになったきっかけを詳しく知りたいな』
『えっ、恥ずかしいよ』
『いいじゃん』
『んー。そうだなあ。仕事に行く時のアミはキリッとしてて美しかったの。僕しか大変さを知らないんだーって思ったら、アミの息抜きをしてあげたくなって』
『バレてた?』
『うん。僕が引っ越した時期と、アミが育休終えて仕事に戻った時期が重なってるじゃん。天井、ドタバタしてた』
『ドタバタは今も、だけどね。もう、すごく昔のことに感じちゃう』
僕は、アミが腕に押し付ける胸の感触を思い出して目を閉じた。
さようなら、今までの自分。さようなら、これからのアミ。
僕は、四角い器の中にある僕とアミとの記録を見返して、全て消した。アミとの思い出を誰にも渡すもんか。淡いピンク色の思い出は、僕の一部として生きていくんだから。
「もしもし、お母さん?お見合いも受けてみようかな」
”あーら、やっとその気になってくれたのね。お父さんの知り合いの息子さんなんだけど、いい人でねえ……”
ーENDー
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