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中学のとき、健太は袖で涙を拭いながら神社の境内で朝焼けを見ていた。一人眺めていると横にはいつもの影。
「柔道はじめたばっかなんだから負けても仕方ないよ」
清香の言い分は分かりすぎるほど分かる。弱気な自分を変えたいとはじめた柔道。その最初の大会は一回戦敗退だった。
「分かってるし。でも悔しいんだ……」
「そうだね。でもさそんなに悔しいならこれからどんどん頑張れるよ。もっと強くなれるよ。健太は努力の才能だけはあるんだから」
「うん」
姉みたいな清香に励まされて健太は頷く。これ以上何かを言う気もなかった。二人の顔は朝焼けに染められる。今まで何度もこうして朝焼けを眺めながら語り合ってきた。家族のような存在だ。
中学の卒業式の翌朝、清香は一人、神社の境内で朝焼けを眺めていた。できれば一人が良かった。それを健太が許すはずはないと分かっていたが一人が良かった。
「失恋気分はどう?」
当たり前のように清香の横に立つ健太。
「最悪だよ。私のどこが乱暴だっての?」
中学の三年間、思い続けた人に告白した卒業式のあと、返答は乱暴な人とは付き合えないだった。確かに正義感の強い清香はたまに手が出ることもある。それを言われた。
「きっと清香には合わなかったんだよ。これからいい人に出会えるよ」
「健太ねぇ、今の私にそんなの響く訳ないじゃん」
「そうかな? 俺も昨日フラレたんだけど。勇気振り絞ったのにさ。守ってくれなさそうだからって」
「あちゃーー。健太もか」
「いい人に会えればいいね」
「私は会う。強くて優しくてがっつり稼いできて私だけを愛してくれる素敵な人に」
「俺も会う。優しくて穏やかで俺を受け入れてくれる素敵な人に」
「いいよいいよ。それでさ、お互いに家族持ったらみんなでここから朝焼け眺めようよ。私たちのお父さんお母さんがやったようにさ」
「そうだね。約束」
健太は右手の小指を差し出す。清香も小指を繋ぐ。
「約束だ」
これは恋じゃない。ただ家族のような存在との約束。清香も健太も端からそれぞれを恋愛対象から外していた。目の前の相手との恋愛など妄想することも無理だった。
高校の入学式の翌朝、健太はやはり神社の境内で朝焼けを見ていた。すでに毎日の習慣、ここからの朝焼けを眺めないと一日が始まる気がしない。両親たちは年一回の初日の出をここで見ていたそうだが、健太と清香は毎朝ここに来る。大切な場所になっていた。
「高校初日はどうだった?」
いつもの顔。清香が当たり前のように声をかけてくる。
「清香、俺、恋しちゃったかも知んない」
「卒業式にフラレたばっかりなのに?」
「過去見たって仕方ないだろ」
「まぁ頑張りなよ。健太はいい男なんだから」
「頑張るよ。清香も早く恋しなよ」
「すぐ調子に乗るんだから。さ、帰ろう。お日様出ちゃったし」
毎朝の習慣。そこで前日に何があったか清香も健太も何でも話す。いの一番に聞いてもらいたいのは家族みたいな存在だ。これからも変わりはしない。
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