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石畳が続く道沿いに美しい花に彩られた古い建物が建ち並ぶ。中心地から車で一時間ほどの郊外の住宅地は、思っていたよりのんびりとした雰囲気をまとっていた。
その中でも一番古い家じゃないかと思ったのが僕の家だ。古いけど他の家よりも大きくて、庭も広い。実際、ご近所では〈お屋敷〉と呼ばれているらしい。
僕は小さい頃から身体が弱くて、よく熱を出したり咳が止まらなかったりした。それを心配した父さんと母さんは中心地からの引越しを決めた。郊外の空気が綺麗で自然の美しいところなら、少しは元気になるんじゃないかって。母さんは子どもを産むのが大変な体質らしくて、僕を産むだけでもだいぶ大変だったらしい。「そのせいで身体が弱いのかも」母さんはそう言ってよく嘆いていた。
だからこの家が破格の値段で売りに出されていると知って、すぐに飛びついた。道沿いのどの家よりも広いのに、どの家よりも安かった。だがそれには条件があった。
〈引き続き飼い猫の世話を行うことと家政婦を雇うこと〉。亡くなった屋敷の持ち主だった老婦人の遺言らしい。老婦人には引き継げる家族はいなかった。そして弁護士はそれを忠実に守っていた。
「そんなのお安いご用だわ!」母さんは叫んだ。「家政婦さんがいてくれた方が、この家のことも詳しくわかるし。ただ……猫の毛がエリックには少し心配かも」だんだん小さな声になっていった。
「エリックだって小さな友だちができていいんじゃないか」父さんはそう言って母さんの肩を引き寄せた。決まりだった。
そしてこの〈お屋敷〉は僕の家になった。
金眼で青灰色の愛想のないデカい猫と痩せて神経質そうな年老いたやっぱり愛想のない家政婦。二人(正確には一人と一匹だけど)を目の前にした父さんと母さんの笑顔は引き攣っていた。
「えっと、あなたがモーリーさん?」
「はい。モーリーとお呼びください」にこりともせず家政婦はそう答えた。
「チャーリーとマーガレットよ。メグって呼んでね」
「いえ。〈奥様〉とお呼びいたします。それからこちらはルーといいます」そう言って猫を指した。
「ええええっと、ルーよろしくね」母さんは猫に手を出した。猫は握手もお手もしないっていうのに。結局その猫はフンと鼻息を鳴らしただけだった。
最初からそんな感じだったからどうなるかと思ったんだけど、予想外なことが起きた。
モーリーが食事を作ってくれたのだが、そんな感じだったから僕の野菜嫌いをモーリーに伝え忘れた。だから食卓にはたくさんの野菜が並んでいた。黄色と赤の野菜はなんとか食べられる。緑の野菜だけはどうしても苦手なんだ。だが緑色のポタージュを目の前にして飲まないって選択は出来なかった。もしここで「いらない」っていえば、これからの生活が楽しくないものになるに決まっている。仕方なく僕はスプーンでひと口飲んだ。そのあとは息をしないで一気に飲んでやろうと思っていた。だが──
「おいしい!」モーリーのポタージュは嘘みたいにおいしかった。
「ケールとクレソンのポタージュです」
「ウソ!」母さんがまた叫んだ。「だってこんなに美味しいし、エリックはケールが大嫌いなのよ!」
モーリーはジロリと僕を見た。「そうなんですか。でもモーリーは好き嫌いは許しません」
そんなことってある? 家政婦がそんなこと言って許されるの? 僕は心の中で思い切り反論したが、口には出せなかった。モーリーを見てそんなことが言える人がいたら、すごいと思うよ。仕方なく僕は愛想笑いをするしかなかった。チラリと父さんを見たら、父さんもやっぱり僕みたいに笑っていた。
けど心配する必要は全然なかった。モーリーの料理は野菜が入っていようがなかろうが、どれもこれも美味しかった。父さんはあまりにも「美味しい!」を連発して、母さんを落ち込ませていた。それは仕方ないと思う。母さんはお嬢様育ちってやつらしくてあまり料理は上手じゃないのだ。
「モーリーさん! 私に料理を教えて下さい!」
「モーリーでいいです、奥様」
母さんはどうやらモーリーに料理を習う決心をしたらしい。
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