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思い出すのは、誰かの声。
雪に埋もれる町。
白熱灯。揺れるネオン。赤い口紅。雪に染まる。
声が聞こえる。誰の声だろう。
深い夜の空は果てが無く、ブラックホールのようで、身も心も吸い込んで消し去ってくれないかなと考える。
雪に静まる町。
蛍光灯。走るランプ。赤い口唇。雪に落ちる。
声が聞こえる。誰の声だろう。
白い息が風に揺れ、長く伸びる。まるでそれは自分の魂で、そのまま口から出て消え失せてくれないかなと考える。
『休みの日は家族サービスですよ』
『明日はママ友の皆とランチなの』
『みんな大好き』
ああ。そうか。
思い出した。あの声は。
「ちょっとお話し良いですか?」
振り返ると、2人組の警察官。
「この付近にあるご家庭で、事件がありまして...」
こんなに近くにいるのに、声が遠くに聞こえる。
何気なく耳を触ると、ぬるっとした。
手を見ると、血塗れだ。認識したと同時に痛みが込み上げてくる。耳だけじゃなく、色んな所が。遠くで聞こえるサイレンまでも身体に響いてくる。もう誰の血かも分からない。
なんだか可笑しくなって、笑おうとしたら口の中に鉄の味が広がる。
「...一緒に来て頂けますか?」
静かだけど、強い口調。
答えなんて選べないのに、聞くのか。
嘘をつかれるよりは良いが。
嘘つきは大嫌いだから。
雪に埋もれる道を一歩進んで、ふと気付く。
靴を履いていなかった。
顔を上げると、自分が歩いてきた道に赤い点々が続いていた。
落ちて滲んで、花のようだ。
昔、家族皆で見に行った気がする。
どこだっけ。
どこかの花畑に。ピクニックをした。
そこで見た花に似ている。
皆笑っていた気がする。
本当に?
「...おまわりさん」
脇腹が痛い。
よく蹴られていたから。
誰に?
「...今日は寒いですね」
皆はどうなったんだろう。
悲しいような、嬉しいような気持ち。
思い出せない。
どうして?
「おまわりさんには、どう見えますか...?」
ありがとう。
ざまあみろ。
投げた言葉は白い息とともに、浮かんで消えた。
返って来ない。
言葉も。誰も。
今から行く場所は、ここよりマシだろうか。
この人達は、自分を救ってくれるだろうか。
それとも、罰してくれるだろうか。
そんな事を考えても、仕方ない。
天国も地獄も、結局同じ場所にあるのだから。
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