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メリダ編 Coltello e penna.
豪奢な装飾の扉を押し開き、部屋に足を踏み入れる。
柔らかな絨毯に靴が乗ったその瞬間。
「レオナルド!」
部屋に踏み入れた足を戻し、後ろから飛んできた声に振り返る。
モスグリーンの頭髪を揺らしながら大股で近づいて来たのはメリダで、ジャケットを脱いだ少しラフな姿から、先程まで自室にいたのだろうと察した。
その顔は……なんか、怒ってる?
「あ、と、Ciao〜?あ、Buonaseraの方が正しい?」
少しおどけてみせるが、逆効果だったようで、メリダの眉間のシワが更に深くなる。
「……分かってるよ、勝手にいなくなってごめんって」
俺なりに真摯に謝ったつもりだったが、それでもメリダの表情は変わらない。
「レオナルド、少し話をしようか」
その言葉の意味を瞬時に察して、本能的に出口を見た。しかし、流石は俺の先生をしていただけある。メリダは俺の腕をがっちり掴み、逃亡を阻止した。
「逃げたらその分、説教が伸びるだけだよ」
「説教って言っちゃってるじゃん」
俺はそのまま引き摺られるようにして、メリダの部屋へと連行された。
「そもそも、お前は自分を下等評価しすぎる節があるんだよ。もう少しそこを、幹部であるという事実を鑑みて改めなさい」
「はい、シニョーレ」
部屋に入ってすぐの場所。スイートルームのダイニングにあたるところで、靴を脱いで床に座らされた俺は、メリダから有難いお説教を、かれこれ十五分以上聞かされていた。
もちろん足の感覚なんてない。
「……全く」
言葉が途切れたかと思うと、メリダはもういいよと笑っていた。
「何処に行ったか誰も聞いてない、携帯端末にも繋がらない。こんなに心配したのは、お前のシノギを知った時以来だね」
メリダの意外と筋肉の付いた腕が脇に差し込まれ、俺を持ち上げる。軽々と余裕の表情でそんなことをされて、男として何かが傷ついたような気がしたが、そんなことより。
「いってぇ!いたたた……!」
「ほら、しっかり立ちなさい」
「無茶言うなあっ!」
痺れた足に急に血が通ってジンジンとした痛みが一気に襲う。俺は堪らずにへっぴり腰で、なんともまぬけにメリダにしがみつくようになった。
まるで、どころかこれじゃ産まれたての小鹿そのものだ。
「はあ……レオン、なんて格好なんだい」
「仕方ないじゃん!ちょっと、椅子……ってうわあ!」
視界が横転したかと思うと、今度は無重力状態になっていて、すぐ目の前にはメリダのグリーンアイがあった。つまり横抱きにされていた。
落ちるなんて少しも感じさせない安定感のまま、優しくソファに下ろされ、そして甲斐甲斐しくも靴まで持ってきてもらう始末だ。既にヒビの入った俺の男のプライドが砕け散ったような気がする。
「メリダぁ、俺ってそんなに軽いのん?」
一応70インチはあるんだけど。
情けない声になっていたのは気のせいではないだろう。俺はまだ痺れている足を優しく擦りながらメリダに聞いた。
「少なくとも、トレーニング用のダンベルよりはね」
「俺はダンベル以下デスカ」
トレーニングオタクめ。なんて言ったらさらに五分説教が追加されるだろうから言わないけど。
「痛みが取れるまでは座っておきなさい。私はお前を探している部下とカルロに電話をしてくるから」
「……よろしくお願いしマス」
"お前を探している"を強調されてしまえば、罪悪感がひょっこりと顔を出す。分かりやすく肩を落とした俺に苦笑して、メリダはペットにでもするかのように俺の頭を撫でてから背中を向けた。
その姿が扉から出ていくのを確認すると、俺はソファに倒れ込んだ。柔らかなマットレスは俺のベッドよりも上等で、なんなら持って帰りたいほど寝心地がいい。
後はここに俺愛用の枕があれば、と思い、はたと気づく。
「家燃えたんだった」
呟きとほぼ同時にメリダが焦ったように部屋に戻ってきた。
ああ、きっと次の言葉は。
「家が燃えたってどういうことだい!?」
「そのまんまだよ」
俺は見たことをそのまんまメリダに伝えた。
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