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Uno.
……。
なんだ……。
布の音……?誰かそこにいるのか……?
でも、こんな朝早くに俺の部屋に来るなんて、一人しかいないはず。
「ろばーと……?」
ぼんやりとした人影に声をかける。しかし、そこにいたのは見知った黒髪の男、ではない。
「ああ、目が覚めたかい、レオナルド」
見知った顔ではあるがその頭髪も身長も違った。
「……メリダ?」
寝起きではっきりとしない意識が急に覚醒して、俺は体をガバッと起こした。
「なんでここにいるの、とでも言いたげな顔をしているね」
ズバリ心境を言い当てられ、俺は言葉に詰まってしまう。
「昨日、何処かの酔っ払いが、図々しくも私のベッドを占領していたんだけれど、覚えていないかい?」
「えーっと……」
曖昧な返事に、メリダは呆れたと言うように肩を竦めた。
ボリボリと頭を掻きながらグルっと部屋を見渡す。朝の光が窓から差し込んで、昨日と雰囲気は違うが、間違いない。ここは俺の狭いアパートメントのワンルームなんかではなく、オフィスビルと並ぶ高級ホテルのスイートルームだ。
そして覚えている限りなら、俺はメリダの部屋を訪れて、ワインを飲みながらベッドに倒れ込んで……メリダの寝床を奪って朝まで爆睡したということになる。
ジワジワと血の気が引いていく感覚がした。
「……ごめん」
自分でも思った以上にか細い声であやまる。きっと表情も情けなく落ち込んでいたのだろう、メリダが苦笑を漏らした。
「別に怒ってはいないよ。寝るには問題のない広さではあったからね」
「……え」
その言い方だと、同じベッドで寝たってこと?
「レオには悪いと思ったけど、私も疲れていたからね。枕を並べさせて貰ったよ」
「俺は、いいけど……野郎と添い寝だよ?」
普通は嫌でしょ、と暗に伝えるとメリダはさも当然といった様子で勿論と答えた。
「それが何処かの知らない誰かや、幹部連中なんかだったらね。でも、お前は昔馴染みで弟みたいなものだし、いびきもかかないから、特に何とも思わなかったよ」
ただ、とメリダは付け加える。
「風呂には入って欲しかったけどね」
そして指をバスルームに向けた。入ってこいってことね。
「あいあいさ。……そんなに臭った?」
「お前は昨日どこに何を食べに行ったんだい?」
ジャケットを脱ぎ、くんくんと匂いを嗅いでみる。香ばしい小麦とオリーブオイルの匂いがした。紛れもない、この匂いはピザだ。
「パパ・ジョニー(※)の香水なんて寝る前に付けるものじゃないよ」
「おっしゃる通りデス」
そしてバスルームに手をかけてふと思い至る。
「俺、替えの服なんて持ってないや」
ていうか昨日の家事で持ってる服、全部燃えた。
俺の言葉に一度キョトンとしたメリダだったが、その意味を察して考えるように顎に手を当てた。
「そうだったね。流石に私のものを貸せないし」
「それは俺も御免」
金払われたって……それは考えるけど。
「そんじゃあ先に買いに行くか」
かっこ悪いけど、シワの入ったジャケットをもう一度着て……靴はどこだっけ?
さっさと出て行こうとする俺をメリダが止めた。
「待ちなさい、そんなよれた格好で出ていくなんて」
「だって他に着るもんないんだから。それとも、高級ホテルのルームサービスは服の販売もしてる?」
「……頼めばやってくれるだろうけれど」
や、確かにやってくれそうではあるけど。
メリダは少し間をおいて、そして腕時計を確認すると、ケータイを取り出した。
「こういう時に、頼りになるのは一人だね」
「なに、下着専門の商人の知り合いでもいるのん?」
「同じようなものだよ」
メリダは誰かに電話を掛けながら俺にニッと笑って見せた。
「下着じゃなくて、レオナルド専門、だけれどね」
「俺専門?……ああ」
思いつく黒髪の男が一人。
「確かに、俺の服一式、喜んで揃えてきそう」
「一式どころか、クローゼット一杯に買い込んで来そうだね」
メリダの差し出したケータイを受け取って耳に当てる。数コールすると、聞き慣れた声より少し硬い挨拶が聞こえた。
『おはようございます。どうかされましたか?』
「Buongiorno ミスタ・ロバート。朝からお元気そうでなにより」
電話の向こうの声が一瞬固まって、そしてその声量が増した。
『レオナルドか!?無事だったんだな!』
「うるっさ……」
思わず耳をケータイから遠ざける。ただでさえ電話の音はビリビリとしているのに、その音量とかけ合わさると寝起きじゃなくてもきつい。
離しても何やら畳み掛けるように心配したという旨の言葉が聞こえてくるのだから、相当だ。メリダも思わず笑っている。
「アー、心配かけてごめんね。悪かったから、もうちっと音量下げてくれない?」
『あ、ああ、悪い。ところで、どうして隊長……ドンの番号からお前が?』
「色々あってさ。生き残ったのは俺の体とお財布ちゃんだけでしたってね」
『なるほどな』
それで、とロバルトが俺の要件を言うように促した。
「お前の買ってきてくれた朝飯と一緒に何もかも灰になっちゃったでしょ?シャツとか靴下とか、パンツとか」
『……今裸ってことか?』
何故か神妙な声で聞かれると戸惑ってしまう。どういう感情なんだ、それ。
「んー、ま、それでいいや。とにかくさ、替えになる服とか下着とか買ってきて欲しくて」
『それは別にいいが、ドンと一緒にいるんだな?』
「そ。だから……」
俺はちらりとメリダを見る。するとメリダは代われと手を出した。
「そういうことだから、とりあえずお前の今日の仕事は他に回すよ。届け先は私の部屋でよろしい。その後はホテルで待機していてくれ」
『わかりました。なるべく早くそちらに向かいます』
「買い込みすぎないようにね」
『……わかりました』
「頼んだよ」
電話を切ったメリダは、不思議そうにその画面を眺めた。
「……お前の服のサイズを聞かれなかったよ」
「あいつはそういう奴だからね」
メリダがなんとも言えない顔になる。そりゃそうだよね、いくら仲のいい友人同士だって、服のサイズは覚えない。
「誤解しないでね、俺はロバートの服のサイズどころか趣味すら知らないよ」
「趣味こそ、それは……いや、言葉にするのは良くない気がするね。とにかく、お前は早くシャワーを浴びてきなさい」
「はーい。……あ、そうだメリダ」
再びシャワールームの扉に手をかけてから声をあげた俺に、メリダは今度はなんだと少しだけ眉を寄せた。
「俺、これはもうこうなる宿命だって思ってさ」
「宿命?」
俺は冷えていく指先に気づかない振りをして、なんでもないように口を開いた。
(※)某ピザ屋。
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