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小関は言い終わる前に、指を動かし始めた。篠田の体が跳ね、色っぽい声が小関の鼓膜を舐めていく。
「まって、小関……あ、」
指を抜いて、小関自身をあてがうと、篠田は息を詰めた。小関はその体に、少しずつゆっくりと楔を打ち立てていく。
「は……あ、あ――」
「奥まで入ってるの、わかりますか?」
「小関……」
うっとりと、しどけない目で小関を振り返る篠田に、深くキスをすると、小関はゆっくりと腰を揺らめかせた。湯船が次第に波立ち、大きな波紋を作る。
「あ、あ、んっ……」
腰を打ち付ける度に小関と篠田の間に生まれる水音でさえ淫猥で、小関にとっては、ぞくぞくとした刺激になる。興奮は、脳をとろかせるように甘く、徐々に思考を奪い、気づけばただ、篠田をむさぼるように貫いていた。
「小関っ……も、だめ……おかしくなるっ」
「……おかしくなって、ください……もっと、俺の前でいっぱい壊れてよ、貴文さん」
突然呼んだファーストネームに、篠田は動揺したのか、ただ短い呼吸を繰り返していた。
「急に、呼ぶな」
「ダメでしたか?」
「もっと……もっと呼んで。すごい、興奮する」
きゅっ、と締め付けられる中心に小関は嬉しくて篠田の背中に腕を廻した。
「愛してます、貴文さん」
篠田の耳元に囁くと、小関は腰のストロークを早めて、篠田を追い立てた。
「信―― !」
果てる瞬間、篠田の声が甘く全身を痺れさせていた。
朝日は、思ったよりも早く昇ってきた。というよりは、自分たちが遅くまで起き過ぎていたのだろう。
風呂を出た二人は、場所を布団に移して、とにかく何度も抱き合った。インターバルを置くように何度か短い眠りに落ちかけるけれど、どちらからともなく時間を惜しむように指を伸ばして、キスを繰り返した。
濃厚な夜だった。
小関は隣で眠る恋人の頬をそっと指で撫でた。陶磁器のような白いつややかな肌に、朝日が映り、きれいだった。
――もし、ゆうべのことをこの人が覚えてなくてもいい。体にはしっかり刻み付けたはずだ……いつもよりも激しくて濃い、愛しい気持ちを。
さらさらと篠田の前髪を梳くと、その手を指先に捕らえられた。
「貴文さん?」
「くすぐったいよ、さっきから」
笑いながら目を開けた篠田が小関の手を取る。そのまま手のひらを自分の頬へと当てた。
「触るならしっかり触れよ。ちなみに起こすならキスがいいな。ロマンがあって」
その言葉に、小関は笑って体を起こした。
「おはようございます、貴文さん」
キスをすると、篠田もおはよう、と笑顔を返した。
「あの……昨日のことって、覚えてますか?」
「昨日のこと、か……? それがな……」
篠田は難しい顔をして天井を見上げた。その反応は覚えていないという事かもしれない。小関は少し残念な気持ちになった。
「やっぱり、酒、抜けてなかったんですね……」
ため息をつく小関に篠田はそっと手を伸ばした。
「露天風呂で、お前が暴挙に出たところまでは覚えてるんだけどな、その後は……半分意識が飛んでて曖昧なんだ」
「それって、つまり……」
「酒は抜けてたよ、完全に」
篠田の言葉に小関は篠田を抱きしめずにはいられなかった。
「こら、バカ! 腰っ!」
「どうか、したんですか?」
「腰が……痺れて全然いうこときかないんだ! こっちは三十路だってのに、バカみたいに励むから!」
「嘘、すみません……でも、朝食には合流しないと……ど、どうします?」
慌てる小関に、篠田は諦観するようにため息をついた。
「何も考えてなかったんだな。まあ、それはおれも同じだけど。どうしようか?」
篠田が嬉しそうに微笑む。小関はそれに眉を下げた。
「どうって……どうしてそんな冷静なんですか! 一大事ですよ!」
小関が言った途端、部屋の隅からスマホの音が響いた。着信は紺野だった。
「ど、どうします? どう言えば……」
「小関に任せるよ」
――そんなあ!
一難去って、また一難。恋人たちの日常は、常に問題だらけで、それはすなわち『非日常』なのではないかと、今更に痛感する小関だった。
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