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オヤジのご執心だったヒロエのことだ。
僕とオヤジは、10年前、都内の専門学校で出会ったが、彼女ともそこで顔見知りとなった。
彼女の背丈は150あるかないかの小柄な女性で、やせても太ってもいない、メイクもナチュラルなせいか顔立ちも別段際立ったものはなかった。
普段同じクラスにいるのだが、休憩時間、廊下の脇でオヤジと二人で話をしていたら、通りがかりの彼女が唐突に「おはよう」と言ってきた。
ただそれだけ。
恋に落ちるのに、大した理由はいらなかった。
それが若さというものだ。
が、当時のオヤジは気の弱い青年で、たまに彼女とあいさつを交わす以上の関係になれないまま、卒業を迎えた。
その後も在学時にクラスで作ったSNS内のグループは過疎化しながらも存続し続け、年1回程度の同窓会企画で辛うじてその機能を果たしていた。
オヤジは、そのグループメンバー一覧を眺めては、ヒロエの名を目で追っていたという。
「初村に電話する!」
いきなり、呂律があやしいままのオヤジが巻き舌で言い出した。
「なんで?」
「この勢いで、初村にコクる」
酒の力を借りる気のようである。
最低だ。
「やめとけ。酔っ払った人間からの電話を取る身にも……」
「おいらさあー、もう我慢できないんだよお」
ションベンしたくてしょうがない子どものような言い方に僕は言葉を失う。
それがいけなかった。
彼は、すかさずスマホのメッセージアプリの通話機能を使って掛けたのだろう。しかも、そう待たずにヒロエと電話がつながったらしい。
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