たぶん、へヴン

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「僕らは死んだら、どこへ行くんだろうな」 僕ら二人は駅前のバーで、小さなテーブルを挟んで酒の入ったグラスを傾けていた。 僕が度の強いウィスキーのストレートを舌で転がしてから飲み干すと、焼けた喉から絞り出すように、ふとそう訊いてみた。 「死んだら、って、その後は死ぬだけ。どっこにも行かねえよ」 オヤジはそう言って、咳払い一つすると肩をすくめて含み笑いをした。 「天国も地獄も人間の創作さ。そう言っておかねえと、人間どもは怠け者でよう、身勝手だからよう、ったく、ろくな事をしゃーがらねえ」 オヤジは、あたかも自分は人間の一員ではないかのように、調子に乗ってまくし立てた。 僕は呆れて天井を見上げたが、それを見たオヤジは僕を論破したと誤解したらしい。彼は、鼻をひくつかせて、どこか得意げな面持ちをしている。 ちなみに、オヤジは僕とはそう歳は違わない。専門学校時代の元同級生で互いに30過ぎだが、彼は分厚いレンズの黒縁眼鏡を掛け、額がやたらと広く光っており、腹が前に突き出ているから、僕が心の中で読んでいるあだ名だ。 「でもな、真面目に生きるのは死後に、いい思いしてえから、やーな思いしたくねえから、だなんてよう、動機が不純なんだよ、不純!」 オヤジは、たった1杯の生ビールも空け切らないうちに陽気になり、呂律が回らなくなってきている。大した努力もいらず、なかなか格安で行ける天国にいるようだ。
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