後編

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後編

そもそも、こんな気持になったのは、この間ユリの部屋に行ってからだ。 それからずっと、私の気持ちはなんだかふわふわとしてる。 だって―ユリが、『まだ』あれを持ってたなんて… あんなに、大切にしてるなんて― そんなこと知ってしまった私は… どうすればいいの…? テスト前に勉強を教えてもらおうとユリの部屋に入った時、私は、見てしまった。 幼いころの、私とユリの『思い出の品』を…ユリが、とても愛おしそうにしているのを。 高校生になって、日常の慌ただしさに、つい忘れかけていたけど― たしかに、ユリはあれを…あの指輪をはめて、嬉しそうに微笑んでいたんだ―。 私とユリが、『大人のまねごと』をして交換した、あの指輪を。 入った瞬間、ユリは私に気づいていない様子で、しばらくその指輪を指にはめて、優しく撫でていた。 私が、その指輪が、小さなころにユリに贈ったものだと気づいて―そして、それに触れるユリの表情を見た瞬間、ドクン、と私の胸が高鳴った。 部屋に入った時のユリのその表情からは―幼い日を懐かしむようなものではなく。 まるで―そう、かつて私が王子様気取りで、指輪を贈って―そして、ユリが王女としてそれを嬉しそうに受け取ってくれた時の、そのままの表情をしていたのを、まるでその瞬間だけを切り取ったみたいに、鮮明に思い出した。 幼いころの戯れだったのかもしれない。 女の子同士だけど、ユリは大好きな友達で、だからこそ、その指輪を渡すのにふさわしい相手だと信じていた。 それが、友情だったのか―それとも、『それとは別の感情』だったのか―。 私の中で、ドクンと、何かがはじけた気がした。 先に気づいたのはユリだった。 「―あら、陽菜、来てたの?」 「―え?あ、う、うん、そ、その…そ、そう!べ、勉強教えてもらおうと思って!」 慌てて弁解する私と、対照的にゆっくりとほほ笑んでいるユリ。 特に慌てる風もなく、でも自然にそれを―指輪を引き出しの中にしまった。 そのあとは、たしかに勉強を教えてもらったけど、いったいどんなことを勉強したのか、全然記憶に残らなかった。 だって、ユリのあの表情が―私から指輪をもらったときそのままの表情が―私の記憶を呼び起こしてしまったから。 幼かったとは言え、ほんとうに真剣にユリのことを考え、本気で彼女と結ばれることができる、と信じていた、あの頃の記憶が、私の心の奥底で、再び熱を帯び始めた。 だから、隣のユリの表情をまともに見ることもできなかったし、ましてや―その綺麗な細い指先に、ついさっきまで嵌められていた、私が贈ったあの指輪を、ユリがあんな熱を帯びた瞳で見つめていた光景がよぎって、ユリとちょっと接触するたびに、熱を感じてしまうのだった。 ―あぁ、ユリ―どうして、今でも信じていられたんだろう。 どうして、私の言葉が恋愛感情ではなく友情から生じたものだと疑わなかったのだろう。 ユリのあの表情と、指輪を大切にしまう様子から、私はユリの心に触れた気がした。 それは、甘い、甘い蜜。 同時に―それはユリが抱えた苦しさを表していたのだと 後から、気づいた。 ――――――――――――――――――――― その時は、突然やってきた。 「―ねぇ陽菜、明後日の放課後…予定ある?」 「え?あ、明後日って…!」 天皇誕生日をはさんでその翌日に終業式を迎える12月22日の放課後の教室。 私はユリに話しかけられた。 あの時以来、私の胸は高鳴り続けている。 頭がよくて、優しくて、おまけにものすごく美人。 いつも一緒にいてくれた、私の大切な、大切な幼馴染、東雲ユリ。 ユリにとっての私が、どういう存在なのか―。 その答えを―ユリの心の奥底に触れたいと、思ってしまう。 もう私は―ユリのことで、頭がいっぱいになっていた。 そんな状態で、ユリから明後日の―つまり、『クリスマス・イブ』の予定を尋ねられたのだ。 私の中で、どうしても期待が膨らんでしまった。 そんな私の緊張が伝わったのか、それともよほど私のテンパり具合がおかしかったのか、クスリ、と笑ったあと、ユリはこう続けた。 「―ふふ、陽菜ったら。今日が22日なんだから―終業式のある24日のことよ。ねぇ、どうかしら?」 「よ、予定は…そ、その…な、ないよ!」 あぁユリ、そんなに近寄ったら緊張しちゃう。 ユリの香りに、ドキドキしながらなんとか答える。 その答えに―ユリは、本当にきれいな笑みを浮かべて、こう言った。 「―そう、よかった。ねぇ陽菜―私と、デートしない?」 「―は、はい…」 その瞳に見つめられて、私はもう、そう答えるのが精いっぱいだった。 今まで、もちろん一緒に遊びに行った。 お買い物も、花火もお祭りも。 でも、改めて『デート』として誘われたのは初めてだった。 ―ユリの中では、今までのお買い物と同じなのかな? そう思いもした。 でも、きっとそうじゃない。 ユリの瞳が、真っ直ぐ私を見据えて、その視線に、私は どうしても、期待してしまった。 そして迎えた、12月24日、クリスマスイブ。 ユリからデートに誘われたことにすっかり浮ついてしまっていた私は、終業式が終わりホームルームで担任の先生に名前を呼ばれたのが、2学期の通知表を手渡すためだったのだということをすっかり失念してしまっていた。 思いもしないところで精神的に大きく傷を負ってしまうほどの成績だったが、これでも1学期よりは若干上向きだ、と何とかフォローしてくれた担任の先生の言葉が少しだけ救いだった。 そんな私だったが、放課後にユリに声をかけられて、なんとかこの後のビッグイベントのことを思い出すことができた。 そうだ。成績はあとでなんとかなる。 でも、ユリとのデートは、失敗できない。 「―じゃあ、いこっか、陽菜?」 「う、うん!」 時間を惜しむように、私たちは初めての『デート』に出かけた。 ――――――――――――――――――――― 「はぁ~…楽しかったわね」 「うん!こんなに遊んだの久しぶりだねー!」 デートを満喫し、私たちは家の前まで帰ってきた。 ユリが誘ってくれた、初めてのデート。 べつに、いつもと格別違っているわけじゃなかった。 ただ、いつもよりもユリの方から私に密着してくれていることが、嬉しかった。 いつもは手なんか繋がないけど、ユリから何気なく絡められる指を感じた瞬間、私の心がきゅんと締め付けられ、顔が赤く火照らせながらも―私はそれに応え、ずっと一緒にいろんな場所に行った。 自然と手をつないだまま、私たちはお互いの顔を見つめる。 「…」 楽しかった。ユリと手を繋いで―しかも、多分だけど、『恋人繋ぎ』で― 一緒の時間を過ごせた。 でも―今日は、クリスマスイブ。 私は、『一番欲しいもの』を、もうはっきりと意識してできていた。 だからこそ、このまま「じゃあね」と切り出すのは、どうしてもできずにいる。 沈黙が流れ、ユリを見つめる。 ユリの瞳に、私が映っているのが見えた。 ドクン、と高鳴る、私の心臓。 ―よかったら と口を開きかけたところで、その同じセリフをユリが言った。 「よかったら―私の部屋に来ない?まだ―いいでしょう?」 「―!!!う、うん!」 「じゃあ…行こ?」 「お…おじゃまします…」 「クス、何よ改まって。いつも言わないじゃない。」 「だ、だって…」 「ふふふ、冗談よ。さ、部屋に入ろう?」 ユリのお母さんへの挨拶もそこそこに、さっと通されたユリの部屋。 ユリは何か飲み物でもとってくるからゆっくりしてて、と出ていった。 改めて、ここがユリの部屋だと思うと―なぜだろうか。今まで何度も何度も来たはずなのに、ユリの香りが残るこの部屋にいると、どうしようもなく胸がドキドキして―きゅんと、甘く胸が締め付けられる。 ふと、ユリの机の引き出しに目が留まる。 ―だめ。それだけはしちゃだめ。 ユリが指輪を嵌めて、愛おしそうにしていた光景が浮かぶ。 どうしても確かめたくて。 ユリが嵌めていた指輪が、本当に私が贈ったものかどうか。 震える手で、ついに私は―引き出しを ―開けた。 「―!!!!や、やっぱり―」 この指輪、間違いなく― 大切に、大切にケースに入れられた指輪。 小さな私とユリがお互いに作った、紙で作った指輪。 お世辞にも綺麗とは言えないその指輪を―ユリは、こんなにも大切にしてくれていた。 ―私と、同じように。 ユリの心に触れられた、と思った瞬間― 「―思い出した?」 「!!!!」 指輪を手に取った状態で、ユリが部屋に入ってきた。 「ご、ご、ごめんユリ!か、勝手に開けて…」 必死に謝る私。 勝手にユリの心を覗き見たのだ。 もう絶交されるかもしれない。 ちらり、とよぎったその予感が、とてつもなく重く肩にのしかかり、ぎゅうっと苦しいくらいに胸を締め付ける。 でも、ユリの反応は― 「―いいの。私も話したかったの。今日、どうしても。」 「―ユ、ユリ…」 持ってきてくれた温かいココアが湯気を上げている。 コップを手に持ち、私に勧めてくれたユリは、ゆっくりと続けた。 「―わたしね、陽菜からその指輪もらった時のこと、今でもはっきりと覚えてるの。陽菜が『ユリちゃんをお嫁さんにしてあげる!』っていつも言ってくれてたわよね、ふふふ」 「―!!ユ、ユリ、そ、それは…!」 な、何を話し出すかと思うと、そ、そんな昔の恥ずかしいことを…! ココアの湯気に顔を隠すように俯いていると、それを茶化すようにユリが続ける。 「ふふ、真っ赤っかよ陽菜。それからちょっとして、陽菜が提案してくれたのよ。『結婚式しよう』って」 そう。 私は、小さな頃は本気でユリと結婚できると思っていた。 大好きな人同士がケッコンするんだ、と知って、じゃあ私は大好きなユリとケッコンするんだ!と思いこんだ。 「それで陽菜が一生懸命この…指輪を作ってくれて、私に言ってくれたのよ。ねぇ覚えてる?」 「―!!そ、それは―そ、その―」 「ふふふ、陽菜はこう言ってくれたの。『わたしが絶対幸せにしてあげるから、私のお嫁さんになりなさい!』って」 「―!!!!」 そうだった。 そもそも女同士なんだからできない、なんていうことを理解する前の、幼い気持ち。 でも、私は―確かに、本気でそう思っていたのだ。 「―嬉しかった。だから、どんなことがあっても、私は陽菜と一緒にいようって思った。陽菜が困ってたら助けてあげられるような人になろうって思った。だから、勉強も頑張ったし、武道も始めた。」 「―ユ、ユリ…!」 「でもね―だんだん、私自分の気持ちが分かってきたの。陽菜のことが大好き。でもそれは、単に友達としてじゃない。私にとって陽菜は、いつまでも『あの時』の陽菜のままだった。だから―この指輪は、大切な、大切な思い出なの。」 そっと指にはめる、私が作った、紙の指輪。 ユリの手に、窮屈そうにしている、その指輪が、なぜか―とてもきれいに見える。 ううん。 指輪を嵌めたユリが、綺麗なんだ―。 ユリがココアを置く音がする。 ユリが、近づく。 濡れた唇が、なぜかどうしても気になって、視線が外せない。 「―ユ、ユリ…?キャ…!」 その唇が眼前をかすめたと思うと、ユリにギュッと抱きしめられた。 ドクン、ドクン、と高鳴る。 「ユ、ユリ…?」 「陽菜―ずっと、ずっと秘密にしようと思ってた。でも―やっぱりできない。ちゃんと伝えたい。それで陽菜にどう思われても、言わずにいることの方が辛いから―!」 震えてる。 ユリの、身体。 「―ユリ…」 「陽菜―あなたのことが、好きなの。友達としてじゃなく、恋愛対象として―」 「―!!!!!」 神様。 ほんとうに、これは現実ですよね? 私が、幼いころに感じた気持ち。 それが、他の女の子とは違った感情だったと知ったのは、ずいぶん後だった。 中学生になり、高校生になり、いろんなことを知ったし、周りにも合わせようとした。 でも、やっぱり男の子には恋愛できないと思った。 どんな人よりも、ユリの方がかっこよかったし、綺麗だった。 無理やりあの時の感情を忘れようとしたけど、やっぱり無理だったんだ。 「―陽菜、泣かないで…」 そっとユリが拭ってくれる。 不安そうな、ユリの瞳。 そうだ。ちゃんとユリにこたえなければいけない。 「―ううん。ユリ、違うの。私―嬉しくて―夢みたいだって―」 「―!それって…」 「うん。私も―ユリのことが、やっぱり好きだった!ずっとずっと、忘れられなかったよ!」 私の瞳に映る、大好きな人。 東雲ユリ。 私の、幼馴染。 私の、お嫁さん。 ぎゅっと抱きしめ合った私たち。 「やっと、あの時の通りになったね、陽菜」 「うん、ユリ…」 「…陽菜のこと幸せにしてあげる」 あの頃とは立場が逆転してるけど、ようやく繋がった私たちの心。 「―陽菜、目をつぶって…」 「―!!!は、はい…」 その言葉に、目を閉じた私は… あまりにも柔らかいユリの唇の感触と、ファーストキスの味に 腰が砕けて立てなくなり、結局ユリの部屋に泊めてもらったのは、私とユリだけの秘密だ。 ユリ。大好きだよ。 ずっとずっと。 ――――――――――――――――――――― 忘れていた。 ユリが、とんでもなく頭が回ることを。 単に暗記系が強いという意味ではなく、本当に頭の回転が速いのだ。 そう。 まるで、策略家のように。 「―もう、陽菜ったらいつまでふくれてるつもり?」 「だ、だって!あ、あのクリスマスイブの私の感動を返せ!」 何を私が怒っているかというと。 「ユ、ユリったら最初から私を落とすつもりだったなんて!」 「何が悪いのよ。だって恋愛は戦いよ。好きな相手の心は実力でこちらに向けなくちゃダメなの。」 「だからってユリは策略的すぎるのよ!どうりで私が指輪を見て以来やけに積極的というかアプローチしてきてたよ、もう!」 「…そうかしら?」 「そうよ!私に指輪見られても平気な顔してたし!絶対あれもワザとでしょ?」 「ふふ、おかげで陽菜も思い出せたでしょ?私と交わした熱い約束を」 「ちょ、ちょっとそんなに色っぽく言わないでよ!」 「ふふ、キスしたくなる?」 「ちょ、だ、だめよ誘惑しないで怒ってるんだから!」 「でもね陽菜。誰かさんが私のことを好きだって言っておきながら、何年も何年も友達のまま放置された私の身にもなってもらいたいわ」 「う!!そ、それは…その…」 「多少強引にでも、その人の心を奪いたいって思うのは…自然だと思わない?」 「う、うぅ…」 「それに私、知ってたのよ?」 「へ?な、何を…?」 「…あの指輪交換以来、あくまでも私と友達として接していた陽菜が、実はた~いせつに部屋の引き出しの一番奥のケースに私があげた指輪を今でもしまってあるのを」 「―!!!!!!な、な、何でソレを…!」 「ふふふ、だからいまでも脈アリ、と踏んだわけよ」 全く、どこまで計画的なんだろう。 末恐ろしい。 「もう…怒る気力も失せたわよ。」 「ふふふ…じゃあ認めるのね?ずっとずっと私のことが大好きで愛しくてたまらなかったって」 「…全くもう。いいよ認めるわよ!ユリを大好きな気持ちを忘れたくなくて、ずっとしまってたのよ!いいこれで!?」 「―だめ、きゅんときちゃった。ねぇもう一回言ってくれる?」 「ちょ、なんで録画するのよ!嫌に決まってんでしょ!」 「寝る前に毎日陽菜の声を聞きたいの。いいじゃない」 「だ、だからって変なことしないで!そ、そんなに聞きたければねぇ!」 「…聞きたければ?」 「…そ、その…」 「ふふ、寝る前に陽菜が私が眠る布団の中に入って肌のぬくもりを感じながら愛の言葉を囁いて―」 「ちょ、す、すとーっぷ!!わ、私たちまだ高校生だから!そ、それはまだ早いって!」 「―という未来があればいいなぁって、その可能性について深く考察しているのだけれど、どうかしら?」 「ま、またはぐらかして…」 「…ふふ、お子様陽菜ちゃんには早いかしらね?」 「誰がお子様だ!ちゃ、ちゃんと大人よ!」 「…へぇ。じゃあ今度じっくりと調べてもいいのかしら?」 「―!!!」 ユリの言う未来の可能性について、どうしても詳細に知りたい私は やはりどこかおかしいのかもしれない。 Fin
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