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異世界へ3
「いや、お主は何もしなくてよい。
お主の心の準備ができたらお主を送る。それだけじゃ。」
「なるほど……」
「それでどうじゃ? 引き受けてくれるか?」
「…………ちなみにいいですか」
「なんじゃ?」
「もしお断りしたらどうなりますか?」
「お主がか? それともイシュヴァレンシノの方か?」
「どっちも」
「別に悪いようにはせん。お主はここで会ったことを忘れて通常の死と同じく処理される。
イシュヴァレンシノの方も問題はない。
まあ好きに選ぶとよい。どう選んでもお主の考えを尊重する」
渡り人としてすでに大魔法使いは約束されているも同然。
魔法のある世界に行ってみたい思いもある。
「もう1つ、いいですか?」
「もちろん、なんでも聞くとよい」
「まさかそんなことはないと思いますけど……その、世界を渡れる魂が欲しいから俺を、えっと、殺したんじゃ……」
自分で言っていて苦しい。言葉の終りかけはかなり弱弱しかった。
ふと浮かんできた疑念。
危機的状況に現れた渡り人の魂なんて都合が良すぎる。
もしかしたらあの事故は仕組まれたものだったのではないか。
「ふぉっふぉっふぉっ、なるほどなるほど」
驚いたように目を大きく見開き神様は笑い始めた。
こちらは真剣そのもので笑い事ではない。
「儂が渡り人の魂欲しさにお主を殺したのか聞きたいなら、それはないからそんな怖い顔するでない。
いかに神といえど人の子を勝手な都合で殺すことなぞできはせん。確かに出来すぎてはおるがこれは偶然の賜物。儂とて驚いたぐらいじゃ」
「そうですか。疑ってすいませんでした」
「よいよい、確かに出来すぎておる。
これも運命の言うやつかもしれないのう
儂も焦って話を進めすぎた」
謝罪のつもりかまた饅頭を渡してくる。さっきからもう勝手に食べてるし何ならもうそこそこお腹いっぱい。
「じゃが実はあまり時間もない。
せかすようで悪いのじゃができれば、できればじゃが……」
「うーーーーん……分かった、異世界に行く」
神様が捨てられた子犬のような目で見てくる。
元より異世界に行けることを悪くないと思っていた。
「良かった良かった。お主が受けてくれねば適当な魂見繕って消滅覚悟で送るしかなかったのでな」
「消滅覚悟って……」
「普通の魂じゃとこちらで保護しても世界を乗り越えるのは難しいからのう」
問題ないと言ったのに問題大有りではないか。
「いつでも、いや、少しだけ待ってください。 これだけ食べていきます」
最後に渡された饅頭に目を落とす。異世界に和菓子屋さんがあるとは思えない。
本当に最後。
もう涙こそ出はしないけれど魔法の世界イシュヴァレンシノに饅頭があるとは到底思えないので別れを惜しむようにして饅頭を少しずつ食べる。
少しずつだとしてもいつかは無くなるもので、あまり大きくない饅頭であればあっという間になくなってしまった。
「本当に、よいのか?」
「はい」
実際よくはない。今の世界に未練はタラタラだし、自分の死後どうなっているのかとか気になることもある。
しかし今自分の死後にどうなっているのか聞いてしまうと決意が揺るぎそうでのどまで出かかった言葉をお茶で無理やり胸の奥に流し込む。
そしてまっすぐ神様を見据えて、ゆっくりとうなずく。
「そうか。心配することはない。
後は詳しい話は向こうの神に聞くとよい」
神様が大きく手をを叩いた。
段々と神さまや世界が歪んでいき、聞こうと思ったことはすでに言葉になっていなかった。
「早速で悪いが、出発じゃ」
一瞬、無音の中、振り返ると地球が見えた気がして、歪んで消えて、視界は真っ暗になった。
ーーーーー
「んっ……」
長く眠っていたようにも、少しだけうたた寝していたようにも思える。
最後に見たのがなんだったのか思い出そうとしても頭にモヤがかかったように記憶がおぼろげで万華鏡の中にいたような光景しか思い出せない。
「おはよう、英雄君」
「おはようございます……」
半ば無意識に挨拶を返した。神様ではない、若い声。
見えるのは青い空。ところどころに雲があり穏やかに流れている。
「ははっ、まだ寝ぼけているね。寝ぼけている……世界渡りボケしているとでも言った方が正しいのかな?」
いきなり暗くなって上から誰かにのぞき込まれた。
逆光で少し見えにくいが若いというか幼いぐらいに見える。
少年、おそらく男の子でよいだろう、はニカッと歯を見せて笑った。
「どうだい? 頭ははっきりとしてきたかい?」
「そうだな……まだ少しガンガンする」
少年が立ち上がって離れていく。頭のモヤがだいぶ晴れてきて体のダルさも抜けてきたので上半身を起こそうと地面に手を突く。
手にあたる感触に地面を見てみると草が生い茂っている。周り一面草原だった。
先ほどまで畳敷きの日本家屋にいたのに広い草原のただなかに寝ころんでいた。
老人の姿をした神様はもうそこにはいない。代わりにいたのは見知らぬ少年。
しかし少年の容姿も特異である。瞳は真っ黒で普通なのだが髪が対照的に真っ白なのである。
明らかに違う世界。比喩でもなんでもなく今までの世界とは別の世界に来ていた。
少年は草原にポツンと置かれた白い丸テーブル横の椅子に座る。
「いつまでも地面にいたら大変でしょ。君の席もあるからおいでよ」
最後のモヤを振るい払うように頭を振って立ち上がる。少し経ち眩むけれど問題はない。
テーブルに席は3つ。1つは少年。もう1つは堅物そうで少し苦労していそうな中年男性。
残りの空いている席に座ると少年がコップを差し出してきた。
ガラスでできているコップには氷が入っていてシュワシュワと炭酸はじける透明な液体が注がれている。
「これは向こうの神様についでに送ってもらったんだ。美味しいしすっきりするよ」
「……ありがとうございます」
一口飲んでみると慣れ親しんだ味。ペットボトルで売っているあのソーダの味がした。
確かにすっきりする。
「いや~美味しいね~。僕の世界にはこんなものないからうらやましいよ。
それじゃあ、まずは自己紹介だね。
僕はケーフィス。この世界の創造神をやっているんだ」
「私はケブスです。魔力の流れを管理しています」
少年がケーフィス、中年男性がケブス。
「えっと、俺は……」
「いいっていいって、君のことは向こうの神様から聞いてるから。君はこの世界を救ってくれた英雄なんだから話し方ももっと砕けてていいよぅ」
「あっ、はい」
「むう、ダメダメ、そんな堅苦しくなくていいって。
ため口でいいしもっと体の力抜いてよ」
創造神であるケーフィスが拗ねたような顔をする。
神様の序列を知りはしないが創造神が気軽に接していい神様なのか困惑する。
創造神というからには前の世界にいたおじいさんの様な見た目、中身を想像するものだけれどケーフィスは見た目もさることながら中身も子供っぽい。
本当にこんな神様で大丈夫なのだろうか。
「感謝しているのは本当だよ。
君が持ってきてくれた魔力は凄い。魔力が流れちゃった時と同じ、それ以上ぐらいの魔力が今世界に満ちてる」
「本当に助かりました。創造神様はこんなですしどうしようかと頭を悩ませておりました」
「こんなとは何だい、ケブス」
「こんなとはこんなです」
部下が上司にこんななんて言ったら普通はとんでもないことのように思えるけど当のケーフィスは特に気にした様子もない。
ケブスとのこのようなやり取りはいつものことがうかがえる。
確かに少し、というかかなりケーフィスは軽そうに見える。
見た目も相まって偉い神様には見えない。
「まあいいや。まずは君のこれからの話。
本来なら魂をある程度リセットして何かに転生させるところなんだけど君の魂は2度の世界渡りでとてもじゃないけどリセット出来る代物じゃないんだ。
持っている力が強すぎるんだ」
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