幼少期1

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幼少期1

 シューナリュードというのが新しく名付けられた名前だった。  勉強家で本をよく読む父親が名付けてくれたものでかつて存在していた竜神の始祖の名前からいただいた名前である。  黒い髪に黒い瞳と端的に身体的な特徴を抜き出せば前と大きくは変わらないようにも思える。  今は朝の日課になっているランニングをして自分の家、ではなくお隣さんの家に向かう。  入り口横の壁に寄りかかって目をつぶっている男性は服の上からでも分かるほど鍛え上げられていてる。  目をつぶっているはずなのにその立ち振る舞いに隙が見えない。 「師匠!」 「きたか、リュード」  リュードとはシューナリュードの愛称である。友達などのある程度親しい間柄の人はみなリュードと呼んでくれる。  リュードが師匠と呼んだ男性はウォーケック・ディガン。  リュードが生まれた時からの付き合いがあり、以前は冒険者として活躍していた剣の達人である。  毎朝家の前で素振りをするのがウォーケックの習慣である。  そんなウォーケックに声をかけて今ではウォーケックの弟子として武器の扱いを日々学んでいる。  最初こそ疎ましそうな顔をしていたがリュードの母親とウォーケックの奥さんが仲が良いこともあっていつしか弟子として認めてくれた。  これも武芸を身近で学びたいという転生の時に出した希望を反映してのことかもしれない。  ウォーケックがリュードに剣を投げ渡す。  普通の人が扱うものよりも一回り大きく、そのために重量も結構重い。  これは木剣が振り回すのに軽すぎるために使う素振り用である。  リュードが構えると隣にウォーケックが並び、同じく構える。  一回一回体や剣のブレがないように気を付けながら真剣に素振りを繰り返す。  余計な考えを追いやり無心で剣を振りじんわりと汗をかいてきた頃ウォーケックから終了の声がかかる。  素振り用の剣を置いて今度は木剣を持つ。  前に出ながら数回決められた打ち込みをしてウォーケックがそれを受けて、今度はウォーケックが同じように打ち込んでくるのでそれをしっかりと受ける。  さらに次はリュードがまた同じ打ち込みをするが今度は受け流すように受け、再びウォーケックが打ち込み、それを受け流す。  切り方や動きを変えながらそうした訓練をこなした後最後にウォーケックと本気で打ち合う。  と言っても本気なのはリュードだけで師匠であるウォーケックはまだ余力をだいぶ残して対応している。  剣で2回、槍で1回の計3回挑み、3回ともあえなく降参させられて本日の鍛錬は終わりとなった。  全身汗びっしょりで地面にへたり込む。  これでもまだ10歳、まだまだ発展途上の子供なのである。 「あ〜ん、また寝過ごしちゃったぁ〜!」  お前はまだ体の使い方が甘いなどとウォーケックの講釈が始まりそうになった時残念そうな女の子の声が聞こえて、ウォーケックの講釈はありがたいことに止まった。  慌てて出てきたのだろうパジャマのまま腰まである長い黒髪をところどころピョンピョンと跳ねさせたままクリクリとした大きな目に涙を貯めるようにして女の子がお隣さん家の玄関に立っている。  彼女はお隣さん家、つまりはウォーケックの娘さんであるルフォン・ディガン。  同時にリュードの幼馴染である。  リュードと同い年のルフォンは頭に黒い狼の耳が付いていてお尻からはフサフサとした真っ黒な尻尾が生えている。  慌てていたのか枕を抱えたまま耳をペタンとして残念そうな表情を浮かべるが悪いのは寝坊助なルフォンだ。  いつも鍛練の様子を見たいと言いながらも起きられずこうして拗ねたような顔をするのだ。  いやまあ可愛いんだけどね。  それに居たところでルフォンは何をするわけでもない。  たまに早起きしたと思ったらニコニコと鍛練の様子を眺めているぐらいなものでそれの何が楽しいのだろうとリュードは疑問に思う。 「おはよう、ルフォン」 「お……おはよう」  疲れて肩で息をしている状態ではあるけれど幼馴染を無視するわけにもいかず笑顔で挨拶するとむくれ顔を枕で隠しながら尻尾を揺らしてちゃんと挨拶を返してくれる。  そんな様子もすごくかわいいのだ。  ちなみに父親であるウォーケックは空気と化している。  下手に口を出せば起こさなかったことなど怒られたりするので気配を消し、不本意しぶしぶながらリュードが丸く収めるまで静観している。  手招きして呼び寄せると嬉しそうにリュードのところに来る。  横に来るとヘタって地面に座っているリュードの横にしゃがみ、やや頭を寄せてくる。  正直ウォーケックの目がすごく怖いのだが慣れたもんでルフォンの頭を優しく撫ぜる。  尻尾はすっかり上がってパタパタと振られ、ご機嫌になったことが簡単に分かった。 「おい、獣人族同士がイチャついてるぜ」 「ほんとほんと、あんなんで恥ずかしくないのかね」  幸せな時間を邪魔する無粋な会話が聞こえてくる。  会話しているというよりはむしろリュードたちに聞かせるぐらいの意図がある声の大きさ。  リュードより多分1つか2つほど年上の男のガキが2人。  ルフォンは尻尾を丸めて2人の視線から外れるようにリュードの陰に隠れる。  獣人という言葉が向けられた相手はルフォン、そしてリュードにもである。  獣人族という言葉はこの場合は侮蔑的な意味をはらんでいるが相手は子供だから悪口程度の意識しかない。  ルフォンは狼の耳と尻尾、リュードは頭の前の方から後ろへと流れるように真っ黒な角が生えている。  この特徴を揶揄して獣人族と少年たちは口にしているのである。  リュードもルフォンも人ではない。いや、人は人なのであるがリュードが思い描いているいわゆる人間ではない。  この世界における人間は真人族といい人口の多くを占める種族である。  真人族以外の種族も多く存在している。真人族に対する種族として魔人族という概念がある。  真人族以外の種族をまとめてそう言っている。  そう、リュードとルフォンは魔人族なのである。  リュードは魔人族の中でも竜人族という希少種族に転生してしまったのだ。 「貴様らぁ! うちの娘を獣人とは何だ!」 「ヤベッ! 逃げるぞ」  口の悪いガキ2人はウォーケックに怒られて逃げていく。  気にするなとルフォンの頭を撫でてやる。  最初は竜人族なんてわからなかった。両親は普通の人と変わらない姿をしているし、竜人族だからと言って生活に特別変わったこともない。  記憶そのものは赤ちゃんの頃からあって、ある程度成長してから頭に角があることに気が付いた。  何か頭にあたっているとは赤子心に思っていたがまさか角だとは思いもしなかった。  自分が竜人族だと気づいて騙されたなんて思ったりもしたけど今は竜人族で良かったとすら思っている。  よくよく考えれば可愛い幼馴染もいて貴族じゃないけど貧しくもなく、武芸や魔法を学べて程よい田舎でのびのび成長していける環境という希望をちゃんと叶えてくれているのだ。  人間が真人族というなんて知らなくて人なんて大枠で言ったからこんな風になっているのかもしれない。  多くの希望を言ったしそうした希望に合致した転生先がここだっただけかもしれないし。  酔っぱらっていたしもう何年も前のことなのでどんな希望を出したのか大体しか記憶に残っていない。  ひとまず竜人族は竜の血を引くとされていて強靭な肉体と高い魔力を持っている種族であり、今の時代において竜人族は意外と尊敬されるような種族でもある。  能力が高いというだけではなく400年前にあった真人族と魔王との戦争の際、竜人族の英雄は魔王側でその誇り高い戦い方と戦後にまとめ役を担って真人族と交渉したりと真人族からもその他からも評価が高い。  今も昔も希少種族なので存在している人数も少なく、そう考えると竜人族になれたのは幸運だったかもしれない。
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