幼少期3

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幼少期3

 起こそうと一通り揺すってみたり声をかけてみたりしても反応がないのはもはや日常である。  そんな時は耳元に顔を近づけて呪文を呟くのだ。 「父さん、本が燃えてるよ」 「何! それは大変だ…………」  飛び跳ねるようにして起きたヴェルデガーは周りを見渡してすぐに状況を把握する。 「ぬぅ……リュー、シャレならない起こし方はやめてくれないか」  ヴェルデガーもそれなりにイケメンだがどうしてこうもルフォンのような美少女とオッさんのスネ顔では違うのだろうか。  母のメーリエッヒなら本当に本の一冊ぐらい燃やしかねないのだからこれぐらい許してほしいものだ。  父と母、それにルフォンはリュードのことをリュードのドをさらにとってリューと呼ぶ。  本当に近しいごく一部に人だけが呼ぶ呼び方である。 「また夜更かししたの?」 「ああ、この間の行商で見つけた本が思いの外面白くてな」  単に聞いただけであって諌めるつもりなど毛頭ない。  田舎の魔族の村にあって本が読めるというのもこの父さんあってのことなのだから。  強いて言えば父さんが読む本はジャンルを問わないのだけれど個人としてはもっと魔道書、魔法学の本を読みたいものだ。  当然入門書なんて買ってくるわけもなく内容が難しすぎるのだ。  何冊か読んでやっと自分なりに解釈したり父さんに教えてもらったりするのだが父さんは笑ってまだ子供には早いと真面目に取り合ってくれないこともある。  他の竜人族はといえば頭で理解して魔法を使うより感覚で覚えて使う感じで人狼族はそもそも魔力はあっても魔法は得意じゃない。  それでもヴェルデガーは魔法使いとしても最高峰らしいし、リュードも他の子に比べればはるかに出来ているらしいから不満もさほど大きくはない。 「夜更かししすぎると体に良くないよ」  頑丈な体の作りの竜人族でも風邪は引くし死にもする。  ヴェルデガーは父親になる前は冒険者として無茶をしてきた。  竜人族は真人族に比べてはるかに寿命が長いけどそれでも若くないから是非とも健康的に長生きしてほしい。 「そうだな……だがこれも体には良くないぞ」  ヴェルデガーは笑いながら軽く拭いただけでまだ濡れているリュードの頭に風と火の魔法を混ぜてつくった温風を当てて乾かしてくれる。  魔力の強い魔族はとりわけ得意な魔法属性の影響を受けるらしく父親の髪はグリーン、風の属性が得意属性らしいが得意属性以外も大なり小なり使える。  特にヴェルデガーは偉大な魔法使い(自称)なのでどの属性も一定以上使えるのだ。  わしゃわしゃと頭を撫でて髪を立てながらしっかり乾かしてくれる。  あまり時間がかかっても母さんに怒られるので乾かしてもらうのもそこそこにリビングに向かう。  テーブルには料理が並べられていて良い匂いが広がっている。  食物に感謝の祈りを捧げて食事を取る団欒の時を過ごした後は自由な時間となる。  何をして過ごすかは各々に任されているところが大きいが大人になると農業か狩猟を行う。  リュードが生まれた村はあまり規模が大きくない。  人口200人ほどの村は人狼族と竜人族がおよそ半々ぐらいの割合でいて他の種族もほんのちょっといたりもする。  村の歴史をたどると元々は竜人族の村だったのだがそこに人狼族の一団が来て当時の村長が受け入れたらしい。  希少種族が集まっている村は非常に珍しい。  村の規模としては小さいのだが竜人族や人狼族の集まりとしては大きい。  周りは森で囲まれていて土地としては真人族の国の領土にあることにはなるのだが大きな都市からは離れている。  なので村の基本は自給自足、助け合いである。  戦闘が得意なものは村の周りを囲む森に現れる魔物を狩って食料にしたり皮など素材を解体したり加工したりして、戦闘が得意でないものは周りを開墾して畑を作って簡単な農業だったり薬草などの栽培も行ったりしている。  この森は魔力が濃い。周りに魔物が多く木々は成長が早く生命が強い。  逆に言えばそれだけの実力を備えていれば魔物という脅威を減らしながら魔物の肉(強い魔物ほど肉が美味い)や魔物の良質な素材が手に入り、開墾できれば植物は多くかつ美味しい実をつける。  そこに着目して始めた薬草栽培も薬草の質が良いらしく質素に見える村ではあるが意外と金には困っていないのだ。  そんな噂を聞きつけてか各地に散らばる人狼族や竜人族も時折村に加わってくることがある。  幸いにして森は広く開墾する余裕も、また魔物も狩きれないほど沢山いる。同胞が増えることは喜ばしい。  まだ子供のリュードはともかくヴェルデガーは元冒険者という経歴に加えて魔法の中でも回復魔法が使えるから狩りにも連れていかれる。  本当は性格的には農業の方が割にあっているとボヤいていて特段危険がなさそうなら農業の手伝いをしている。  ただ現在はヴェルデガーが開発したお風呂が密かな村のブームになっている。  先日の村長の家にお風呂を設置して喜ばれたことがキッカケでお風呂設置の依頼が舞い込んできている。  簡単にお風呂と言ってもその製作はなかなか難しい。  ヴェルデガーが冒険者時代に見たお風呂とはほとんどが天然の温泉が湧き出る地で石で囲って露天風呂のような形になっているものでだった。  一度だけ陶器が名産の街に立ち寄ったときに陶器で出来た浴槽を見たこともあるが個人用のお風呂とは貴族が持っているとうわさに聞いたことがある程度。  ヴェルデガーが再現しようとしたのは個人用の陶器の浴槽である。  しかし陶器の作り方も知らなければそんな設備もない。  何かで、しかし自分だけしか作れないようでは後々困るかもしれないから誰にでもできるような方法を考えた。  そこで目を付けたのは周りに生えている太い木々である。  豊かな魔力で育った木々は相当太く育っているものもありヴェルデガーの思い描く浴槽の大きなにも十分。  一度やると決めたらヴェルデガーは諦めなかった。  木をくり抜くようにして浴槽を作った。水も汲んできて火の魔法で沸かしてあっさりと完成したかに思えた。  妻であるメーリエッヒにも好評だったのだがくり抜いて浴槽の形にしただけでは水に濡れればすぐにダメになってしまった。  そこからヴェルデガーの試行錯誤の日々が始まった。  紆余曲折を経てある樹木の樹液を塗ってコーティングを施すことによってようやくお風呂として使えるようになったのだ。  それも簡単に塗るとはいったものの、塗っては乾かしてを3回も繰り返さなければいけないのである。  魔法で急激に乾かせば割れてしまうので自然乾燥するしかなく、そもそも浴槽作りも大まかな形は魔法で作れても細かい仕上げはやはり手作業。  こうして浴槽作りに泣かされるヴェルデガーを最近リュードは手伝っているのだがこちらとて慈善ではない。  ちょっとしたお小遣いもらい、作業は削り出しと細かいヤスリがけ作業の担当を強奪した。  浴槽の形に削り出すのは魔法を使い大雑把に形を整えていく作業である。  浴槽のもとになるのはリュードの身長ほどもある丸太。 「ウィンドカッター」  最初は上手くいかなかったけど段々とコツを掴んで削り出しだけでもそれなりに形になるようになってきた。  ザックリと丸太を切っていき大まかに浴槽の形にしていく。ここはまだ精密でなくてもいいので遊び感覚で切っていく。  浴槽の内側は大胆かつ繊細な魔法のコントロールが必要なのでヴェルデガーが行う。  次はヤスリがけだがヤスリがけだけでなくデコボコした表面をナイフで削って綺麗に形を整えてさらにヤスリである程度滑らかにしていくという作業になる。  こちらは意外と体全体を使う作業で体を魔法で強化しながら行う。  つまりはどちらの作業も魔法の練習となっている。  最後の工程は樹液コーティング作業となる。  これはハケでひたすら浴槽に樹液を塗っていくのだがこの樹液、乾燥して固まるまでちょっと臭いのだ。  出来るだけ均一に丁寧に塗らなきゃいけないのに臭いというのは致命的で、なおかつ魔法の練習にもならないのでこの作業は尊敬する父さんにお任せしている。  作業自体もちょっと離れたところでやってもらってる。  ちゃんと風下で。  お風呂づくりのリターンはお礼として色々我が家に食料なんかも差し入れてくれたりする人もいる。  ちょっとだけ食卓がリッチになったりするのでメーリエッヒも大喜び。  村全体の清潔度も上がりもともと少なかった病気率が下がり、農作業後の入浴を楽しみする人も増えて農作業効率も上がった。  もっと子供らしいことでもすればいいのにと自分でも思うことがある。  ただし子供らしいことなんてこの村においてはチャンバラごっこや簡単な追いかけっこぐらいなもので娯楽に関しては圧倒的に不便だった。  チャンバラごっこだって師匠にしごかれている今他の子供と遊んでもつまらないし追いかけっこも子供の中でリュードが1番早い。  唯一対抗できるのはルフォンぐらいなのだけれどなんだか知らないけどルフォンは俺に捕まえて欲しがる。  それじゃ追いかけっことは言わない。  基本はチャンバラごっこで遊び兼腕磨きが男の子供の日常で農作業を手伝ったりもう少し大きくなれば狩りにも出かける。  後は暇を持て余しているとルフォンにおままごとのような遊びに誘われる。  他の女の子もいる中おままごとに付き合わされるのは地獄のような時間だったのでもう2度とやらない。  女の子は他に裁縫とか料理とか家庭的なことも遊びとして覚えていく。  強さが大事な魔族なので女の子も戦いは学んでいたりもするけど。 「父さーん、こっちは出来たよ」 「あーい……オェッ」 「リューちゃーん!」  ヴェルデガーが臭いに吐きそうになるのを見て笑ったり暇で遊びに来たルフォンに手を振り返したり、転生した後の生活はおおむね平和で充実したものであった。
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