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一番大きなトランクケースに、タンスの下四段に入れていた拓海の服や下着をギュウギュウに押し込む。
小さなトランクには洗面所から持ってきた、髭剃りや彼の歯ブラシや、洗濯機の中に押し込まれていたまだ洗っていない服を詰め込んだ。
見渡した部屋の片隅には、ギターのアンプが二つ。
優しい私はそれを丁寧にナイロン袋に入れてあげた。
ギターも勿論ケースに入れてあげたけれど、これが防水かどうかは知らない。
茶碗や枕は捨てておいてあげる。
あの可愛いバンビちゃんに、新しいの買って貰えばいいんじゃないかな?
角部屋で良かった。
師走のこの時期だから、大掃除でもしているのだろうって大目に見てくれる気がする。
ドアの横に拓海の全ての荷物を出した。
一応、廊下にも屋根はあるけど風が吹きこんだら雪が積もる。
さっさと取りにこないと大事なギターもアンプもイカレちゃうかもね。
クリスマスイブなのに、こんな日になんて。
いや、こんな日だから?
私が起きる前に、さっさと出かけたのは、バンビちゃんとの約束があったから?
忙しく動いていた体を止めて深呼吸したら、体の中から一瞬で冷え込んで、自分を抱きしめるように縮こまる。
どうしよう、涙も出ない。
あの光景を見ても、もう怒りすら湧かないのは潮時なのかもしれない。
クシャリと細くなる目、口元から零れる八重歯、頬に浮かんだえくぼ、ハスキーな笑い声。
三年前、あの笑顔が向けられていたのは確かに私だった。
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