⑧川瀬side

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⑧川瀬side

寺の目の前にの車寄せに止まっている タクシーに近寄ると運転手は笑顔を見せた。 「ああ、やっぱり。探してる人は 岸野さんだったんですね」 「はい。お手数をおかけしました」 俺と運転手の会話に、頭の中に疑問符が いっぱい浮かんだのだろう。 遅れてタクシーの前までやってきた彼は、 首をかしげながら俺に訊いてくる。 「・・・川瀬の知り合い?」 「まあな。じゃあ、帰るぞ」 後部座席に2人で乗り込むと、 運転手に声をかけた。 「三鷹駅まで、お願いします」 そう言うと、驚きに満ちた顔をして 彼が口を開いた。 「え、それからどうするの?」 「電車で帰るんだよ」 「だって川瀬。目立つから電車は嫌でしょ」 「あのな、俺は新宿から阿佐ヶ谷まで 電車で来たんだ。その前は渋谷から 新宿まで乗ったし。何だよ、岸野。 俺の財布を当てにして、 家に帰ろうと思ったのか?」 「そんな訳ない。だけど、意外だなあ。 川瀬が総武線に乗って帰るなんて」 「何が意外だよ。タクシーには乗り慣れてる けど、こんな近場でここまで金をかけた ことないぜ」 料金メーターは、2万円近くを指している。 「は、半分払うよ・・・」 「当たり前だ、ばか。休み返上でお前を 探してて、俺は疲れたよ。お前はいいよな。 喫茶店で食事したんだろ?」 「うん。もしかして、何も食べてないの?」 「早朝からな。あ、この後何か奢れ」 「もちろん。何がいいか、考えといて」 三鷹駅南口に着いたタクシーを、 歩く人が途切れるのを見計らってから 降りた。 運転席に回って、 運転手に最後の言葉をかけた。 「長い時間お付き合いいただいて、 ありがとうございました」 「あ、いえ。それよりも、 お2人がテレビで観たままの仲の良さを 見せてくれて、嬉しいです」 窓ごしの握手を交わし、少し離れたところで ぼんやりしている彼を手招きした。 「お前も、握手」 そう言われてふわふわと手を伸ばし、 運転手と握手する彼は、 ぎこちない微笑みを浮かべて、 「三鷹にはたまに来ますので、 声をかけてください」 と珍しく気の利いたことを言った。 「人が増えてくるから、行くぞ」 サングラスをかけ、 運転手にお辞儀をしてから彼の腕を取り、 歩き始める。 改札を抜けるまでの道のりで、 相変わらずすれ違う人の視線やざわめきは 感じていたが、 今度は彼と一緒だったからか、 あまり気にならなかった。
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